フェイズ8:買物 -Clothes Wire-
「お兄ちゃん、お義姉ちゃん、学校行こ!」
「ありがとうございましたー」
喫茶店『石茶山人』から出るオレとヤヨイ。今日の目的は服を買う事だ。
「ヤヨイのオススメの店とかある?」
「…あるにはあるのだがね」
じっと、オレの体を天辺から爪先まで見るヤヨイ。
獲物を定める捕食者の目にそっくり…てか、ヤヨイは捕食者側だったっけ…いや、食われる側にもなれるのか。
「ううむ、物は試しかね」
何事かを思案したヤヨイは、オレの手を握ってアーケードの入り口から北側へ歩き出した。所謂メインストリートだ。
日曜日、という事もあり当然人は多いし老若男女揃ってる。そしてオレを見てギョッとする視線も多い。オレとヤヨイが手を繋いでいるのを見て更に驚く輩も少なくない。ある程度ギターケースで抑えられてんのが救いか。
「ここだね」
そのまま左へ曲がり、西側のストリートを進んで行き、大人っぽい服の並ぶショーウィンドウを過ぎて、ヤヨイが立ち止まった。『シュレディンガーの蝶』という店。
「ヤヨイの行きつけ?」
「うむ」
やや質素な感じの店だが、それがヤヨイに合ってると思う。
オレ達は早速店内へ。
「いらっしゃいま…せっ」
女性店員がオレを見て一瞬言葉と笑顔を詰まらせた。ふふん、泣けるぜ。
「こっち、こっちだね」
ヤヨイが奥の方へオレを引っ張る。
連れて行かれたのは季節柄の衣類が並べられたコーナー。値段も手頃。
「オレに似合う服あるかなあ」
赤いコートを脱いで黒いTシャツに包まれた肢体を大きな姿見で確認しながら呟くと、脇からひょこっとヤヨイ登場。
「似合うとも。ノン君スタイルいいからね」
まあ、そりゃあ、な。
…とは言ってくれたヤヨイだったが、流石に実物と重ねると違和感は拭えなかったようだ。
「…うーむ」
ファンキーな長袖をオレの体に当て、戻して別のハンガーを手に取るヤヨイ。もう5分も立ちっぱなしのマネキン状態だが、いい加減飽きてきた。
「…ヤヨイー」
「ま、待ちたまえ!」
橙のパーカーを戻し、真剣な顔で服の山をかき分けてくれるのは嬉しいんだが。
「オレも選ぶよ」
「そ、それがいいねっ」
この店の服全部持って来る勢いのヤヨイから目を離し、物色する…フリをする。
なんか刷り込みみたいだが、赤や黒系が好きになっているオレ。適当に黒や赤の染色が多くて安い半袖長袖を籠に入れていく。無難に似合うだろうし。
これくらいでいいか。次は…。
「あ」
通路挟んで反対側の大人なファッションがメインのコーナーへ歩み寄る。パッと目に付いたが、これいいじゃん。
「ノン君?」
追いついたヤヨイへ手に取った服を体に当てがって見せた。
「どう? 似合う?」
オレが選んだのは、濃い赤のフォーマルなパンツスーツ。長身痩躯に合ってる筈だ。
ヤヨイはふんふんと頷き、
「とっても似合うと思うね。でも、いいのかね?」
訝しげに眉を顰める。
値段か? タグを確認しようとして、一律八千円の看板が目に入った。余裕で買えるじゃん。
「もう一着買っておこうかな。ヤヨイ、色違いのやつ選んでくれる?」
「うむ、任せておきたまえ」
暫くしてヤヨイは、ややデザインの異なる赤みがかった黒カラーを持ってきた。
やっぱその系統だよな。
「小物類は買わないのかね?」
メンズ下着コーナーでボクサーパンツを籠に入れたオレへ、ヤヨイは装飾品で煌びやかな一角を指差す。あんまり興味ないけど、自分から言い出すって事はヤヨイはあるのか。
「見てみよっか」
「そうこなくてはね」
千円以下の指輪や付け爪やネックレスやイヤリングが細々と並ぶ棚を水平に見ていく。
うーん、興味が湧かん。このくらいならオレでも作れるし。
「……?」
ツートンカラーの指輪を何気なく手にとると、横に並んだヤヨイが同じ型の指輪を素早く掴んだ。
…何してるんだろ。オレは材質を確かめて、ああガラスか、いるけど、ヤヨイは掌に握り締めたまま微動だにしない。
「買うの?」
「うぇっ!? ノ、ノン君は買わないのかね?」
「んー、うん。興味ないよ」
「そ、うかね…」
指輪を置くと、ヤヨイも落胆して戻した。どうしたんだ。
次に、流れ星を象ったネックレスを手に取り首から下げて鏡を見てみる…似合わんなあ。
隣を見ると、同じ型のネックレスを首から下げたヤヨイがいた。
ああ、そういう事。
「ヤヨイ、ペアの装飾品が欲しいの?」
「………うん」
頬を染めて頷くヤヨイ。可愛い。
ペア物か。少し恥ずかしいが、ヤヨイとお揃いはオレも欲しい。だが。
「ここにあるアクセサリーは脆いものばかりだから、今度オレが作ってくるよ」
「え? ほ、本当かね?」
「うん。何がいい? 指輪? ネックレス?」
「ゆ、指輪は婚儀の時に残しておきたいのだよ…」
か細い声で何か言ったが、オレのメタル聴覚はバッチリ聞き取れていた。
「分かった。じゃあ適当に考えとくよ」
「う、うむ! 頼んだのだよ、ノン君!」
「うん」
ビシっとしたサムズアップに、オレもサムズアップで応えた。
色々籠に詰めて会計へ。
「お願いします」
「あ…はいー」
少し警戒の薄れた店員が対応してくれる。バーコードを読み取っている間って暇だ。
「ヤヨイはなにか買った?」
「いや、先日母上とタケさんと来たばかりでね」
「たけさん?」
「あ、うちの家政婦さんなのだよ」
「へえ、家政婦さん雇ってるんだ、ヤヨイのお家」
「雇っているというのは語弊だね。一緒に住んでいる家族なのだよ」
どういうことなの? というオレのメタル思考は店員さんの声に戻された。
「お会計、三万九千円になります」
「あ、はい」
支払いを済ませて商品の入った袋を受け取る。
「ちょっといいかね」
ギターケースに入れようとしたオレはヤヨイの声に振り返った。頭を下げようとした店員に話しかけている。
「何でしょうか」
「会計済ませた商品を着たいので試着室を使わせてもらえないかね?」
「構いませんよ」
「すまないね」
「いえ、お得意様ですから。あ、この間のエア車椅子の方はお元気になられましたか?」
「心配してくれてありがとう。元気なのだよ」
「それはよかったです」
微笑むヤヨイと店員。
「ノン君、許可を頂けたね。早速着替えようではないか」
流れ的に分かってたぜ。
試着室でゴソゴソやる事5分。
「…おお」
巨大な姿見で眺めてみると…似合うじゃあないか。
「ノン君、終わったかね?」
待ちきれないようなヤヨイの逸る声。いや、これはお披露目しなきゃだな。
「…着替え終わったよ」
何気なくカーテンを開けて、さりげなさを装う。
「どう? 似合う?」
細身の筋肉質にフィットするスーツを見せびらかすと、ヤヨイは赤くした顔の下半分を手で覆った。
「ふお〜、似合う! 似合うじゃあないかねノン君! 美しく誉れ高いよ!!」
ちょ、興奮して褒めてくれるのは嬉しいけど声でけえって…お? ヤヨイの声に何人かがこっち見たけど、中々どうしてみたいな顔してる。
相当似合ってるのか。ふふん。
「じゃあ行こう」
「う、うむ。あ、待ちたまえ」
試着室から出ようとするオレを遮るようにヤヨイが立つ。
「タグ、取って上げるね」
「お願い」
頭を下げるとヤヨイの手がオレの後頭部に回った。
横の姿見に写るのは得意げな顔のオレと、首元から生えるタグ。
そしてヤヨイの人差し指と中指の先が伸び、鋭利に生え揃った爪がプラスチックを難なく切断して掴むと、瞬時に柔らかい指に戻った。
「はい」
「ありがとう」
タグを受け取る。ヤヨイはああいう事もできるらしい。
流石ヴィエルメーム…。
「…………」
タグを見て、引っかかっていたヤヨイのリアクションの真意に気付いた。
製造元はミカドミヤブランド。
カラーはディープレッド。
種類はレディースパンツスーツ。
「レディース…」
「あ、やっぱり気付いていなかったのかね」
「気付いてたんだねヤヨイは」
「うむ。でも、あ、絶対似合う、と思ったら、ね?」
ね? じゃねえだろ! 似合うから別にいいけどな!!
「ありがとうございましたー」
『シュレディンガーの蝶』を出るオレ達。おニューの服を着てみると、周囲の目も少し違う気がする。というか、唯のバンドマンとしか思われなくなったのかもしれない。
「次はどこに行こうかね」
まあ、ヤヨイと手を繋いでる嫉妬の目線は無くならんか。
「オレの目的は終わったよ。ヤヨイはどこか行きたい?」
「んー…そうだね」
顎の下を指で押さえて暫し考えるヤヨイ。数秒後、お腹から可愛らしい音が鳴る。ほんの少し頬を染めたヤヨイは微笑んだ。
「お腹が空いたのだよ。どこか寄ってもいいかね?」
「メタルオーケー」
というわけで、近くの『ロキヤ』というカフェに来た。オープンテラスの席に着き、メニューを開いたヤヨイはやってきた店員へ早速告げる。
「この厚切りお肉のサンドイッチを5個、それとトマトジュースを」
「かしこまりました」
オレもヤヨイの正面の席に着いて、メニューから適当な食べ物を選んだ。
「オレはこの、蟹体パンと、水を」
「かしこまりました」
店員が注文を聞き終えて店内へ消えていく。オレはおしぼりで手を拭き、目をまん丸くするヤヨイに顔を合わせた。
「オレが物を食べるの、変?」
「へ、変ではないのだよ。いや、その、だ、大丈夫かね?」
「うん。以前は鉄や油以外は受け付けなかったけれど、もう平気。ていうか、本当は食べる必要もないんだけどね」
「ほほう?」
興味津々なヤヨイに話を繋げる。
「オレの出力は新しいコアのエネルギーだけで全て賄えてるんだよ。食べた物は全身に行き渡るけど、何を摂取してもコアのエネルギーに比べて微細に過ぎないから。そういう意味で、食べる必要はないって感じ。代わりにコアのエネルギーは父さんの研究所でしか補給出来ないけど」
「じゃあ、なぜ食べるのだね?」
ちょっと答えるのが恥ずかしい。
でも言うぜ。
「習慣と、憧れ…かな」
ヤヨイの目が感心するように細められる。オレは視線を逸らすように肘を着いて頭を傾けた。
「食べる習慣が出来てるし、美味しい物を食べる幸せも実感出来てる。でもそれは本当の幸せじゃないって、家族との食卓で気付いたよ。だからオレも、みんなと同じ物を食べたり、一緒に作ったりしたいと思ってる」
店員がやってきてテーブルに料理を置いていった。
…蟹体パン、食パンと真っ赤に焼けた蟹が並べられている。スプーンが付いてるのは、蟹味噌を塗る用か。
「オレの手前勝手な考えだったり、食べ物の無駄使いだったりするのかな」
「そんな事はないのだよ」
優しい声でヤヨイは笑う。
「生き物が食べ物になる時、一番最初に思うのは残さず食べてくれって事だからね」
ヤヨイが言うと説得力の塊だぜ。
「むしろ、無駄だというのはボクの方なのだよ」
「ヤヨイの方?」
頷き、ヤヨイはサンドイッチを掴んだ。
「ボクは『自己食物連鎖』が出来るので、本来は食べる必要がないのだからね」
「自己食物連鎖…って?」
「ボクの肉体に凡ゆる生物のDNAが組み込まれているのは、知ってるかね?」
「うん」
「ボクはそれらの生物を一部だけや丸ごと顕現させたり、生み出したりもできるのだよ」
そう言ってサンドイッチを口へ放り込んで咀嚼しつつ、ヤヨイは何気なく突き出した掌を上に向ける。たおやかな手、その皮膚が盛り上がったかと思えば丸っこい形を作り、やがて切り離されたボールに体毛が形成されると目を開いた。
「にゃー」
掌サイズの黒い仔猫。手品みたいな早業で生み出されたそれは、生き生きとしたイメージを放っている。
「お行き」
ヤヨイの命に仔猫は従い、カフェの床に降り立つと素早くどこかへ行ってしまった。
「いいの?」
「構わないのだよ。幾らでも生み出せるからね」
手の甲から同じように蝶々を生み出す。黄色と黒のコントラストが美しい、と思った瞬間ヤヨイがそれを力強く鷲掴んだ。指の間で潰された羽が微かに動いた、かと思えば拳に吸収されていき、開いた手は空っぽになっている。
ほんと手品みてえだ。
「それが、自己食物連鎖っていう事?」
「ボクの体内で、誕生し、成長し、捕食され、死に還る…そのサイクルが無限に、無数に、無尽に可能なのだよ」
「あの巨大化してたのも?」
「急激な細胞分裂を繰り返して質量を大幅に増大させたのだよ。元に戻る時はその逆でね」
「凄いね、ヤヨイ」
「はっはっは、もっと褒めたまえ」
予想以上の、いや規格外の能力じゃん。オールライフじゃなかったヴィエルメームマジやべえな。
「…とまあそういう事で、食事をする必要は実はなかったりするのだよ」
サンドイッチを頬張るヤヨイ。オレも蟹体パンを頂こう。塗るのは面倒だから食パンに挟んで…バリバリ。
「……で、そのヴィエルメームが食事をするのは?」
甲殻ごと噛みちぎり咀嚼し飲み込む。鉄より柔らかいから容易だ。
「生きている実感、かね」
「食べる事が繋がるの?」
「これはボクの我儘なのかもしれないがね。こう、食べないと生命活動への反射が上手くいかない、というべきか…いや、感覚的なものであってだね…」
説明し難いご様子。ヤヨイの分からん事がオレに分かる筈もない。
「ヤヨイの好きなようにすればいいよ」
「そう言って貰えると嬉しいね」
料理を平らげ腹も膨れたと思うし、カフェを後にしよう。
「すいませーん、お勘定を」
店員を呼びながら財布を取り出す。
「ここはオレの奢りで」
「ではお言葉に甘えようかね」
千五百円を支払い、ギターケースを背負った。
「ありがとうございま…」
何気なく言って食器を片付けようとした店員の声が途切れる。振り返るオレ達。店員は伝票を確認した後、オレへ視線を向けた。
「あの、蟹体パンを注文なさったお客様」
「あ、はい」
なんだろ。
「容器を知りませんか?」
「容器?」
テーブルの上には食器とスプーンしかない。容器? なんの?
「プラスチックの蟹型の容器です。中身はパンに挟んで食べましたよね? 」
「…ぶわっはっはっはっはっは!!」
ヤヨイが腹を抱えて大爆笑する。周囲の視線が集中するが、ツボに入った可笑しさは止まらないようだ。
まあ、分からんでもない。
「…すいません、容器ごと食べちゃいました」
「は? 食べ…? え?」
「…いえ、あの、これ、容器代です」
色々説明するのもアレなので、誤魔化して容器代を払って足早に去った。
「は、ひぃー…はひぃー…」
笑い過ぎのヤヨイを引きずって。
通りから枝分かれする路地の一つまで連れて来たが、涙を零しながら声を抑えようと必死だ。
「…大丈夫?」
「ふ、ふ、ふふぅ……ふひぃ…」
落ち着くまで待とう。辺りを見回すが、人通りは少ねえな、ここ。丁度いい。
「………落ち着いのだよ」
ややあって、いつものキリッとした表情へ戻ったヤヨイが微笑みかけてきた。
「ごめん、オレのせいで」
「全くだね。あんな大ボケ炸裂させるとは夢にも思わなかったのだよ」
「ごめん、オレのせいで」
それしか言えない。
「もういいのだよ。ただ今度からは味覚も鍛えなければね」
「そうするよ」
今後の大きな課題ができたぜ。
ヤヨイは大きく息を吐き、ストリートの方へ戻ろうとする。
「ノン君は次にどこへ行きたいかね?」
その後をついて行きながらオレは唸った。
「うーん」
特にないんだよなあ……あ、ないと言えば。
「そういえばオレ、趣味的なものがないからそこらへんの充実を図りたいよ」
「成る程」
以前のオレにはなかったようだしな。
「やっぱり何かやっといた方がいいかな」
「ストレス解消や実益等、用途にもよるのではないかね?」
「あ、うん。今、無目的に作ろうとしてた」
「そんなものは長続きしないのだよ」
「そうだね」
自然に出来るのを待つとするか。
特に目的もなく歩いていると大きな広場に出た。看板を見ると『ナガデ広場』というらしい。
「ここがこのアーケードでもっとも賑わいのある場所だね」
どこか誇らしげにヤヨイが言った。
中央に噴水となんか神々しいモニュメントがあり、様々な出店がひしめいている。中にはミュージシャンやパフォーマーもいたり。
…オレ並の姿の奴はいないが、なんとなく安心できる場所かもしれねえ。
「ノン君、適当に見て回ろうじゃないかね」
「うん」
路上のアクセサリー店を見たり、ストリートミュージシャンを眺めたり、買い食いしたり、パントマイマーの妙技に驚きつつ、ぶらぶらと二人で歩いていた。時間潰しには丁度いいな、ここ。
「………お?」
やたら人が集る一角が見える。時折歓声も聞こえてきて、メタル興味がそそられた。
「行ってみない?」
「いいね」
サムズアップしたヤヨイと近付くと、どうやらパフォーマーらしい。凄え、という声が所々から聞こえている。
人集りの中心にあったのは、花や米や野菜や果物を販売している出店。そのマスコットらしい狸の着ぐるみが、手にした木の棒をバトンのように回転させている。その回転速度がとんでもなく速え。風圧がこっちまで届きやがる。
狸は回転する棒を左右に振り回し、やがて天高く放り投げた。数秒後、風切り音と共に落下する瞬間を掴み取ると、ビシッと決めポーズを取る。木の棒と思っていたのは看板だったようで、『全品20%OFF』と書かれていた。
どよめく観客。いや、確かに凄い。
「ふうむ、見事だね」
「うん」
だが、称賛の空気をぶち壊す警告の笛の音が高らかに鳴り響く。
「ここでは危険なパフォーマンスは禁止されていまスリー!!」
オレ達含めた一同が一斉に振り返ると、婦警の制服を着こなした『アーケード自治体』『警察官見習い』などの腕章を付けたちっこい少女が、デフォルメされた白虎の指輪が光る指を突きつけていた。
狸の着ぐるみは平謝りのアクションで事を収め、出店の椅子に座って看板を立て掛ける。さっきとは別の人集りが出来たが、狸は身振り手振りで応対しており、喋らないようだ。マスコットとしては優秀だが、狸の造形がリアルちっくで怖いので逆効果かもしれねえけど。
ヤヨイは花に興味を示したのか人集りに混じっている。オレは特に興味がないのでツクヨミと一緒に噴水前に移動して雑談。
「奇遇ネハン」
両手を腰に付けてビシッとしたポーズのまま話すツクヨミ。胸が強調されてる。しかも無意識でやってるみてえだ。
「うん。今ヤヨイとデート中」
動揺しないよう会話に集中しとこう。間違った事は言ってねえよな。
「ふっフォーん? お熱いのねエイト」
ニヤニヤと笑うツクヨミに尋ね返す。
「そういうツクヨミは?」
「ウチはボランティアヨン」
そう言って腕章を向ける。
「こっちが警察の、こっちがアーケード自治体のヨクト」
「自治体の方は分かるけど、警察の見習い?」
「役職なノーニ。ほら、ウチって…小柄じゃなイチ?」
小柄ってレベルじゃないが、ちゃんと自分を受け止めてるみたいだ。
「う、うん」
少し躊躇しながら頷く。肯定しただけなので流石に殴り潰される事はないだろ。
「だから…ボランティアに参加しても子どものお遊びと思われて相手にされない事が多いのヨン…」
ツクヨミはどんよりとした雰囲気で蹲った。苦労が手に取るように分かる。オレもなんとなく彼女の横に蹲った。
「まあ…仕方ないね。でも、外見で言動を無視されるのは辛いよ…」
同情するぜ、心から。
ツクヨミはオレを見て、悩みを共用できる相手だと認識したらしく、力なく微笑む。
そのまま「このマグノリアの咲きっぷりは見事だね」と狸へ賞賛を送るヤヨイと、頭の裏をかいて照れる仕草の狸を眺めるオレ達。
十秒ほど経って。
「でも、今は違うんでしょ?」
「そうなのヨロズ!」
勢いよく立ち上がるツクヨミ。立ち直りも早いな。
「見習いって言っても資格を取るまで大変だったワン! でもこれでウチも国家権力を盾にビシバシ取り締まれる、自治体は迷惑な客を退けられる、と正に一石二鳥ヨタ!!」
力強く右拳を握りこむと、異様な圧縮音が放たれる。相変わらず怖えぜ。
「ツクヨミの事が結構分かったかも」
「それはいい事だワリ。ウチ、身内にも容赦しないからそのつもりでいテン」
オレも立ち上がり、ツクヨミへ笑いかけた。
「勿論だよ」
ボランティアの続きというツクヨミと別れると、彼女は広場の奥の交番へ向かい、駐在員と敬礼し合うと交番前に立って周囲を見回しだした。中々様になってるのが素敵だ。
「ノン君、待たせて済まなかったね」
丁度ヤヨイが戻ってきた。ビニールに包まれたプラスチックの鉢植えを提げている。
「買ったんだ」
「うむ、かなりの掘り出し物だったのだよ。欲を言えば話を聞きたかったのだが、あの様子ではね」
「あの狸、喋る気なさそうだもんね」
そういえば。
「ヤヨイって動物や植物と会話できるの?」
「できるとも」
「あ、できるんだ。じゃあその花から話を聞けばいいんじゃあないの?」
「聞いたのだよ。そしたら広大な庭園で丁寧に育てられたというではないか」
「へえ。このヒノモトドーム内で庭園かあ。それは興味湧くね」
「だろう? 一体何処の土地の持ち主なのかね」
余程の金持ち…若しくは権力者しかいない筈。という事は、あの狸は使用人か何かだろうか。
まあ、考えてもしゃあねえけど。
「あ、入れる?」
「お言葉に甘えて」
鉢植えをギターケースに入れて担ぎ直す。
「次、どこ行こうか」
「んー…」
携帯端末を取り出すヤヨイ。オレも水晶モニター右下の現在時刻を確認する。十六時過ぎだ。
「ここいらでカラオケに洒落込もうかね?」
「そうしよう」
歩き疲れた訳ではないが、あんまり楽しみ過ぎてもな。
ヤヨイとはいつでもデートできるし。
「クーちゃんはどうしたのだね?」
「ボランティアの続きだって。ほら、あそこ」
交番を指差すと、丁度ツクヨミが警笛を鳴らす所だった。
「ここではスケボーの使用は禁止でスリー!」
ガラの悪そうな不良グループへ物怖じせずずかずか踏み込んでいくのは素直に凄いと思う。
「ねえノン君、クーちゃんも誘ってよいかね?」
「メタル構わないよ。でも、どうして?」
リーダーらしき、ピアス付けまくった厳つい男がツクヨミを見てビビり、周りにも必死に頭を下げさせる光景を見ながら尋ねる。
「親交を深めたくはないかね?」
「深めたい」
合点。オレとヤヨイはツクヨミの元へ向かった。
「ヘイ、クーちゃん」
「全く懲りないナナ…どうしたのお二人サン?」
不良グループを送り出したツクヨミにヤヨイが尋ねる。
「今からボク達カラオケに行くのだがね、クーちゃんも一緒にどうかと思ってね」
「ごめん、無リットク。十七時までの決まりなノーニ」
申し訳なく掌を合わせる彼女に、肩を竦めた。
「それなら十七時まで待ってるよ。ね、ヤヨイ」
「うむ」
ヤヨイが安心感のあるサムズアップを決めると、ツクヨミは微笑みつつ、やはり遠慮がちに言った。
「嬉しいワン。でも、大丈ブ? ウチ、邪魔じゃなイチ?」
「だったらそもそも誘わないよ」
オレの言葉に頷くヤヨイ。
ツクヨミは目を輝かせ、目尻の涙を拭って敬礼した。
「ありがトリリオンッ」
広場で時間を潰し、十七時くらいになった時にツクヨミが走ってきた。
何故か婦警服を着たままで。
「クーちゃん、着替えないのかね?」
「そんなに慌てなくても待ってるよ」
「あ、これ自前のふクアッド。特注ヨロズ」
…ああ、そうだよな。そんなちっこい服なんて絶対ないし、そういう格好じゃないと舐められるもんな。
分かるぜ。
オレ達は馴染みのカラオケボックス 『Spooky Kids』へやってきた。
「いらっしゃいませー…あ、メノン」
カウンターにいたのはフデイさんではなく、息子のエイジ。
「やあ」
「エイ君、久しぶりなのだよ」
「イキメもな……あ」
陽気なエイジの顔が強張る。視線の先にはツクヨミが。
「はあイチ」
「よ、よう」
満面の笑みのツクヨミに対し、ぎこちないエイジ。なんだ、何かやらかしたのか。
「罰則与えたの?」
「フデイくんは機材勝手に使って無断で屋上ライブしたのヨン」
「あれはかなり盛り上がったがね」
「わ、悪かったよ、マジで…」
まあ自業自得だな。
「3人で、2時間コース」
「…毎度」
げんなり顔のエイジから鍵を受け取り、オレ達が階段を上っていくと、ツクヨミが微笑んで拳を握った。
「クハハハハ、ウチの歌声、聴かせてあげるワリ!」
ツクヨミが歌ったのは、この前言ってた『警原』ってやつの主題歌だった。かなり拳の利いた演歌調でツクヨミは一生懸命歌ったが、どちらかといえば可愛さの方が上だった。
本人には黙っていたけど。
現在22時。家の地下トレーニングルームにて。
オレは今、『怠らない』為に訓練をしている。アクロウの件もあるし、オレは強くならなきゃ誰も守れないと思った。
…ヤヨイは守る必要がないくらいやばい奴だけども、オレの矜持としてもだ。
床から生やさせた5メートルの球塊に密着し、両肘両脹脛からバーニアを突出させる。イメージはワンインチパンチ。突進したり振りかぶった状態ではなくこのゼロレンジでの致命打だ。
何度か失敗しているが大分コツは掴んでいる。足腰の連動をメインに…。
「…マックス・ストレイション!」
バーニア出力を微調整しながら浮き上がるようなショートアッパーを球塊へ放つ。失敗すれば丸い塊が飛んで行くものだが、殴った箇所から威力が伝わり粉々に散った。
うし、大分コントロール出来るようになってきた。
「…エビル・スラッシャー…ヒート・アディション…ラッシング・ドライル」
右腕を剣、炎、ドリルとスムーズに可変させる。スキルポイント振ったから滑らかで威力も上々だ。そんで。
「ロケット・フィスト!」
100メートル先の壁へ拳を減り込ますと同時に戻ってきた腕を再装着。よしよし、最大まで強化したおかげでこれはスピードもパワーもピカイチだぜ。
…だが。
「………………………」
オレは左腕をじっと見つめる。大型キャノン砲への可変を思い起こすが、左腕は微動だにしない。試しに白い皮膚を裂いて黒い装甲を剥き出し、力を込めてみるもののやはり変化なし。溝に赤いエネルギーが走る様子もない。
「……………なれない」
左腕を戻して呟く。
あの姿、マシーンロイドの装甲を剥き出しにして皮膚をマント状に着た姿、長いからウルティロイドとしとこう…ウルティロイドにはなれないし左腕の可変もできない。メモリーにも該当記録がない。ファイトスキルにもだ。普段のオレからしたら正に超絶的なパワーを振るえる形態だが、なんか条件があるのか? 切り札的なものか? 父さんに聞けば分かるか?
…止めとくか。オレはマシーンロイドだし。自分の体の事は極力自分で成そう。
そういや…。
「…ふっ」
胸元を裂いて胸部装甲を露出させ、縦に開閉する。炉心部の、紫色のエネルギーが僅かに迸る野球ボール大のアルティメットコアがお目見え。
まあそれは置いといて…問題はこっちだ。アルティメットコアの左側から、拳大の赤いコアをケーブルごと引っ張り出す。
「…これ、いる?」
かつてのメインコア。今では頼りない小エネルギーしか生み出せないオンボロ品。人で言えば要らない臓器みてえなもんだが…。
「…まあ、補助エネルギー用にしておこう」
ついでに鍛えておくか。