御高齢の御領主様
『御手を拝借いたします。子爵閣下』
『うむ』
天蓋付きの豪華な寝台に横たわられていられる、蒼白な顔色をされている子爵閣下の御手を拝借して、脈搏を見ました。
『脈搏の律動が乱れていられます。不整脈かと思われます。子爵閣下』
夜空の空中散歩の途中に知り合った御夫人の貴婦人は、御父君であらせられる子爵閣下が倒れたと伝書鳩による連絡を受けられて、馬車を捌く御者だけを伴われて夜道を急がれましたが。
『根元魔法の治癒魔法により、心搏を安定させる事が出来ます。子爵閣下』
御手を拝借して脈を見た私の説明に対して、孫の年代である若者の魔法使いを信用して良いのかと。御領地を御治めになられていられる貴族諸侯であらせられる子爵閣下は、蒼白な顔色でありながらも鋭い眼差しで暫し観察をされましてから。
『頼む』
『はい。子爵閣下。胸元を失礼いたします』
子爵閣下の城館の寝室には、駆け付けられた他家に輿入れなされた貴婦人の他にも、私よりも年下の御嫡男様の手を握り心配そうな表情を見せていられる、もう一人の御夫人が居られます。
『治癒魔法。シュウウウッ』
寝間着の胸元を開き静かに掌を当てた私が根元魔法の治癒魔法を唱えて魔力を流し込みますと、子爵閣下の脈搏が安定をしました。
『楽になった。大切な愛娘を不逞の輩から救ってもらった上に、儂の命も延ばしてもらい感謝をする。若き金髪の魔法使い殿』
『身に余る勿体ない御言葉で御座います。子爵閣下』
子爵閣下の御息女であらせられる貴婦人から、御父君の城館には治癒魔法を扱える魔法使いが居ないので、倒れた御父君であらせられる子爵閣下を癒せば、多額の報酬を支払うとの御提案を受けました。
『来なさい。儂の最愛の跡継ぎよ』
『はい。御爺様…、御父様』
もう一人の御夫人は、子爵閣下の御子息の伴侶だそうですが。子爵閣下の唯一の男子の跡取りでした御夫君が御領地を視察中に落馬して御亡くなりになられましたので、家督と御領地と爵位の継承権を有するのは、未だ幼い孫にして養子に迎えた御嫡男様ただ御一方だけだそうです。
『見ての通りの有様でな、若き金髪の魔法使い殿。息子に先立たれて養子に迎えた孫の跡継ぎは未だ幼いので、儂が治める領内では不逞の輩が、我が物顔で跳梁跋扈をしておる』
貴族諸侯であらせられる御領主の皆様方が御領地を御治めになられていられる封建制度の社会においては、一番上に立つ御方の能力や体調により、領内の治安状況が大きく異なります。
『家宰』
『はい。御領主様』
子爵閣下と同年輩だと思われる御高齢の家宰殿が、主君に呼ばれて隣室より寝室に入室をされますと、完璧な所作で恭しく深々と御辞儀を行われました。
『娘が約束した報酬をお支払いしろ。それと若き金髪の魔法使い殿さえ良ければ、今宵はもう遅いので儂の城館に泊まっていって欲しいのだが』
ふむ。子爵閣下の御息女であらせられる貴婦人と、御子息の伴侶であらせられた寡婦の御夫人の御二方も、出来れば今宵は城館に泊まっていって欲しいという表情と眼差しで私の事を見ていられます。
『御厚意に心底よりの御礼を申し上げます。子爵閣下』
恭しく深々と御辞儀を行い、今宵は城館に宿泊させて頂きますと答えた私に対して、子爵閣下は笑顔で御頷きなられまして。
『湯浴みをされてから休まれるが良い。若き金髪の魔法使い殿』
『はい。子爵閣下。有難う御座います』