クグロフの優しい甘み
クリスマスに風邪ひいた。
玲那は、ベッドの上で咳き込んでいた。その顔は熱で真っ赤だ。母から生姜レモン紅茶を作って貰ったし、氷枕も使っているが、一向に熱は引かない。
はしゃぎ過ぎたのかも。玲那はクリスチャンだったが、教会でのクリスマスの準備が楽しかった。礼拝堂をもみの木やリース、ポインセチアで飾ったり、イブ礼拝で配るクッキーを焼いたり、近隣住民にクリスマスカードを書いた。
今は2021年。コロナの影響もあり、学校でのイベントも軒並み中止。マスクやアルコール消毒も徹底され、学校での給食も黙食になってしまった。そんな折のクリスマス。玲那のテンションは爆上がりし、楽しく準備をしていた。
少しはしゃぎ過ぎたのかもしれない。22日の夜から咳き込みはじめ、クリスマスイブは寝込むことになってしまった。病院に行くとただの風邪でコロナでもなかった。ただ、病院での態度は避けられているような気もした。コンビニやスーパーに行っても何となく歓迎されて居ない気もした。玲那はまるで病原菌のようになってしまったと思い、申し訳ないやら情け無いやらで、複雑な心境だった。
確かにうがいや手の消毒はやっていたが、風邪をひき時はひくのではないか。でも今の時代は、体調不良も自己責任。誰かから後ろ指刺されそうで怖い。逆に風邪をひいても他人のせいにする人がSNSにはいっぱいいて、それもちょっと怖かったりする。
風邪やコロナも人の本性を露わにするのだろうか。玲那の兄は明らかに嫌がり、彼女の家に逃げに行ってしまった。母と父はクリスマスディナーで出掛けている。別に母や父には避けられていないが、現状は家で一人。母には生姜レモン紅茶を作って貰ったが、今は一人。しかもよりによってクリスマスの夜。
「あ、そういえば」
通っている教会では、イブ礼拝がオンライン配信されているのだった。今は教会に行ける体調ではないが、スマートフォンでそれを見る事にした。
いつもより薄暗い礼拝堂では、参加者はみんな蝋燭を持っていた。イブ礼拝ではこうして蝋燭を灯しながら参加する。これはキャンドルサービスと言われているもので、「光として来られたキリスト」を表現していた。
イブ礼拝もまず讃美歌からスタート。イブ礼拝らしく「きよしこの夜」から始まった。その後はクリスマスにまつわる牧師の説教や、イエス様の生まれた経緯の紙芝居が流れた。
オンラインでも十分参加した気分になったが、やっぱり寂しい。本当はみんなと一緒にこの日を祝いたかったなぁと涙が込み上げてきそうだ。
「うわーん。コロナなんて最悪、早く終われ!ただの風邪じゃん! 風邪人を差別するな〜!」
思わず本音がこぼれ、泣いてしまった。確かに体調管理を怠った自分が悪いが、風邪人・体調不良者に冷たい視線を浴びせる世の中ってどうなのだろうか。ちょっと風邪ひいたぐらいで、人のせいにするのも何のだろう。「毎日二十四時間健康に気をつかって免疫力高めてるの!?」と問い詰めたくなったが、涙が止まらない。喉も痛いし、身体がだるくて、ボーっとしてくる。
ピンポーン。
そんな時だった。家のチャイムがなる。
てっきり両親が早く帰ってきたのかと思ったが、同じ教会に通う友達・悠子だった。高校も同じで一番仲良しと言っていい友達だったが、ちょっと変わり者だった。コロナは茶番とよく言っていたし、マスクもつけない。風邪人の家にいるというのに、悠子は涼しい顔だった。もっとも切れ長の目はいつもクールそうに見えたが。
「悠子、何しに来たの?」
「玲那が退屈していると思ってね。お見舞いよ。クリスマスに風邪引くとかウケるわー」
そう言いつつも、悠子は玲那を避けるような素振りは全くしなかった。仕方がないので家にあげ、一緒に部屋まで行く。
「悠子は風邪人怖くないの?」
「だからコロナは茶番だって。いつも言ってるでしょ」
悠子は変人だと思っていたが、こうして見舞いに来てくれたのは彼女だけだ。変な事を言っているが、今は否定する気分になれなかった。案外、優しいのかもしれない。時々、ホームレスに声をかけて教会に連れて行ったりしている。教会の牧師は元々福祉業界にいたので、各種の福祉支援についても詳しく、ホームレスから支援を受けられるようになったものもいる。
「これ、お土産」
「何これ?」
悠子から何か白い箱を受け取った。そこには、クグロフが入っていた。オーストリアなどで食べられているクリスマス菓子だ。見た目も独自で帽子に見えたり、山脈にも見える。マリーアントワネットも食べていたらしく「パンが無ければお菓子を食べれば良いじゃない」のお菓子がこれだったという説も。
起源は色々あるようだが、イエス様の誕生を祝った占星術師が食べた説もあり、クリスマス菓子として有名だった。本番ではクリスマス意外でも食べる菓子だそうだが、日本ではクリスマスによく売られている。教会の近くのパン屋でも売られていたようで、悠子はそこで買ってきたらしい。
悠子が買ってきたものは小さなサイズのクグロフで切らずに食べられそうだ。クグロフは大小さまざまな型があり、こんなサイズのものも珍しくないようだ。
「クリスマスケーキだと風邪の時は胃に重いじゃん? かと言ってパネトーネもフツーツが重いし、パンドーロも濃いし、クグロフの甘みが一番優しいかなって思ってね」
そこまで考えてクグロフか。
玲那は風邪をひき、愚痴っぽくなっていた自分がちょっと恥ずかしくなってきた。うつるかもしれないのに、わざわざ見舞いに来てくれた友達もいる。これは幸せない事だった。特に今の時代は。
「悠子、ありがとう」
さっきとは別の意味で涙が出そうだった。こうして二人で食べたクグロフは優しい甘みがした。
「ところで玲那、ワクチンは打ったらダメね。あれは遺伝子操作されてネフェリム、堕天使のDNAが入っている可能性がある。もちろん、5Gと繋がる危険だってあるんだからね」
もっとも変わり者の悠子は相変わらずだったが。悠子のぶっ飛んだSF話を聞いていたら気が抜け、玲那も自然と笑っていた。もう風邪は治るだろう。そんな予感が胸を占めていた。