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肝っ玉母ちゃん

 毎日キッチンは戦場のようだ。自分と夫の分だけでなく、子供たちの食事も用意する。


 子供は五人いた。今の時代だと珍しい子沢山。


「愛子、ご飯こぼさないの!」


 未子はだ幼稚園生だ。まだ綺麗に食事できる年齢でもなく、食卓に私の大声が響く。長男や二男、三男も喧嘩をはじめ、長女がご飯の内容に文句をつける。夫は仕事で早くに出かけてしまい、もう大変だが、毎日こんな風だった。


「うるさい! 静かに食事しよう!」


 こんな風に注意する私を見て、近所のママ友たちは「肝っ玉母ちゃん」と呼んだ。否定はできないと思う。


 元々、わたしは製薬メーカーで研究をしていた。我ながらバリキャリ街道爆進中だと思っていたが、そうはいかなかった。


「こんなはずじゃなかったな……」


 子供たちが学校に行き、未子を幼稚園に送り届けると、そんなため息も出る事がある。今は育児に追われ、専業主婦だ。本当は仕事したい気持ちもあるが、ブランクもあり、完全復帰は難しいだろう。


 育児だけでなく、町内会の集まりや雑務もある。今日も近所の掃除だった。ママ友と一緒にゴミステーションや空き地などを掃除した。


 時はもうクリスマス。町内の家は、イルミネーションをしているところもあり、華やかだ。


 イエス・キリストの誕生日というが、日本人の私にはピンとこない。ケーキとチキンで馬鹿騒ぎをする日というのがしっくりくる。それにカルト勧誘も受けた事があり、宗教に良いイメージもない。


「マリア様ってどうやって妊娠されたの?」


 キリスト教系のカルトであまりのもしつこかったので、そう言って追い払った事がある。いくら何でも処女で妊娠するストーリーは、納得できないし、マリアを過剰に聖女扱いしているのもおかしく見えた。違和感がある。


 そんな事を考えながら、掃除をこなし、家事をバリバリと片付けていると、あっという間に午後過ぎ。未子を幼稚園から迎えに行き、帰ってくると小学三年の三男も帰ってきた。


 三男はリビングのテーブルで何か宿題をやっていた。画用紙に、粗末な家畜小屋の絵だ。中心には光輝く赤ん坊。その近くに若い夫婦がいた。


「これ、クリスマス?」


 どう見てもクリスマスのイエス・キリストの誕生シーンの絵だ。この時期はこんな絵を目によく目にするが、三男によると子供会のクリスマスパーティーで、絵のコンテストもあるらしい。一番上手く描けた子供に大きなクリスマスプレゼントが貰えるようで、三男は一生懸命絵を描いている。親馬鹿だが、たぶん三男の絵が一番上手いと思う。


「しかし、聖母マリアって大変だよね」

「なんで?」

「突然、救い主産めとか言われるし、産んだ場所はアレな家畜小屋だし。むしろよく無事で生まれてきたなっていう感じ」

「へえ」


 そういえば、何で神なのにこんな酷い場所で産まれたのかわからない。


「清らかでいい人みたいなイメージあるけど、こんな大役できる人って絶対メンタル太い肝っ玉母ちゃんだよ。それはすごいよな」


 なぜか三男は私に尊敬の視線を向けてきた。


「本当に神様みたいに偉い人って、こんな風に一番酷い場所で支えているんじゃないかな? 僕はそう思う」

「た、確かに」


 三男の純粋な目を見ていたら、本当にそんな気がした。マリアは聖女でも王女でもない、本当に普通の女性だったんじゃないか。だからこそ、こんな役目を任された気もしてきた。


「それに先生が言ってたけど、マリアはヨセフはその後、いっぱい子供産まれたんだって。やっぱり僕はマリアは肝っ玉母ちゃんだと思う」

「そうね。優しくてか弱い聖母だったら、家畜小屋で出産なんて絶対無理よね。子供いっぱい産むのも」


 何だか三男と話していて、マリアのイメージがだんだんと変わってくる。王宮や綺麗な病院ではなく、粗末な場所で産まれた神様。その事も重要なのかもしれない。


「聖母っていうより家畜小屋母ちゃんって言いたい感じかも」


 もちろん悪い意味ではなく、逆に強いイメージでそんな言葉が出てくる。


 今の生活に「こんなはずじゃなかった」と思う事もある。でもこんな話を聞いていたら、肝っ玉母ちゃんのどこが悪いのかと思いはじめた。


 もしかしたら、上で偉そうにしているより、家族を大切にして、一番下で仕えるように生きる方が幸せなのか?


 そんな気もする。神様もきっとそんな生き方をしているんじゃないかとも思う。


「よし、絵ができた」

「すごい、絶対一位よ」


 私が褒めると、末子もやってきて拍手する。次男や町内、長女も学校から帰ってきた。


 さあ、これから戦場のような夕飯の支度がある。大変だが、楽しみだ。


 私は肝っ玉母ちゃん。きっと悪い生き方じゃないはず。

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