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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

わんらい百合短編集

ストーカーの幸せな同棲計画

作者: 藤染の栞

 カードキーを抜いて、ドアの前にへたり込んだ。


「あ、開かない……」


 鍵を失くして家に入れない、それくらい誰しも一度はやらかしたことがあること。

 でも、鍵はあるのに入れないなんて。


 管理人に連絡しようにも、スマホは部屋に置きっぱなし。

 スペアのカードキーも部屋の中にある。


 財布の口を開けて、お札を数えた。

 これだけあれば、近場のホテルで一泊するのに十分なだけ足りるだろう。


「あのっ、もしかしてお部屋に入れない……とか?」


 文字通り「ふってきた」言葉にびっくりして、肩が大きく跳ねた。

 そういえば、ここ、マンション共用の通路だっけ。

 耳のはしがじんわり熱くなるのがわかる。


「お姉さん?」


 見上げれば、彼女は高校生くらいにみえた。

 人見知りするのか、彼女の声はうわずっている。


「そう、なりますね」


 羞恥心のあまり立つことを忘れ、放心状態でうなずく。


「わたし、お隣に引っ越してきたばかりなもので、まだどなたともご挨拶していなかったんです。もしよろしければ、ご挨拶ついでに――ええと」


 そこまで言うと、恥ずかしそうにマフラーをひっぱり、目元までかくした。


「一泊して行きませんか?」


 頷けば、まもなくドアロックの外れる音がした。





 いそいそとマフラーとコートを脱ぎ、クローゼットからハンガーを取り出す彼女。「楽にしてください」と言われたので、自分もコートを脱いだ。

 家具は配置されているものの、まだいくつか段ボールが積まれたままになっている。


「管理人さんに連絡しておきました、明日には対応できるそうです」

「えっ、わざわざそんなことまで。本当にありがとうございます、助かりました」

「いえいえ。あれ、お姉さんってお酒とか飲むんですね。美味しいんですか?」


 缶のラベル下部には大きく「アルコール九パーセント」と印字されている。


「そうですね。度数が低いから、ジュースみたいに飲めるんです。お名前は?」

凛花リンカといいます。お姉さんは?」

結衣ユイと呼んでください。――あっ。凛花さんはお酒苦手だったりしますか?」


 凛花は三回も首を左右に振った。


「こどもに見えますよね。こう見えてもわたし、二十二歳なんです」

「なら飲めますね。一宿のお礼と言うのもなんですが、すべて差し上げます」


 コンビニのロゴが入ったビニール袋から、取り置きにしておくつもりだった軽食とお菓子、缶チューハイなどなどを取り出し、テーブルに並べる。

 すると、あっという間にテーブルを占領してしまった。


「わあ、こんなたくさん……良いんですか。なら、半分こにしてきますねっ」


 グラスに缶チューハイを半分注いで、凛花はアイスボックスから氷が入った袋を取り出し、何個かグラスへ投入した。マドラーをくるくる回すのが見える。

 そういえば、この部屋は一人暮らしのわりに広い。

 二人掛けのソファーといい、もしかしたら誰かと同棲する予定なのかもしれない。


「お待たせしましたー!」


 席に戻ると、彼女はグラスの方をテーブルに置く。


「凛花さん、グラスの方じゃなくていいんですか?」

「お客さんに出そうと思って、使えずにいたグラスなんです。ほらほら、乾杯しましょ!」


 グラスをもって、乾杯に応じた。


「乾杯!」

「かんぱーい! ふふっ」


 チンッと小気味よい音のあとに、グラスの中身を口に含む。

 凛花も缶を傾けて、少しずつ、少しずつ、味わうように飲んでいる。


「ここに引っ越してきた理由を聞いても?」

「家族が転勤するのもあって、徒歩圏内から大学に通うために引っ越してきました」


 どうやら恋人と暮らすため、ではないらしい。


「結衣さんはどうしてここに? 同い年くらいに見えますが、一人暮らしのためですか?」

「二十四ですよ。ほとんど同い年と言って良いかもしれませんね」


 親近感を覚えて、笑う。


「別れた元彼に嫌がらせされるトラブルがあって、引っ越してきたんです。一年くらい前に」

「そうだったんですね。やっぱり女性の一人暮らしって、そういうとこありますよね……」


 他愛のない世間話から、プライベートに踏み込んだ雑談へ。

 二人でゲームを遊んだりしているうちに、成り行きで二缶目も空いた。

 さすがに酔いも回り、何時間話していたか思い出せない。


 そうしてわかったのは、凛花さんが度を越した照れ屋なこと、私よりお酒に強いらしいこと。

 あと、笑顔が誰よりもかわいらしいこと。


「あの、大丈夫ですか?」

「……情けないことに、酔ってしまったみたいで……いつもはこのくらいじゃ酔わないのに」

「眠いなら、ここで寝てしまっても構いませんよ。ブランケットをもってきますね」


 お酒のせいか、異常なくらい眠たかった。

 凛花さんも心配そうにしている。


「ありが、と……」


 言い切らないうちに、がくりとこちらに倒れ込んだ。

 あわてて結衣を支え、怪我をしないように抱き抱える。


「結衣さん、結衣さん? 起きてますか?」


 一向に起きる気配はない。

 ベッドルームの方に目をやった。

 彼女の口元に耳を近付け、呼吸音を確かめる。

 問題なさそうだ。


「アルコールのせいで効きすぎたんでしょうか」

「でも、結果よければ全てよし、って言いますしね。上手くことが運んでよかった」


 ベッドルームに向かいながら、凛花は腕の中でこんこんと眠る結衣を見下ろした。

 実感が込み上げて、目を細める。


「結衣さんがいけないんですよ。ずっと、ずうっと我慢してきたのに」

「彼氏さんのことも、結衣さんのことを大切にしてくれるなら、と思っていたんです」

「でも、毎日のように怪我してたじゃないですか」

「わたしに頼りもせず、逃げるから……なんて、もう遅いですね」


 凛花はアカウント特定から自宅訪問までこなしてきたストーカー歴数年のベテランである。

 対して結衣の防犯意識は呆れるほど低かった。


 今日あったことをすぐ呟く。

 自宅近辺の写真を投稿する。

 人気のない夜道を一人で歩く。


 カードキーをすり替えても、全く気付かない。


「よ、っと」


 シャツもジーンズも脱がしてハンガーにかけた。

 彼女が欲しいと呟いていたパジャマを着せてやり、鎖付きの手錠をはめる。


「ふー……」


 一息ついて、彼女のうなじに歯を立ててみる。

 もちろん、傷跡はつけない。

 結衣は反射で身じろぎした。


「柔らかい……」


 寝息を立てる結衣を一瞥し、布団をかけてベッドを降りる。


「すぐ戻るので、待っていてくださいね」


 二人分のカードキーを手に取り、結衣の部屋へと向かう。

 ここは安全で「トラブル」も発生しない。

 これから送る同棲生活は、凛花にとってかけがえのないものになるだろう。

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