5話 本土での評価と整備士
明海三十八年 1月某日 相坂家
「ただいまー……って、この時間は誰もいないか」
本土に帰ってくる頃には、既に正月、三が日は過ぎており、街は普通の日常が流れていた。
家に着いたのは昼だったので、帰って来ても、誰がいるでもなかった。
合同演習で港を離れ、戻って来るまで半休以外は無かったので、今日から暫く休みだ。
朝食と晩飯はいいが、昼飯はどうしようか。
実は今も昼より少し前の時間帯であるので、昼飯はまだ食べていなかった。
「……ん?」
居間にまで進むと、そこには置手紙が置いてあった。
『詳しくいつ帰ってくるのか、その時間が分からなかったので、作り置きは止めておきます。もしお昼ご飯を食べる前に帰ってきたら、倉田さんのところの食堂か、近くのご飯屋さんに行ってください。』
母らしい字だった。
今日帰ってくることは電報で知らせていたが、帰ってくる時間帯がいつなのか、そこまでは俺にも分からなかった。
作り置きをしないのは当然だろう。
この家は比較的裕福な家庭とは言え、家庭用冷蔵庫が買えるほど裕福ではない。
食材用冷蔵庫は、業務用では一流の宿泊施設の厨房か、個人ともなると会社をいくつも経営しているような大金持ちしか手に入れられないほど高価な代物だ。
大金持ちしか手に入れられない、とは言ったが本当に持っているかどうかは分からない。
そんな噂話があるというだけだ。
艦載砲用冷却機が応用され、民間転用されたのが冷蔵庫だ。
始まりは確か……非戦闘時に飲み物を艦載砲冷却機のある部屋に置いて冷やしたのが始まりだったとか。
今は冷凍保存ができるほど、強力な冷却機能のある民間用の機械が開発中らしい。
そんなことはさておき。
「倉田さんとこか別のところか……」
口に出して迷ったようにしているけれども、答えは実は決まっていた。
「倉田さんところ、行くか」
久しぶりに行く昼飯といえば、ここしかなかった。
倉田家
「着いたな……」
目の前の入り口は、幼馴染の葵も働いている、『逸品倉田』の扉だ。
ここは十数年ほど前に、倉田家を改装する際に家の一部を大衆食堂に改装したらしい。
はっきり言って物心がつく頃にはすでにこうだった気がするので、『逸品倉田』の無かった時代の倉田家をあまり思い出せない。
ガラガラガラ……
「いらっしゃいませー……って、慎宕君じゃないの。もう、あのー……アラカイの合同演習だっけ?あれは終わったの?」
「はい。帰ってくるのが昼時だったので、ここで昼食を食べようかと」
「そっか、それは嬉しいね。アラカイでの方は大丈夫だった?」
「はい。怪我もなく、それなりに評価はされて、昇格、昇給の審査の際に参考にされるとも言われたので、そちらの方も大丈夫だと思います」
「そうかい。じゃ、元気に帰って来られた証にでも、たくさん食べていきな」
「ありがとうございます」
促され、席についた。
食堂についた時にはお昼時から少し経ったほどであったため、中の席は結構空いていた。
「すいませーん」
その後、品書きを見て、料理が決まったので、厨房の方に呼びかけた。
「はーい、お待たせしましたー。あ、慎君」
出てきたのは、葵だった。
「ただいま、葵姉」
「おかえり。合同演習が終わったってことは、しばらくお休み?」
「うん。そういえば葵姉は整備士の試験が年末になかった?あれはどうなったの?」
「うーん……」
「結果はまだだったっけ?それとも……聞いちゃいけなかった?」
「いや、結果は届いたし、受かってもいたんだけど……はぁ」
「受かったのに、そこまで暗い顔をしているのは……?」
「受かりはしたんだけど、『女の整備士はいらない』って、色んなところで言われて……ね」
「あー……まあ、そういう奴もいるよな。それでも、ちゃんと資格があって、働いて問題がないなら、いつかは就ける職場もあるって」
「そうだと……いいんだけど……」
「いけるって。俺の母親も女だけど教師やら飛行機乗り、航行士としても働いていたこともあるし。いつかは行けると思うよ」
「本当にそうかなぁ……?」
「……葵姉にダメなところがあるとするなら、少し暗いところかな」
「『暗い』……?」
「葵姉が自分の目つきとかを気にしてるのは分かるけど、面接のときとかは、目が見えるようにして、背筋も張って堂々としたらいいと思う。それだけで大分変わると思うよ」
「そう……ありがと、頑張ってみる」
「応援してるよ、頑張って」
「……うん!」
「って、昼飯食べに来たんだった。注文頼んでいい?」
「う、うん……。今は私が厨房だから、お母さんや姉さんみたいに美味しくないかも知れないかもしれないけど……」
「だから、普段から堂々としているといいんだって。それに葵姉の料理は美味しいよ」
「あ、ありがとう……お料理の方も、頑張ってみるね」
「待ってる」
そしてそそくさと逃げるように葵は厨房の方に行ってしまった。
……。
「お待たせしました」
「いただきます」
因みに葵姉は家事よりも機械弄りの方に力を注いでいたらしく、他の姉たちや母親に比べ、料理が上手くないことを気にしているらしい。
だけど、俺は葵姉の料理が美味しくないと感じたことは無い。
確かに倉田家の他の女性に比べ、少し劣るところもあることは否めないけど、それは葵姉以外が凄すぎると感じるためだ。
「ごりそうさまでした」
「お粗末様でした」
「美味しかったよ」
「……ありがとう」
俺も、葵姉の料理を食べるときは褒めていこうか。