1. はじまり
これは一体どういうことだろうか。
目の前に居るのは二次元にでも出てきそうなゴスロリ系メイド服を着た女性で、綺麗な姿勢のまま意味不明な言葉を発している。
何度聞いても頭の中に入ってこないそのワードに反応が遅れた。
「…は?」
「ですから魔界へ来ていただきたいのです。」
「魔界って漫画とかにあるあれのこと?」
「漫画というものは存じませんが、魔界を統べ人間を滅ぼす魔王様が居られる地を魔界と呼びます。」
「いや、さらっと人間を滅ぼす魔王が居る地とか言ったけど、そもそも人間の俺がその地に行くとかおかしいでしょ。」
「まだご自身も人間だと信じているのですね。」
「は?」
「養子であることを知らされていないのでしょうか。」
「いや、それは知ってるけど。てかなんでアンタが知ってるわけ?」
「貴方がお生まれになった際、人間界へ連れていくよう魔王様に命じられましたので。」
なるほど。
その言葉で理解した。
この女性はそういう設定になりきっているのだろう。
人の部屋に勝手に上がり込んできたり個人情報をどこから得たのか色々突っ込むところはあるが、こういうタイプは変に刺激すると危ないと聞く。
とりあえず自分はその世界に関わりたくないし、これから先も関わるつもりはないため、波風立てない程度に否定して出て行ってもらうのがいいだろう。
状況を整理して冷静さを保ちながら改めて口を開いた。
「俺はそういうの興味ないし、早く家から出って行って欲しいんだけど。」
「それは無理なお話ですね。貴方が魔界へ一緒に来て下されば全てが丸く収まります。もし断るつもりなら人間を抹殺しますがよろしいですか?」
何処から出したのか。
大きな鎌を片手ににんまりと歪な笑みを浮かべている。
やばい。
この人本気だ。
こういう場合は付き合うべきなのか?
下手に否定し続けたら俺がグサリと刺されて死ぬパターンな気がする。
相手の見た目はか弱そうな女性とはいえ、格闘技を覚えているわけでもないごく普通の高校生が刃物を振り回されたらひとたまりもないことは想像に難くない。
「ふふ、これだけの殺気を前に全く動じないとは流石ですね。」
「…殺気とか言われてもわからないし。」
「ユーリ様、私とともに魔界へ。」
「いや、行くつもりないから。」
「何故ですか?」
「仮にその話が本当だとしても今の環境気に入ってるし、両親とも仲悪くないから行くメリットが一つもない。」
「お言葉ですが、今のままでは魔界の秩序が乱され人間界に悪影響を…。」
「もともとそういうもんじゃないの?」
「もちろん人間を滅ぼすのが魔王という存在ですが、人間界と上手く共存の道を歩んで来たからこそ今までこちらに何の影響が出ていないのです。ユーリ様のお父上、至高の存在である魔王ユグニート様はお優しい方ですから。」
「父上?俺の親、人間だし。てかそのユグニートって人に今まで通り頑張ってもらえばいい話だよね。俺、関係ない。」
「そうもいかないのです。数週間程前に魔鏡が破壊されたことが原因で床に臥せてしまわれまして…。その影響で魔力も少しずつ失われているのです。」
「魔鏡ってのが壊されただけで床に臥せるとか…意外と魔王って弱いんだな。」
「いいえ、魔王様はお強いです。此度のようなことが起きたのには理由があるのです。魔界は魔王様が統治し…。」
長々と語り始めた彼女の話をベットに寝転がった体制のまま聞いていたせいか。
それとも昨夜遅くまでゲームをやっていたせいなのか、急激な眠気に襲われ数分もしないうちに寝入ってしまうのだった。