優等生のブックサンタ
ここは書店。
麻美は参考書コーナーに向かい、英語や数学の本を探していた。
近所のショッピングモール内にある書店で、新刊やメディアミックスした作品が全面に推されていた。
放課後に来てみたが、この辺りは若い夫婦や子供も多いので、そんな客層で賑わっていた。
雑誌コーナーにある付録の見本に惹かれるが、今日は参考書を買わなければ。
そんな麻美は優等生。今回の試験も学年トップを狙いたい。親からも期待されている。
「麻美は頭いいので期待している」
母にそう言われたが、正直なところプレッシャーだ。友達に相談しても「頭いい子の嫌味?」とか言われるし、今は誰にも言えない悩みだった。
本音では学年トップでも嬉しく無いのだ。それを維持する方がずっと難しい。プレッシャーだ。もし大学受験も失敗したらと思うと、怖くてたまらない。今は高校一年だが、その事を想像すると身体も震えてきそうだった。こんな事は決して言えないが、誰にも期待されていない子の方が羨ましい。赤点から平均点になっただけで先生に褒められている子を目撃した時は、複雑な気分だった。
英語と数学の参考書を持ち、レジをすます。最近は書店もセルフレジがあり、こっちの方が便利だが。
「あれ?」
帰ろうかと思ったが、セルフレジの近くにポスターが貼ってあるのに気づく。
「ブックサンタ……?」
ポスターを見ると、ブックサンタというチャリティーをやっているらしい。好きな本を選び、レジで申告すると寄付できるという。事情がある子供たちへの本を贈る事が出来るらしい。
試験の事で頭いっぱいだった麻美だが、参加してみたくなった。別にチャリティーに興味があるわけではないが、面白そうだった。
もうすぐクリスマスが近い事も気づく。ずっと試験の事しか頭になかったので、楽しくもなってきた。
しかし、どの本を選べばいい?
児童書コーナーに行ってみたが、ピンとこない。麻美は子供の頃から親に英会話を叩き込まれていたので、娯楽目的の本はあんまり呼んでこなかった事も気づく。
読書感想文も、教師が受けそうな要素を計算して書いていた。もちろん、真剣に本を読んでいたわけでもない。
児童書のコーナーでは目をキラキラさせながら本を見ている子供もいる。麻美はこの子達には勝てないなと思う。学校の成績、先生や親からの評判を何よりも優先し、自分の感情を殺していた。そんな自分は空っぽに見えてしまう。今まで何をやっていたのだろうとも思い、虚しい。
「ちょっと、あなた。どうしたの?」
そこへ女性に話しかけられた。アラサーぐらいの主婦だろうか。肩にかけているエコバッグやカジュアルな服装を見ていると、主婦だろうと思う。年齢は三十歳ぐらいだろうか。
「いえ」
「なんか顔色悪そうだけど?」
「あ、いえ、実は」
ブックサンタの選書で悩んでいると言う。本当の事は言えない。
「あら、そんな企画があるの? そうねぇ。私は、少女ポリアンナが好きなのよね」
「少女ポリアンナ?」
「これよ」
女性はその本を本棚から引き抜いて見てくれら。少女漫画風の可愛い表紙だった。マンガとイラストも多いらしい。あらすじを見ると、母を亡くした少女ポリアンナの物語。逆境にめげず、どんな不幸からも喜びを見つけ出すゲーム「よかった探し」をするという。
「大丈夫。この本、こんな可愛い表紙だけど実は名作よ。それに困った時は、独りで思い詰めず人に頼った方がいいね?」
女性はそう言って、去っていく。
なんだか自分の悪いところを指摘されたようで、恥ずかしくもなってきた。思わず下を向いてしまう。
それでもこの本は気になる。
自分用、それにブックサンタ用に一冊ずつ買ってみる事にした。
こんな経験にもよかった部分はあるだろうか。まだ分からないが、今はこの本を読むのが楽しみになってきた。
今夜だけは、試験勉強もお休みするか。たまには、そんな時間があっても悪くないはずだ。