8. 散歩
あれから数日。
幼児化した身体にも少しずつ慣れてきたため、ハイハイを使って一人城内を探索でもしようと朝から意気込んでいたユーリだったが、ユグニートの目が光りすぎていてベッドから下りることすら未だできていない。
「ユーリ、何してるの?」
「ベッドから下りたい。」
「どこか行くならパパが連れて行ってあげるよ。」
「いい!俺一人で行く。」
「一人で…?」
「何か問題?」
「パパと一緒は嫌ってこと…?どうしよう。ユーリに嫌われちゃったんだ。」
「違っ!仕事とかあるだろうし、散歩くらいなら一人でできると思って…。」
「パパのお仕事を心配してくれたの!?気にしなくていいのに。」
「魔王様!」
「ロベルト?」
「俺がユーリ様と散歩してきていいっすか!?」
「ダメ。」
「即答!?」
「俺だってまだユーリとお散歩してないのにロベルトが先ってどう考えてもおかしいでしょ。」
「そんなことないっすよ!魔王様には大事な会議があるってヴェルフォルムから聞きましたし、今回は俺に譲るってことで。」
「嫌だ。」
「それならユーリ様に決めてもらいましょうよ!」
「俺?」
「はい!魔王様を選ばれてもユーリ様の意志であれば今回は諦めます。」
「仕方ないね。」
「俺は…。」
「遠慮せずに言ってごらん。」
「一人で散歩したい!」
「「却下!」」
「え、ダメなの。」
「お城はユーリが思うより広いから途中で疲れてしまうかもしれないし、メリアルダが綺麗にしてくれてるとはいえ突起物で怪我するかも…。それに途中でお腹空いたりしたらどうするの。」
「ちょっと前まで高校生やってたの忘れてる?」
「関係ないよ。ヴェルフォルム。」
「はい、魔王様。」
「今日の会議、適当にやっといて。ユーリとお散歩してくるよ。」
「かしこまりました。」
「ヴェルフォルムに頼むのはずるいっすよ!」
「そうだよ。ヴェルの迷惑になるようなことするなら俺、散歩行かなくてもいいし…。」
「ユーリ様のお心遣いにこのヴェルフォルム、とても感動しております。ですが、魔王様とのお散歩はしていただかなくては。」
「でも。」
「大丈夫です。ロベルトから大事な会議と聞いたのでしょうが、魔王様が出なくてはならないものではありませんから。ユーリ様は魔王様とお散歩を楽しんできてくださいね。お帰りになった際には話を伺わせていただけたら嬉しいです。」
「うん。」
「じゃあ行ってくるよ。」
ニッコリと笑みを浮かべてユーリを抱き上げたユグニートは優雅な足取りで寝室を後にする。
それに続くようにロベルトも出ていった。
「ユーリ、どこ行きたい?」
「別にどこ行きたいとかはないけど。」
「それならお城の裏にある露天風呂に行くってのはどうかな。」
「露天風呂あるの?」
「え、俺も入っていいんすか!?」
「ユーリが嫌がらないなら仕方ないよね。」
ワザとらしく大きなため息を零しながら歩みを進めるとメリアルダによって開かれた扉から広い庭が見えてくる。
遠くに見える湯気にユーリから驚嘆の声が聞こえてきた。
ちらりと視線を下げればワクワクしているようで大きな瞳をさらに大きくしている。
「…魔王様。ユーリ様可愛すぎる…。」
「ロベルトも気付いちゃった?ユーリってば目を輝かせちゃって…可愛い。メリアルダに写真撮って貰っといたから後で見よう。」
「俺にも見せてくださいよ!」
「何を見るの?」
「何でもないよ。ほら露天風呂入ろう。」
日本の露天風呂を彷彿とさせる丸石で作られたそこはバスタオル等の全ての準備が整えられていた。
ユーリの服を脱がしているユグニートだったがロベルトの視線が鬱陶しいようで自分の背で隠してしまうと早速彼から抗議の声が聞こえてくる。
「魔王様!何で隠すんすか!!」
「ロベルトに見られると減る気がする。」
「そんなことないっすよ!魔王様が服脱ぐ間、俺が!」
「必要ないから。」
パチンっと指を鳴らすとユグニートは腰にタオルを巻いた姿に一瞬で変化していった。
流石だが、少しくらいユーリ様を抱かせてくれればいいのにとブーブー文句を零しているロベルトを横目に身体を洗ってから露天風呂に入れば丁度よい湯加減にほっと息を吐く。
「…ユーリ、気持ちよさそうだね。」
「…ん。」
身体が温まったことで眠気がMAXなのか何度も目を擦っているユーリだったが、しばらくするとユグニートの身体に頭を預け目を閉じてしまった。
「…ユーリ様寝ちゃいましたね。」
「散歩するって張り切って起きてたから余計かな。あまり浸かると逆上せちゃうしそろそろ上がるよ。ロベルトはゆっくりしていいからね。」
「いや、俺も上がるっす。ベッドでユーリ様の寝顔見ながら仕事するのを日課にしてるんで。」
「ユーリを可愛がってくれるのは嬉しいけど、なんだか複雑な気分。」
そんなことを溢しながらバスタオルで包んだユーリを抱き上げたまま寝室へと戻っていくユグニート。
幼児化してから初の散歩だったが、早々に幕を閉じるのだった。