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お楽しみのパンドーロ

 礼拝の後、みんなでクリスマスツリーやリースを飾った。


 規模はあまり大きくなく、半分民家のような教会だったが、こうしてツリーやリースで飾りつけると華やかだ。普段は大学の教室のように地味な礼拝堂だったが、12月から1月の初旬までは綺麗に飾り付けられる。ちなみに12月25日が過ぎても飾りつけられたままだ。1月の6日の公現日まで続く。この日はイエス・キリストが生まれ、公にされた日という事のお祭りなのだ。海外ではガレット・デ・ロワなどケーキを食べて祝う。


 そんなおめでたいムードにもなった礼拝室だが、優香の表情は微妙だった。優香もクリスチャンで数年前からこの教会に通っていた。


 元々優香はごく一般的な日本人でキリスト教とは縁がなかった。むしろ戦争ばかりやっていてイメージは悪かった。ただ、仕事が激務で身体を壊し、入院先で牧師とであってクリスチャンになったという経緯がある。仕事は漫画家デ悪魔的な作品も作っていたが、今は聖書のコミカライズやイラストの仕事を中心に活動していた。それでも激務で大変だが、日曜日の礼拝は欠かさず通っていた。


「優香さん、どうしたんですか?」


 そこの牧師に話しかけられ、そばし面談する事になってしまった。よっぽど優香の表情が暗かったという事ばのだろう。


 礼拝室の隣にある面談室へ通される。別にここは懺悔室でもなく、テーブルとソファがある一般的な部屋だった。この教会はプロテスタントなので、カトリックのような懺悔室はない。一言でキリスト教といっても宗派によって差はあった。そのために戦争に発展するような歴史もあったが、日本ではキリスト教自体がマイナー中のマイナー。信者同士の争いというよりは、迫害や弾圧されてきた過去の歴史が長く、世間のイメージと違い、宗派間の激しい争いは特に無い。ただ、SNSなどではその火種は転がっている。最近では「クリスマスは祝うべきか?」というトピックでその界隈で揉めていた。


 クリスマスは元々土着宗教のイベントだった。キリスト教が発展するにつれて、その土着宗教と融合。12月25日がイエス・キリストの誕生日として定着していったらしい。聖書にはイエス・キリストの誕生日ははっきりと明記されておらず、陰謀論系の情報では「クリスマスは祝うな」と言われている。そんな情報を見てしまった優香は、本当にクリスマスを祝って良いのかわからなくなり、暗くなっていたのだった。


 優香はその事を牧師に相談する事にした。牧師は六十過ぎの初老の男だった。世間のイメージと違い、いつもスーツ姿を見てだ。洗礼式などではイメージ通りに黒いガウン姿だが、いつもは基本的のスーツ。パッと見て普通の初老の男で、牧師には見えないかもしれない。小さな会社で経理なんかをやっていても違和感の無い雰囲気だ。カトリックの司祭なんかはもっとそれっぽい格好をしているのだろうが、プロテスタントは基本的に地味。全く映えない感じで、優香も仕事でプロテスタント教会を描く時は、絵として映えないので色々と頭を悩ませた。


「そうですか。確かにクリスマスは、ミトラ教っていうお祭りと関係が深いんですよね」

「やっぱり。聖書にもイエス様の誕生日は書いてないし、クリスマスお祝いしない方がいいんですかね?」


 そんな気もしてきた。ネットではかなり強い口調でクリスマスを批判しているものもいる。


「私もそんな事は承知してますよ。でも、この日に限っては、宗教嫌いな日本人も甘くなるからいいじゃ無いですか」

「そんなものですかね」

「神様は心を見るんだよ。伝道のためにクリスマスを利用して、救われる人がいたら? 洗礼まで導かれたら? それで神様は怒ると思う?」


 そう言われてしまうと、反論できなかった。逆にクリスマスを反対している人も、深い動機や事情があるのかもしれない。心を知っているのは神様だけだ。改めて表面的な行いで判断出来ないと感じてしまった。


「だったら私はクリスマス祝ってもいいの?」

「その動機は? 神様に見られてるよ?」


 本当は毎日がクリスマス気分だった。救われる前は毎日がモヤがかかったように憂鬱だったが、今は神様という存在が自分に重しをつけてみたいだった。地面に足がつき、世の中の洗脳からも解放された。お金、名誉、美なども過剰に追いかけなくて良いと気づき、自由になった。


「そうだね。このクリスマスの機会に神様が身近に感じてくれた人がいれば嬉しいかも」

「そうですね。まあ、うちはハロウィンは祝わないよ」

「どうしてですか、牧師さん」

「あれはどう頑張っても古代の生贄儀式のお祭りだからね。キリスト教とは全く関係ないし、あれだけは無理だね」

「そっかぁ」


 そんな話を聞きながら、心はスッキリとしてきた。世に中の情報に惑われ過ぎていたのかもしれない。重要なのは心である事をすっかり忘れていた。


「そうだ。パンドーロをもらったんだけど、お土産に持っていく?」

「パンドーロ?」

「イタリアのクリスマスケーキだよ。まあ、これだけだと地味だから、ホイップクリームやフルーツでデコレーションするといい」

「へえ」


 牧師から台形の箱に入ったパンドーロを受け取った。パネトーネとも似てるが、こちらにはドライフルーツは入っていないらしい。また卵の風味も強く、色も黄金。パンドーロは黄金のパンとも言われているらしい。起源は古代ローマにあるらしいが、はっきりした事はわかっていない。イタリアではパネトーネはとパンドーロ派で喧嘩になるぐらい人気のお菓子で、クリスマス時期によく食べられている。シュトレンやパネトーネと同じく、クリスマスを待ち侘びながら少しずつ食べるケーキでもある。


 牧師からそんな話を聞いていると、パンドーロも食べたくなってきた。せっかくだからホイップクリームやフルーツでデコレーションしても良いかもしれない。


 さっそく教会の帰り、スーパーにより、フルーツやクリーム、ミントの葉、粉砂糖などの材料を買う。スーパーもクリスマスムードがあり、讃美歌も店内放送されていて驚く。確かにこの時期だけがく日本人もキリスト教に態度が甘くなる気がした。


 家に帰ると、手を洗ってエプロンをつける。キッチンに立ち、パンドーロのデコレーションを始めた。見た目は台形のようなパネトーネだったが、スライスすると断面が星型だった。


「可愛い」


 思わずそう言ってしまう。パンドーロは食べた事がなかったが、こんな形だとは知らなかった。


 そんなパンドーロをスライスした後が、クリームを挟み、重ねていく。周りにもベリーやミントの葉をトッピングし、小さなツリーのようにデコレーションできてしまった。想像以上に可愛くできてしまい、写真も何枚も撮り、後で絵にしようと思う。


 こんな可愛いパンドーロも神様からのプレゼントかもしれない。もうクリスマスの本当の起源などは、どうでも良くなってきた。


 優香はニコニコしながら可愛いパンドーロを見つめる。


 もう暗い気分はない。優香の心は喜びが満ちていた。

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