ご褒美のクリスマスティー
クリスマスだからと言っても盛り上がらない。
綾乃は、もういい大人だし、今のところ彼氏もいない。家族とも離れて一人暮らししている。子供の頃もサンタなどいないとすぐ見抜いていた。いくらサンタでもそんな犯罪のように家に入れるわけがない。
それにキリスト教徒でもないのに騒いでいるのもわからない。多くの日本人には、全く関係のない行事ではないか。
思えば綾乃は、少々冷めたところがある女だった。過剰に消費するのも好きではない。推しやオシャレなカフェも興味はない。今の一番の関心ごとは、投資だ。これでも本業の給料に近いお金も稼げてしまい、労働意欲がだいぶ下がっているところだった。もっとも冷めている綾乃は、パーっとお金を使う気にもなれず、普通に貯金をしていた。
毎日スーパーで買い物をし、自炊をしている。貯金額は貯まる一方だ。
そんな時にクリスマス。
クリスマス限定コフレなどで無駄遣いしないよう極力気をつけていた。メイクも嫌いではないが、たくさん必要はない。そう、たくさん必要は無いと我慢するが……。
堅実に冷めて生きるのにも、疑問もあった。特に周りが結婚しているのを見ると、この生き方で良いのかわからない。お金はあるが、何か大事なものが抜け落ちている感覚もした。
「はあ、クリスマスも仕事だった……」
そんな複雑な心境を持ちつつ、クリスマスイブも普通に仕事。しかも残業。夜八時過ぎぐらいにようやく最寄りの駅につく。
夕飯の買い物のためにスーパーによるが、ケーキはあらかた売れてしまったようだ。惣菜のチキンや唐揚げも売っていたが、アラサーの胃には油が多く、食べる気がしない。いつも通りに白菜やにんじんなどをカゴに入れる。これでスープをつくり、冷蔵庫にあるご飯を温めてふりかけかけて食べよう。
そう、クリスマスなんて関係ない。いつも通りだ。
そう決めていたが。レジの近くにあった紅茶に目を奪われる。パッケージがクリスマス限定仕様で、熊やうさぎのイラストが描かれ可愛い。絵本のようなタッチのイラストで「可愛い!」と言いたくなる。
値段は、五百円ぐらい。正直、コスパは悪いが、これぐらいはお金使ってもいいか?
あれだけクールだった綾乃だが、どこかで糸が切れた。これぐらいの紅茶は、自分のご褒美にして良い?
誰に許可をとるわけでもないが、やはりこの紅茶は可愛い。結局この紅茶は自分へのご褒美として買ってしまった。
家に帰り、いつも通りの夕食を食べた後、お湯を沸かしてこの紅茶を淹れる。いつもの湯呑みは使う気になれず、昔母からプレゼントされた薔薇柄のティーカップを使ってみる。
「えー、良い香り!」
紅茶は想像以上に良い香りだった。普通の紅茶ではなく、クリスマス限定でスパイスがブレンドされているらしい。スパイスの濃厚な香りがふわふわとカップから広がる。
紅茶のパッケージの裏には、説明書きもあった。こんな風にブレンドがされた紅茶は、クリスマスティーというらしい。起源は19世紀のイギリスで元々は貴族の飲み物だったが、だんだんと庶民にも広まり、親しまれているらしい。
今日ぐぐらいは、ゆっくり紅茶を飲み、だらっと優雅に時間を過ごしても良いかもしれない。今年一年、仕事も投資も節約も頑張った。一日ぐらい自分を褒める日があっても良いかもしれない。
ささやかな幸せだが、綾乃にとってはご褒美だ。派手なクリスマスだけが全てではない。
「ああ、美味しい。やっぱりこの紅茶買って良かったかも。スパイス入ってるからあったまる」
綾乃はこの紅茶を啜ると、幸せそうに目を細めた。