その⑥
「と、いうわけなんです」
いかにもアンティーク調といった落ち着いた内装の喫茶店で、横谷霊那と加賀カエデコは今回の依頼者から説明を受けていた。陣取っている窓際の席は外からの光がよく入ってきており、4人がけのテーブルに乱雑に広げられ資料を読むのには不便がなかった。
「ふむ、なるほど。これは間違いなく、霊の住処となっていますね」
何度もうんうんと頷きながら、カエデコは答えた。それを聞いた依頼者の女性も、「やっぱり」と眉間に皺を寄せる。
「しかしすごい。複数の霊が一所に留まっているのは今までも何度か見てきましたが、さすがにこの数は見たことも聞いたこともない」
顎を指先で擦りながら資料を眺めているカエデコを横目に、霊那は手元のアイスコーヒーに刺さっているストローを咥えた。喫茶店のコーヒーは美味しいけどお高い、なんとなく普段よりもかなり贅沢をしているような感覚になった。
「それで、除霊は可能でしょうか」
少し前のめりになり、女性が問いかける。
「そうですね、とりあえずは実際見てみないことにはなんとも。それに私たちは除霊師ではないありません、あくまで問題となっている根本的な原因を調べるのが仕事です。まあその結果問題も一緒に解決してしまう、なんてこともありますが」
おお、などと感嘆の声を上げて、目の前の二人組は口の端を上げながら目を合わせた。その様子を見ていた霊那は、3人に気づかれないように小さく嘆息した。そんなに嬉しそうにされても困る、本当なら自分は、そんな病院に行きたくないのだ。なんならこの仕事をやりたくない、いやそもそもこの心霊関係自体から足を洗いたい。
「それで、料金はおいくらほどになりますか?」
おそるおそると言った様子で、女性は今にも揉みてをせんばかりにたずねる。この業界は高利小売。需要が少ない代わりに、依頼者は藁にもすがる思いで払い屋を求めてくる。そしてもちろん、相手が強大であればあるほど払う側にも相応のリスクが発生してしまう。悪霊に憑かれることもあれば、最悪廃人や、死に至るケースも珍しくない。つまり、受ける側もおいそれと安価に受ける訳にはいかないのだ。
「まだなんとも…ひとまずは現場を拝見しない事には決めかねます。お見積もりはその後にでも」
一瞬少し不服そうな表情を見せたが、依頼者たちは直ぐに納得したようだった。そりゃそうだ、伝聞だけの情報で報酬を決める人間なんてそうそういるものでは無い。ふっかけるにしても、まずは現場を確認するのが当然だろう。
「それでは早速、案内致します」
「いえ、結構」
そう言って手で制し、カエデコはすっと立ち上がった。
「住所だけ教えてもらえればこちらで勝手に向かわせていただきます。一応、企業秘密の部分もありますので」
その後走り書きで住所の書かれたメモを貰うと、依頼主の2人は深深と頭を下げてから喫茶店の会計を済ませて去っていった。1杯で牛丼1つ食べてお釣りが来るようなコーヒーだったが、奢りならばなんの文句もない。霊那達は依頼者を軽く見送ってから、自分たちの車へと向かう。
「それじゃ、早速現場を確認に行くぞ」
カエデコは助手席のドアを開けると、霊那に乗車を促した。カエデコの愛車である2016年式のコペンは、実用性が高くスタイリッシュであり女性人気が高い。カエデコ曰く「燃費が良くて小回りも効いて、必要以上に人も荷物も載せなくて済むから」という理由で選ばれたらしい。新型にしなかった理由は、「ヘッドライトが丸いのはなんか嫌」だからだそうだった。
「ありがとうございます」
恋人でも先輩でもない霊那のために、当たり前のようにエスコートを決めるカエデコに素直に脱帽する。整った顔立ちとハッキリとした言動、さらにこの紳士的な立ち振る舞いである。きっと学生時代は、どの男子生徒よりもバレンタインのチョコを獲得していたに違いない。霊那は頭の中で1人納得しながら、ペコペコと頭を下げつつ車に乗り込んだ。