その③
そう、そこなのだ。
「それがわからないんだよ。いや、逆かな。分かりすぎてるというか」
「どういう意味ですか?」
「ちょっと読んでみろ」
羽生田は、聞き込みで調べた噂をまとめたページを開いて差し出す。今までに確認できたそれなりに詳しい噂話と、その話をしてくれた人物およそ30人分のプロフィールをそれぞれわかりやすく書き記した力作を「いやー、マメですねぇ」の一言で纏められたことに少しもやもやしつつ、岡村が大量の文字列をコツコツと読み進めるのを待った。
「はー。なるほどですね、これは」
先ほど火をつけたばかりのタバコを吸いきるより、先に感想が来た。さすが、速読くらいしか自慢できることがない非才の後輩だ、感想になんの捻りも中身も無い。
「だろ?あまりこう言うオカルティックな話は詳しくないが、多分普通じゃないと思うんだよ」
「自分は割と怖い話とか見る方ですけど、あんまり聞かないですね」
なんだ、そんな趣味があったのか。それなら初めから言って欲しかったな、一緒に聞き込みすれば何か私には見えない物が見えたかもしれないというのに。
「しかしまあ、ここまで来ると恐ろしいのか滑稽なのかわからん」
「そうですねえ。これが本当なら」
パタン、とファイルを閉じた。
「少なくとも、30人以上は幽霊がいるってことになりますもんね」
『五十メートル先、信号を右折です』
ナビ無しの社用車なんてもはや化石だろうと少し前まで愚痴っていたが、まさか携帯電話一台が何役もこなせる時代になるなんて誰が思っただろう。私が初めて買った時には、電話とメールと、やっと写真機能が出たばかりだったというのに。そう言えば、今は白い犬とその家族で有名なあのメーカー。もう二回も名前が変わってるんだなあ。名前が変わる前はまだ中学生だったなあ、若いっていいなあ。いや私もまだ若いけども。
羽生田は一人問答をしながら、現代科学の結晶に思いを馳せていた。
「でも、こうまでバラバラな噂だともはや噂自体が怪しくなってきましたね」
言われてみれば確かにそんな気もする。何かが出るだろうという思い込みが強すぎて、ある筈ないものが見えてしまった。なんてことならどれほど気が楽なことか。
「幽霊の正体見たり枯れ尾花、ってところか」
そうこぼして岡村を見るが、何言ってるんですか?みたいな顔を浮かべる後輩の浅学ぶりに少し悲しくなる。
「しかし、工事が何度も中止になったことも事実なんだ。この噂が例え勘違いだったとしても、何かはあると考えておいた方がいいだろう」
そんなもんですかねえと返してから、岡村は運転に意識を戻した。最後の交差点を口頭でナビゲートする頃には、周囲はのどかな風景に成り代わっていた。中心街から三十分そこらで森林浴が楽しめる、こういう田舎ならではの立地は個人的には好きなのだが、都会の住人は不便で仕方が無いと文句を言うのだろう。自分の住むアパートの、最寄りのコンビニまで車で十五分だという点に一切の視線を向けずに心の中でそう思ってみた。やっぱりここに体育館作っても、無理があるんじゃないかなあ。