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もう一人の勇者

 何が起きたというのだろうか。

 恐る恐る目を開けると、眼前まで押し迫っていたぷにょぷにょか黒焦げになっているではないか。


「ケースケ、大丈夫か!?」


 心配そうな面持ちのアスカが駆け寄って来た。

 状況が飲み込めずに呆然としていると、背後から先ほど聞こえてきた声がする。


「君、大丈夫かい?」


 振り返ると、そこには一人の男が立っていた。


「あ、あんたが助けてくれたのか?」


「偶然に近くを通り掛かってね。そしたらピンチみたいだったから。いやあ、間に合ってよかったよ」


 そう語る男は、整った顔立ちに金髪。背丈は俺より少し高いくらい、百七十センチ後半といったところだろうか。細身ながらも頑丈そうな鎧に身を包み、手に握られた蒼い剣の刀身はギザギザと蛇行し、雷を纏っている。

 何処かの残念女剣士と違って、超かっこいいんですけど。

 腰を直角に折り曲げお礼を言うと。


「気にしないでくれ。怪我は……顔だけかな? 大丈夫かい? 凄い血だけど……」


 ぷにょぷにょの裏拳を食らった挙句、二度も顔からコケたせいで顔面血だらけになっている俺を見て、少し引き気味に男は言う。そう言えばずっと視界が赤い。


「だ、大丈夫。いや、本当に助かった。もう駄目だと諦めていたから……」

「もう少し遅れていたら危なかったかもね。運がいいね、君」


 運が……いい? 散々不幸な目に遭ってきたが、そんなことはなかったのか? もしかするとあのステータスは何かの間違いだったのではないだろうか。いや、きっとそうに違いない。何たって俺は勇――。


「僕の名はタケル、勇者さ。君は?」


「――ん、ああ。俺はケースケ。……って勇者!? あんたも!?」


 確かに勇者と名乗ったのを聞き逃さなかった。


「ってことは、もしかして君も勇者なのかい?」


 どうにも要領を得ないので、首肯したのちにそんなに何人もいるものなのか訊ねると、タケルは頷いた。

 勇者ってそんな量産型なのかよ、と肩を落としている俺の姿を見て、タケルが補足する。


「確かに勇者は一人ではないけれど、世界で数人ほどしかいないって話だから、特別であることには違いないよ」


 それを聞き、俺は特別なんだと嬉々としていると、突然タケルの表情が青ざめる。


「んっ!? あ、ええっと……ケースケ君。そ、その剣は……」

「え? ……ああ。この断魔剣のこと?」


 見た目と存在感だけは一丁前だからな。目を惹くのだろう。


「そ、そう……。断魔剣って言うん、だね。ち、因みにそれは……何処で?

「いや聞いてくれよ! それがさ――」


 と、この剣を入手した経緯を話す。


「――っては訳でさ。こんな物を売りに出すなんて、酷い話だと思わないか!? 何処のどいつの仕業だか」


 すると、タケルは何故かずっと俯き、押し黙っている。どうかしたのか、と顔を覗き込み訊ねると、タケルは慌てて視線を逸らした。額からは滝のように汗が流れている。


「い、いや! 何でも! ぜ、全然何でもないよ!」


 しどろもどろに答えるタケルは、目も泳ぎまくっていてどう見ても不自然だった。怪しい……。


「もしかして、この剣のこと知ってんのか?」


 詰め寄りじっと見つめ続けていると遂に観念したのか、タケルは嘆息を漏らした。


「……そう。君の言う通り、僕はその剣を知っている」

「やっぱり。でも何でそんなにひた隠そうとするんだ? 別に知っていることくらい、悪いことでは」


 問うと、ごくりと唾を飲み込む音がし、タケルは幾度か言い淀み、そして。


「実は……その剣をそこの武具屋に売ったのは……僕、なんだ」


「…………は? え? ちょっ……。はああぁぁぁぁっ!? おまっ、お前だったのかああぁぁぁぁっ!」


 何てことだ。まさかこの呪われた剣の前所持者兼売った張本人に窮地を救われることになるとは。


「てんめぇぇこのやろおおぉぉぉぉ! この剣のせいで一体どんな目に遭ったと思ってんだよ!? これじゃなくて普通の剣だったら、少なくともさっきあそこまで苦戦はしてなかった――――はずだ!」


 完全には言い切れなかった。


「本当にすまない!」

「すまんで済む訳ないやろがいぃ!」

「まさか装備する人がいるとは思わなかっただ!」

「俺だって呪われてるって分かってりゃ装備しなかったわ! どうしてくれんだよ!? 聞くとこの呪い、ここから遠く離れた王都まで行かないと解けないらしいじゃないか! 加えて超高額ときた!」


 しばらく考え込むタケルは、何か思い付いたのか、それじゃあ、と口を衝く。


「僕も僕で、普段はパーティを組んでいるから、君を直接王都まで送り届けることはできないが、もしもこれから旅先で遭うことがあれば、その時は全力で手助けさせてもらうよ! それと、さっきのぷにょぷにょだが、僕は報酬はいらないから君が全部受け取るといい。そこそこの額にはなるだろう」


 ふむ。確かに悪い話ではない気がする。事実、俺はぷにょぷにょ相手に手も足も出なかったのだから。が。


「そもそもあんたがこれを売らなければ、こんなことになってなかったんだがな」

「そう言われると、ぐうの音も出ないな……。この程度の提案で済ませようと言うのも、おこがましいことだと重々理解はしている……」

「お、おい、ケースケ。彼も反省している様だし、これ以上責め立てるのも……」


 そんなことはこいつから言われなくとも分かっている。ここでこいつを責め続けても、この呪いが解ける訳でもないしな。てか、人に向かって幾度となく刀を投げつけてきたにも拘らず、全く反省の色すら見られないアスカは、一体どんな神経をしているのだろうか。

 そう思うと、今はアスカに対する恨みの方が強まってきたので、視線をタケルからアスカに移し睨め付ける。


「な、何故私を睨むのだ?」


 やはりこいつ、微塵も反省していないな。

 嘆息が漏れた。


「……はあ。分かったよ。それで手を打とう」

「ほ、本当かい!?」


 タケルは顔を上げ、目を見開いた。


「ああ。だけど忘れるなよ? もし次遭った時には馬車馬のように働かせるからな!」

「ああ! それで構わない! 恩に着るよ!」


 タケルは一息吐き安堵した様子を見せ、俺の手を握ってきた。男から握られても一切嬉しくないんだが。放せや。

 何はともあれ、こうして俺の異世界ライフ初のクエストは完了した。


「俺は今からギルドまでクエスト完了の報告に戻るけど、タケルはどうするんだ?」

「僕は元々、次の街で仲間と待ち合わせていて、そこに向かう途中だったからね。このまま向かうとするよ」

「そうか、じゃあここでお別れだな。じゃあな。約束忘れんなよ」


 タケルに手を上げ別れ、マリーハジへ戻ろうと身を翻す、と。


「おい、ケースケ。私には聞かないのか?」


 ちっ。


「え、あー。……アスカは?」

「ん? 私か? 私も一度、マリーハジに戻ることにする」


 ん? 私か? じゃねーよ。お前が聞けっつったんだろうがよ。


「……そうか。気ぃ付けて帰れよ。じゃあな」

「何を言っておる。目的地は同じであろう?」


 アスカはじっと俺の目を少しも晒すことなく、瞬き一つせずに見つめてくる。いや、こえーよ。眼球かっぴかぴじゃん。充血しちゃってんじゃん。マジ何なの、こいつ。


「はあ……分かったよ。じゃあ一緒に戻るか」


 根負けした俺は、溜息を吐いたのちにそう答えた。


「む? そうか? そこまで言うならば仕方あるまい。共に帰るとしよう」


 もう突っ込むのも面倒だ。仕方なくわアスカとマリーハジへの帰路に着く。

 しかし、とんだ初クエストになってしまった。こんなことでは先が思いやられるな……。

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