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0,5秒差の孤独

作者: 物部がたり

 集中力が極限まで高まった状態を()()()という。一流のプロスポーツ選手の中には、意識的にゾーンに入れる者もいるそうだ。

 ゾーンに入ると体感時間がスローに感じられ、身体・処理能力が向上する。れいは「ゾーンという状態を体験したい」と常々思っていた。

 だが、どうすればゾーンに入ることができるのか?

 巷に出回っている怪しげなスピリチュアル啓発本から、プロスポーツ選手が書いたメゾットを読み漁り、ネットで情報を集め、独自の分析の末、れいはゾーンに至るトレーニング方法を編み出した。


 それからというもの、ゾーンに入るためのトレーニングを続けていた。

 例えば、飛んでいる蠅を目で追って捕まえるトレーニング。

 卓球の玉や、野球ボール、テニスボールなどを打ち返すトレーニング。

 音楽や動画などを二倍速で観るトレーニングだ。

 トレーニングを始めて一年が過ぎようとしていたころ、体感時間に変化が訪れた。

 目に見えるもの、聞こえるものすべてがわずかにだがスローに感じられるのだ。


 れいは「トレーニング方法は間違っていなかった」と以前にもましてトレーニングに力を入れた。

 トレーニングを開始して五年が過ぎたころ、二倍速の動画や音楽が通常の速度に感じられ、通常の速度がスローに感じられるようになった。

 それだけではなく、百キロ以上で飛んでくるボールもゆっくりに感じられた。

 トレーニングを開始してから十年が過ぎるころには、呼吸をするが如く常時ゾーンを維持できるまでになっていた。


 現在は三倍速でなければ、すべてがゆっくりに感じられる域に到達した。

 それだけ聞くと羨ましく思われるが、それほど羨ましいものではない。

 れいも最初こそ、他者より約三倍の体感時間を生きられて得した気分になったが、他者との体感時間が違うことで起こる弊害の方が多いことに気付いた。

 体感時間はスローになったが、情報処理能力に体が順応できなかった。高スペックCPUを搭載していても、デバイス自体の性能が付いてこなければ使い物にならないのだ。


 そして最も困ったことは他者の動きがゆっくりに見え、話す言葉が悠長に感じられることだった。

 常人でもれいの置かれた状態を疑似体験する方法がある。

 動画を○.五倍速で視聴すると、れいの置かれた状態を体験できるのでやってみるといい。

 一つ違うとすれば、れいは常時○.五倍速の世界で生きているということだった。


 何をするにも世界がゆっくりに感じられ、まるで住んでいる世界が違うように、五二ヘルツで歌うクジラのように孤独だった。

 この、孤独はいつまで続くのか。

 体感時間が○.五倍で進むれいにとって常人の倍の時間、苦しみが待っていた――。

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