クリスマスのクリームソーダ
クリスマスといっても盛り上がらない。恋人の日とも言われているが、彼氏と同居し始めて十年もたち、マンネリ。いわゆる長い春という状態だった。
思えば、彼氏・隆二とはずっと一緒だった。小中高も一緒。上京してお互い金のない中、なんとなく惹かれ、ずっと一緒にいる感じ。運命を感じて一目惚れしたとかない。同居も若くてお金がなかったからズルズル続けていた。
「ねえ、クリスマスだし、一応どっか行かない?」
「うん、まあ、人混みは嫌だな。近所のカフェでも行かね?」
「そうだね」
楽しくて派手なクリスマスは、若い頃にさんざん二人で楽しんだ。今更人の多いところで遊び気分になれず、近所で低コストに過ごす事に決まった。
近所にあるカフェは、昭和レトロな雰囲気が残る店だ。小さな店だが、レトロなオムライス、ナポリタン、プリンなどが若い子たちに受けているようで、そこそこ賑わっている。一番人気メニューはクリームソーダ。私も行くと必ず頼むものだった。これもレトロな雰囲気でエメラルドグリーンの液体がキラキラと宝石のように見えるものだった。
「小春さんたち、メリークリスマス」
カフェに入ると、マスターに出迎えられた。ちょっと実家に帰ってきたような暖かい気分になる。このカフェは、そんなゆるい雰囲気だ。隅にある本棚には、昔のコミックスが詰め込まれ、座席にはマスターの奥さんのハンドクラフトのクッションが置かれていた。
私たちは窓辺の席に座る。いつもと同じ席だ。窓からは、このあたりの住宅街が見える。クリスマスなので、イルミネーションを飾ってある家もあり、チカチカしていた。
今日はクリスマスだが、店には常連客のおじさんやおばあちゃん、女子高生のグループなどがいて、その点はいつもと同じ雰囲気だ。
もっとも私たちもマンネリカップルで、クリスマスだから浮き立つ気分にもなれないのが本音だが。
「小春何頼む?」
「うーん、いつものクリームソーダとナポリタン」
「だな。いつものでいいか」
メニューもマンネリのまま決まった。マスターには「いつもの」で通じる。それぐらい何回も注文しているメニューだった。
しかし、注文を聞いたマスターはニヤっとした笑みをみせる。
「今日のメニューは、クリスマス特別バージョンよ」
そう言い、テーブルの上に置かれたナポリタンとクリームソーダ。
ナポリタンはタコさんウインナーや星形のにんじんで可愛く盛り付けられていた。
それにクリームソーダ。クリームソーダもいつもと違う。エメラルドグリーンのソーダの中には、チェリーが浮き、クリームには星形のクッキー。それに「Merry Xmas!」と描かれたチョコレートも飾られていた。
思ってもいなかった。こんなクリスマス特別に飾られていると、思わず心が浮き立つ。
いつもよりちょっと派手なのが、良い。日常にほんの少し彩りを加えられたようで、嬉しい。ほんの些細な事なのに、想像以上に笑顔になってしまった。
ふと、こんな日常的なクリスマスもいいなと思う。イルミネーションとか派手なパーティーもいいが、日常にほんの色がつくクリスマスも悪くない。
それに来年もこんなクリスマスを隆二と過ごしているのが、想像つく。いや、来年だけでなく、老人になってもこんなクリスマスを送っていると思う。
確かにマンネリ。確かに地味。日常的。でも、こんな地味なクリスマスも心が浮き立つ。ずっと彼と一緒に毎年クリスマスを祝いたくなってしまった。
「あのさ、俺もこんな風に毎年小春とクリスマス祝いたくなった」
「え?」
隆二は、とんでも無い事を言った。結婚してくださいという。つまりプロポーズだった。そんな気配は全くなかったのに。
「派手じゃないけど、地味なクリスマス一緒に祝えるヤツって小春しか考えられない」
それも私も同じ。違う男とクリスマスを祝っているシーンは、全く考えられなかった
思わず頷く。
「こちらこそ、同じ気持ちよ」
つまり、プロポーズはOKという話。
こうして私たちの長い春は終わった。来年はカップルではなく、夫婦としてクリスマスを祝うだろう。
「よし! 俺は嬉しいよ」
「ええ。プロポーズがクリスマスっていうのも、何の捻りも無い気がするけどね」
捻りも何もなくていい。地味なクリスマスでいい。大切な人と過ごせるのなら、本当は何でもいいのかもしれない。