共に食べるクリスマス料理
「クリスマスっていうのは、イエス様の誕生日パーティーじゃないぜ。実際、イエス様の誕生日は聖書に記載されていない。この世に生まれた事を祝う日なのさ。じゃあ何で12月25日に祝うようになったかと言うと、これは陰謀論的な背景もあり、ミトラ教の文化が……」
クリスマスについて話していたら、彼女に振られた。先月マッチングアプリで出会い、向こうともいい感じだったのが……。
亮太はため息つく。
現在、大学生。クリスチャンだ。大学では聖書研究に所属しイエス様の再臨の時期などを頑張って調べていたが、恋人とのクリスマスに興味がないわけでもない。もちろん、婚前交渉は聖書的にはいろいろと大変な事は知っていたが。
「という事で振られました!」
聖書研究会の部室で、情け無い報告をする。
「まあ、婚前交渉はいかんしな」
こう言うのは同じ聖書研究会の聖。牧師の息子で子供のからクリスチャン。メガネが知的そうに見えるが、実際はそうでもない。
「そうさ。性交渉は相手と一体になるからね。婚前のそれは呪いも病気も全部相手からいただく。すぐに振られて良かったじゃないか」
こう言うのは楓。楓もクリスチャンだ。ただ、かなり太っていて食べる事しか興味がない。今日も片手にドーナツをバクバク。
「じゃあ、俺の家で亮太の慰めパーティーするか。クリスマスより少し前だが、ま、いいだろう」
聖の提案で、みんなでパーティーをする事になった。
パーティー当日、聖の家の教会へ行く。ケンタッキーのチキン、コンビニのケーキやシーザーサラダ、グラタン。あと冷凍ピザなども持ち寄る。
酒は飲まない。別に飲んでもいいが、聖書を研究した結果「聖霊が嫌がる」という結論に達し、聖書研究会のメンバーは禁酒が決まっていた。
教会に併設されている牧師館へ行き、テーブルを準備する。牧師館は聖一家が住んでいる場所でもあり、リビングを貸してもらう。
テーブルにクリスマス料理を準備していく。チキン、ケーキ、ピザ、グラタン、シーザーサラダ。どれも出来合いのものだが、こうしてテーブルにいっぱい並べると華やかだ。子供のパーティーのように飾りつけたわけでも無いが、テーブルにご馳走が並ぶ。亮太も失恋を忘れて楽しくなってきた。
「じゃあ、一足早めのクリスマスパーティーはじめるか」
亮太がそう言ったところだった。楓が紙袋から何か出す。
「何だこれ?」
楓が出したのは、丸くて大きなパンだった。表面はこんがりと焼け、少し硬そう。
「これはカンパーニュ。元々はパンを分け合う人々って意味のパンだ。別名田舎パン」
楓はドヤ顔で説明する。
「これって聖餐式のパンみたいだな」
聖はしみじみと頷きながら、カンパーニュをスライスし、分ける。
聖餐式とは、パンをイエス・キリストの身体に見たて食べる儀式だ。ぶどう酒orぶどうジュースも一緒にいただくが、これもキリストの血を見立てている。目的は最後の晩餐を追想し、その贖いや恵み、新しい契約を感謝し、礼拝する。
単なる見立てのような儀式だが、同じ食べ物を分け合う仲間として絆も深まる。日本語で簡単に言えば「同じ釜の飯を食う」儀式とでも言ったところだろうか。
今日は亮太の慰めパーティー兼クリスマスパーティー。そんな儀式的な要素はないが、こうして皆んなで食べていると、もう失恋の傷は癒えてきた。
「大丈夫さ。神様が亮太にピッタリの相手を与えてくれるから」
聖が励ます。
「そうさ。だいたい俺たちもモテないんだし、亮太もがんばれ!」
「楓、それは励ましているのかい?」
楓の言葉には呆れてしまうが、幸せそうにチキンを食べている彼を見ていたら、どうでも良くなってきた。
「うん、やっぱり持つべきものは仲間だ」
亮太の涙は渇き、ピザやチキン、それにカンパーニュにジャムをつけて楽しむ。
失恋はしてしまったけれど。
こうして一緒に泣き、笑ってくれる仲間がいる。これも神様からの贈り物だ。最高なプレゼントといえよう。