その⑨
ガサガサと草木をかき分けて、霊那とカエデコは目的の場所までたどり着いた。ただでさえ普段人が寄り付かない場所にある森の中は、初秋とはいえまだまだ緑が多い。そもそも、ここ最近の気温が10月のそれでは無い。とにかく暑い。今日は生憎の曇り空にも関わらず、気温は27℃を超えている。なんでも本日の最高気温は30℃らしい、季節感は一体どこへ行ってしまったのだと霊那は嘆いた。
「あ、その木です」
霊那が指さした先にあったのは、何の変哲もない1本の木だった。周囲のものとさして変わらなく見えるその木から、霊那は特別なものを感じ取っていた。
「この木か。特に他のと大差ないように見えるけど…。うん?」
カエデコが隈無く探索していると、拳一個分ほど大きさのの不自然な深い窪みを発見した。それは明らかに人工的に作られており、奥にはなにかが入っているようだった。
「それ、それです!」
霊那はそう言って数歩後ずさった。
「え、これそんなにやばいもの?」
まさにそれを掴まんとしていたカエデコは、すんでのところで手を止めた。
「あ、いや。危険なものではない、と思います。多分」
曖昧な返答をするが、相変わらず霊那は近づこうとはしない。
「ならいいや」
対照的にあっけらかんとしながら、躊躇いもなくカエデコはその何かを掴んで取りだした。出てきたのは、年代物であろうボロボロな箱だった。雨風を凌いできたおかげか、まだ箱としての形は保っている。もう数歩下がり、木の後ろに隠れるようにしながら霊那はその箱を遠目から確認していた。
「そんなに警戒するほどのものなの、これ」
「一応、危ない気配はしないです。危なくは無いと思いますが、なんというか、強いです。誰か力を持った人によって、意図的に作られたものなのは間違いないです」
なるほどなるほど、と頷いていたカエデコだったが、霊那が話し終えるとほぼ同時に箱の蓋を開けた。
「さすがカエデコさん、躊躇ないですね」
苦笑いを浮かべる霊那を見たカエデコは至極真面目な顔をして言った。
「霊那が危なくないって感じたなら、危なくないでしょ?」
霊那本人も自信が無いにも関わらず、その発言を微塵も疑っていないカエデコに霊那は何も言えなかった。今までもそうだった。心霊に関係することを霊那が口にすると、その全てをカエデコは鵜呑みにするのだ。それはカエデコという人間が生来、人を疑わない性格をしているからなどではない。強いて言えば、カエデコは人に対してまず最初に疑ってかかるタイプの人間だ。商売柄、怪しい案件や嘘ひやかしの案件を持ってこられる事も多い。それらを早く判断できる能力を、彼女は生まれ持った天性の感と経験で手に入れていた。相手が肉親であろうが、表面では肯定していても頭の中では1度疑って考える彼女が唯一無条件で受け入れているのが霊那の言葉だった。
「まあ、信じてもらえるのは嬉しいんだけどね」
霊那は半ば諦めに近い感覚を覚えつつ、カエデコの手にある箱を見た。明らかに強い力を感じる。が、やはり悪意は感じなかった。恐る恐るカエデコの側まで行き、箱の蓋を開けるよう促した。
「これは、御札かな」
カエデコは箱の中にある札を霊那にも見えるように差し出した。たしかに、それは御札だった。かなり劣化していてほとんど文字は読めないが、それでもここまでの力が残っているのは相当強い霊能者が作ったものだということが見て取れた。
「弱ってはいるけど、かなり強力な御札みたい。多分これと同じもとが、あと2枚、病院を囲むように置かれているはず」
静かに蓋を元に戻すと、カエデコはすっとポケットに入れた。
「え、それ持って帰るんですか?」
驚く霊那に、カエデコは不思議そうな顔を向ける。
「そうだけど、なんかまずそう?」
なんとも答えにくい質問に、霊那は言葉が詰まった。
「まあ、本当に不味かったらすぐに戻しに来ればいいでしょ。1日くらいなくても、残渣みたいなのが残ってるよ。それに、これが解決のカギかもしれないし」
さあ次行ってみよう、と別の御札の元へ意気揚々と歩き出すカエデコの背中見ながら、なんて怖いもの知らずなんだろうと心の中でひとりごちた。しかし、この行動力こそが今までの心霊現象を解決してきた理由でもあることを霊那自身よく分かっていた。それが今回も上手くいくかは、やってみないとわからない。霊那は心の中で、「悪いことになりませんように」と神様にお祈りをしながら、カエデコの元へと小走りで向かった。