その⑧
「これはなかなか、思っていたより随分と立派な建物ね」
車から降りたカエデコは、視線の先にそびえ立つある甲斐聖総合病院を見上げた。コンクリートの劣化などによるボロボロの外見とは裏腹に、その形自体は建築以降もしっかりと保たれている。少なくとも、手抜き工事などの類はほとんどされていないことが見て取れた。
「それに、雰囲気もバッチリ。夜になってからの病院探索はちゃんと怖そう。霊那、どう?なにか感じる?」
霊感のある霊那へ、意見を求める。まだ日が登っているうちに、この病院内がどれほどのものなのかを確認しておかねばならない。
「いるのは間違いないです。それに、一人二人じゃなくてかなりの数がいそう。10や20では効かないかもですね」
病院までおよそ200メートルほど離れた駐車場から、眉間に皺を寄せながら霊那はじぃっと見つめた。やっぱりそうか、と小さく呟いたカエデコだったが、ふと見た霊那の顔からなにか腑に落ちなさそうな表情を読み取った。
「なにか気になることでもあった?」
カエデコの言葉に眉間の皺を緩め、一旦自分の顔を手で拭う。
「たしかにいるんです。病院の窓の至る所からこちらを見てますし、悪意もたしかに感じてるんです。でも、なんというかこう、弱いんです」
「弱い?」
カエデコの言葉に、霊那はうなずく。
「これだけ霊が集まっていると、もっと良くないものになるのが普通だと思います。恨みつらみや、生きている人間に対しての悪意がごちゃ混ぜになってドロドロになっていく感じです。そうなってしまうと霊たち自身も自我が崩壊し始めて、悪意だけが剥き出しの怨霊になっしまう。そうなると、もう対処がどうとか以前の問題になってしまったりするんです。でも、この病院から感じるのはそういったものじゃないみたい。なんというか、イタズラ好きな子供達だらけの保育園、みたいな」
自分でもよく分かっていない様子の霊那は、腕を組みウンウンと唸りながら頭の中で考え込んだ。
「ふうん。それはつまり、そこまで悪い物じゃないってこと?」
カエデコの意見に、霊那は「まあ、はい。そうだと思います、たぶん」と非常に曖昧な返答をする。さらに霊那は病院とは違う、森の中に視線を向けると。
「どちらかと言うと、あっちとあっちと、…あと向こうの方角がも気になります。病院にいる霊よりも、明らかに強い気配がします。霊、ではなさそうですが」
そう言って、霊那は病院の周り3点を指さした。目視ではただの生い茂った森があるだけだが、カエデコは霊那が指さした1番近いところをじっと見つめてから、車のトランクを開けてガサゴソとカバンに詰め込まれた荷物を漁った。
「そしたら、まずはその気になる方に行ってみようか。そろそろ秋になるとはいえ、ヤブ蚊も多そうだからね。ほら、これ使って」
取り出した虫除けスプレーをひょいと放り投げると、霊那は慌てて両手を伸ばして受け取った。