夫婦のクリスマスケーキ
夫と喧嘩した。夫はいわゆるヲタクで、DVDやフィギアにかなりの金を使っていた事が発覚し、喧嘩へと発展してしまった。
そう言ったアニメグッズを見ているだけでイライラとしてくる。これでも結婚して半年。一般的には新婚と言われているが、喧嘩も多く、甘い日は思ったより少ない。夫はゲームクリエイターで多忙だし、私も事務職とはいえ、フルタイムで働いていた。今は共働き家庭も一般的だが、大きな喧嘩をしていると、どちらが家にいて家事に専念した方がいいんじゃないとか、そもそも結婚して良かったのか後悔する気持ちも生まれていた。遅くきたマリッジブルーなのかもしれない。
時はクリスマスに近かった。もう街並みはクリスマスムード一色でイルミネーションやツリー、リースで彩られていた。
夫婦として初めて一緒に迎えるクリスマス。こんな憂鬱な気持ちでは過ごしたくなかったものだが。
「結婚って一人と一人がするものなんですよね」
偶然、テレビをつけたらある女優がインタビューに答えていた。確かこの女優はクリスチャンだった。聖書の言葉を引用しながら、結婚は独立した男女がするものだと語っている。
「誰かに幸せにしてもろう、一人で生きていけないと思っている人は、結婚生活はトラブルが絶えないかも。かくいう私も一回目の結婚はそうでした。人間に依存していると、どうしても他人の欠点に目がつくんですよ」
そう語る女優は二度目の結婚は、幸せに満ちたものだという。
確かにそうかもしれない。私も結婚に対して期待しすぎていた。少女漫画みたいに甘い新婚生活なんて夢だったのかもしれない。
夫の欠点も責めすぎていたかもしれんない。自分だって完璧では無いのに。確かにこの女優が語るように、今の自分は依存的だった気がしてきた。
「もうすぐクリスマスです。今日は手作りクリスマスケーキの作り方を紹介します」
女優のインタビューが終わると、次はクッキングコーナーになった。女優が毎年作っているクリスマスケーキの作り方を紹介されていた。スポンジを焼き、白いクリームでデコレーションしたシンプルなクリスマスケーキだった。イチゴではなく、缶詰の果物で飾り、目に鮮やかだった。一説によると赤いイチゴと白いクリームのクリスマスケーキは、日本が起源だともいう。赤と白のコントラストがおめでたい雰囲気を醸し出すそうだが、このフルーツで作ったクリスマスケーキも悪くない。
クリスマスケーキを手作りしてもいいかも。今年は喧嘩続きでケーキの予約も忘れていた。食品ロスも問題になっているし、自分の家で手作りするのも良さそうだ。
「クリスマスはイエス様の誕生日とか、そうじゃないとかどうでも良いですよね。クリスチャンの中ではこんな事で揉める人が多くて嫌になっちゃいますが、是非、ご家族で楽しい時間をお過ごしください。それも神様が望まれている事です」
女優は最後にそう語っていた。
そうかもしれない。喧嘩してイライラしているのが、急にバカバカしくなってきた。
こうして24日。
材料を揃えて、スポンジを焼いた。正直、ケーキなんて今までに数回しか焼いた事がない。ちゃんと仕上がるかどうか不安だったが、どうにかスポンジを焼き上げた。
ふんわりと甘い香りがキッチンに広がる。キツネ色に焼き上がった生地も大成功だ。
あとはこれを冷やし、クリームを塗る。この作業は意外と難しく、プロの技がいかに凄いか実感してしまった。ちょっとクリームは歪に塗ったが、まあ、良いだろう。最後に缶詰のフルーツをトッピングして完成だ。
いかにも手作りらしい素朴なクリスマスケーキが出来上がった。そういえば母もよくこんなクリスマスケーキを作っていた。昔はそれなりに専業主婦もいて手作りのケーキもあったものだが、今は店のものばかりだ。時代は少しづつ変わっているのだろう。どっちのケーキも悪くないはずだ。
完成したケーキを皿に乗せた時、ちょうど夫も仕事から帰ってきた。その手にはフライドチキンの箱も持っていた。ケーキ作りに熱中してうた私は、肉を用意するのをすっかり忘れていた。
「これケーキ? 手作り?」
「うん。作るのは正直面倒だったけど、今日はクリスマスだし」
気も抜ける。
まあ、今日はクリスマスだし、夫がヲタクグッズにお金を使った事は水に長そう。
「私も言い過ぎたよ、ごめん」
「いや、良いんだよ。俺も黙って大金使ってごめん。これからは将来の事も考えてバリバリ稼ぐから」
ここで節約すると言わないのは夫らしいが、その言葉を信じても良い気がした。夫も私も若い。まだまだだと思いたかった。
「じゃあ、一緒にクリスマスをお祝いしよう。イエス・キリストの誕生日だけどね」
「うん、俺らはクリスチャンじゃないけど、めでたいよ。それに土日が休みなのもキリスト教文化のお陰だし」
「そうなの?」
「うん、安息日ってやつが決められてるんだってさ。厳密には土曜日が安息日らしいけど、日曜も休みにして二連休にしたんじゃないかな。この神様はホワイトで優しいな」
そんな冗談を言いつつ、二人で食卓につく。ケーキはもちろん、チキンや飲み物も並べた。
「では、優しい神様。土日とクリスマスありがとうございます」
夫の冗談に苦笑しつつ、チキンを食べ、クリスマスケーキも食べた。二人でクリスマスを祝っていたら、もう喧嘩をしていた事など忘れてしまった。あの女優が言っていた言葉も思い出す。人に期待しないと、相手の欠点も許せそうだった。それに私も完璧ではない。この手作りのクリスマスケーキのように至るところが歪だ。でも、それで良いと思った。
手作りのクリスマスケーキは、素朴な味わいだった。確かに既製品のような均一性はなかったが、我ながら美味しく焼けたと思う。
「じゃあ、来年も一緒にクリスマス祝おう」
「そうだね」
こうして夫婦で来年の事も約束した。根拠は全くないが、来年も再来年もずっと夫婦でクリスマスを祝える気がした。
「美味しいね」
「うん。ケーキありがとう」
気づくと私も夫も笑顔だった。こうして幸せな夜は過ぎていく。