小さなブーツのお菓子
気づいたら貧乏だった。いや、極貧か。
田中誠は両親が離婚後、母と暮らしていたが、その暮らしぶりは大変だった。父はDV男だったので、用意費などはもらえなかった。そもそも離婚後すぐに行方をくらまし、母もお手上げの状態だった。その母も病弱で仕事どころか福祉ともうまく繋がれず、貯金額は日々減っていた。
誠は八歳だったが、我が家がおかしい事は気づいていた。服装や髪型でクラスメイトから虐められる事も多く、何かがおかしいと思っていた。家に担任教師なども来る事があったは、母はことごとくその支援を拒否している。誠は幼いながら、母も少し病んでいる部分がある事に気づいていた。
「まこちゃん、大丈夫?」
クラスメイトには虐められていたが、たった一人だけ声をかけてくれる者がいた。少々太っていて、この子も虐められてはいたが、雰囲気は明るく、ニコニコしている事が多かった。名前は橋口裕太。まこちゃん、ゆうたと呼び合う仲だった。すごく親しいわけではないが、いじめられっ子同同士くっついていた方が何かと得な事が多かったからだ。
「大丈夫じゃねー。腹減った」
「これ、給食の蜜柑だけど食う?」
「本当?」
裕太は時々、給食のデザートをこっそりくれた。食いしん坊の裕太にとっては、かなりの犠牲のはずだが、ありがたくいただく。この気持ちが嬉しかったりする。金持ちが気紛れに何かくれるより、裕太が自分の楽しみを犠牲にしたデザートの方が美しく見えるのは気のせいか。
「まこちゃん、クリスマスはどうする?」
そんな裕太だが、空気が読めないところがあり、時々地雷をふむ。
今のような状況ではクリスマスは、全く楽しくないイベントだった。普通の家庭のような幸せなクリスマスは無縁。
特に去年は最悪だった。母が貰ってきたバタークリームのケーキを今でも思い出す。もったりと重くまずいケーキだった。明らかに安物。母が福祉関係者から貰ったそうだが、自己満足に感じてしまった。貧乏人はこんな安物でも有り難がるだろうという事か。そんな捻くれた考えが浮かぶほど、不味いケーキだった。
母によると金持ちが送ってきたケーキらしい。そんな話題を聞くと、腹が立ってきてケーキを丸ごと捨てた。
情弱な母だったが、一部の福祉を異様に毛嫌いしていた。中抜きが横行し、貧困ビジネス化したものが多く、余計に奪われると語る。福祉の作業所は、国から一人あたりに月二十万円入るそうだが、時給四百円で労働を求められるらしい。誠がバタークリームのケーキを丸ごと捨てても、母は特に怒らなかった。「偽善者のケーキ」とも言っていた。ただ、母の問題の根元もわかってしまい、余計にこのケーキに良い思い出がない。
「そっか……」
そんな愚痴を吐くと、裕太は悩ましい顔になった。
「いや、ごめん!」
何も関係ない裕太に愚痴り、誠は気まずい。
そんな誠も裕太にいつも給食のデザートを貰っていたお礼がしたかった。金も何もないが、スーパーに売っているクリスマスのブーツ型のお菓子だったら買えるかもしれない。一番小さなものだったら、貯金箱を崩せば買えるか?
小銭とはいえ、貧乏家庭に誠にとっては、大金だったが。裕太にいつものお礼をしたい気持ちが勝ってしまった。
「メリークリスマス!」
そしてクリスマス当日、通学路にある公園で裕太に会い、小さなブーツのお菓子を裕太にプレゼントした。
温暖化が進んでいる日本とはいえ、12月24日だ。雪がちらちら降っていて寒い。
「え、これ僕にくれるのか?」
「小さなやつで悪いが」
「そんな事ないよ」
どうやら喜んでくれた?
しかし、裕太は少し戸惑っている。やはり、こんなのも「偽善」か何かだったのだろうか。
「実は僕も同じものプレゼントで」
「は!?」
裕太も誠と全く同じ小さなブーツ型のお菓子をプレゼントしてくれた。
「つまりプレゼント交換?」
「そういう事だね」
すごい偶然だ。しかし、こんな偶然がおかしく二人でゲラゲラと笑ってしまう。
「まあ、メリークリスマス! なんだか今日は面白いな」
「そうだな!」
誠はそう言い、笑いを堪える。
去年のクリスマスは、いい記憶がなかった。でも今年は、悪い思い出も塗り替えられたと思う。
手の中にある小さなブーツのお菓子を見る。赤い紙製のブーツの仲のは、キャンディーやポテトチップ、チョコレートなどがぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。
まるで夢いっぱいだ。
サンタもいない事なんてとっくに知っている。大人達の偽善も知っている。母の問題もどうしたら良いのかわからない。クリスマスなんてと捻くれていたが、今だけは記憶が塗りかえられていた。