ただいまは忘れない
俺は,自分の手の中にある今日の戦果ともいえる宝石の少なさを実感し,嘆いた。
「やっぱり,こんな小さな島じゃ採れる宝物も知れてるんだな。」
しかし,脳裏にはワイルドセンスで感じた謎の宝:珍宝への期待感だけは膨らむばかりであった。
海で,宝探しを長時間していたせいか,俺は家に着くころには疲れで今にも寝てしまいそうになっていた。
ドアの前で寝てもいいのだが,それをすると,酔っ払いみたいになってしまう。
それだけは避けたい俺は,ありったけの力を振り絞って,ドアを開け,1歩踏み出した。
(ガチャ)
「おぉ,アザゼルかい。お帰り。」
俺がドアを開けると同時に,俺を出迎えてくれたこの声の主は,物心ついたときから俺と2人で暮らしているルイン・ウーだ。
昔から,このシャンティ・ハリ諸島の中にある小さな島、クルー島に住む,長老的なポジションの人で,島の島民には親しみを込めて,ウー婆ちゃんと呼ばれている。
「あぁ,ただいま...」
「あら!アザゼル!あんた膝を怪我してるじゃないか?ちょっとこっちにおいで」
何をいってるのかと思い,自分の膝を見ると,かすかに血が出ていた。
おそらく,海で膝を擦った時にできた傷なのだろう。
ただ,こんなのは傷とは言わない。
「いいよ。唾でもつければこんなの治る。」
「何を言ってるんだい。唾なんてそんな汚いの!余計傷が悪くなるだけよ。」
「うるせぇよ。別にたいしたことねぇっていってるじゃねぇか。」
なんでだ?
婆ちゃんぐらいの世代は唾が万能なはずじゃねぇか。
そんな小さな疑問はほっといて,俺は婆ちゃんに反抗して,自分の部屋に向かった。
はっきり言おう。俺は婆ちゃんが嫌いだ。
俺が小さなころから,いっつも俺のことを心配してばっかりだ。
15歳になる現在でも怪我をするだの,魔物がでるだの,夜は怖いよだとか,そんなママのおっぱいを吸ってそうな子供に言うようなことを言って,俺を子供扱いしやがる。
「俺はもう子供じゃねえ。俺は,立派な大人だ。」
そう言って,俺は婆ちゃんからの保護下から離れる自分の部屋のドアを開けた。
自分の部屋に入った俺は,海でとって来た宝石をBOXの中にしまいこむやいなや,ベッドに倒れこんだ。
もう疲労は限界に達していたのだ。
もう寝よう。
そう思った時に,1つやることを思い出し,俺はベッドから重たい体を無理やり起き上がらせた。
「ただいま。母さん。父さん。」
俺以外,誰もいない部屋で俺の声は響きわたり,そして消えた。
誰もいないわけじゃない。
俺は母さんと父さんがうつっている写真に言ったんだ。
眼には見えなくても,たとえ写真の中であっても,本当に俺の目の前にいる気がするから。
俺は,ただいまを忘れない。
やることを終えた俺は,再びベッドに倒れこみ,眼を閉じた。
(ドンドン!ガチャ)
「ちょっと,アザゼル!治療しなくていいのか...い?あら,寝てるのかい。全くもう...」
ウーは,そういって,アザゼルの体に毛布をかけた。
そして彼の部屋にある一枚の写真を懐かしそうに,そしてどこか悲しそうに眺めていた。