表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/30

桜色の女剣士

「また会ったな。立てるか?」


 ギルドまでの案内をしてくれた女剣士だった。差し伸べられた手を掴む。


「あ、ありがとう」


 女剣士は、手を引き俺を起こすと、巨漢の魔物に向き直り対峙する。そこには、気迫だとか威圧感とだとか言える物が漂っているようで、それをぴりぴりと肌に感じた。


 や、やばい。かっけえ。何か勇者の俺以上に勇者っぽいんですけど……。


「そうだ。名前を……訊いても?」


「いや何、名乗るほどの者ではないアスカだ」


 ………………。いや、名乗ってんじゃねえか。

 あまりにもさらっと言うもんだから、それが名前だと言うことを理解するのに若干の時間を要した。


「私も名を聞いておらんかったな」

「……あっ。お、俺はケースケ」


「ケースケか。うむ、良い名だ。して、ケースケ。確か冒険者になったばかりであろう? 何故またこんな難易度の高いクエストなどやっておるのだ?」


「いや、俺が知りたいわ! ぷにょぷにょって魔物の討伐に行こうとしてたら、こいつが現れたんだよ! あんたこの辺は比較的安全だとか言ってなかったか!? これの何処が安全なんだよ!」

「言ったであろう。比較的、と。勿論、例外もある」

「いや、例外のレベル超えてるわっ! ぷにょぷにょをサクッと倒して帰るはずだったのに!」

「いや、だから何故いきなりぷにょぷにょの討伐など無謀なクエストを……。()()()は駆け出し冒険者には荷が重過ぎる」


「…………え?」


 ちょっと何を言ってるのか分からなかった。

 何だか会話が噛み合っていない気がして小首を傾げていると、アスカと名乗った女剣士の口から、驚愕の言葉が飛び出した。


「こやつがそのぷにょぷにょだ」


 …………。


「そんな馬鹿な!? こいつの何処がぷにょぷにょ!?」

「ほら、お腹の辺り。弛んでいて何だかぷにょぷにょしておろう?」

「そこおぉぉ!? 何処ピックアップしてんだよ! ネーミングセンスっ!」


 どうやらこの世界の人間は、目の付け所が独特らしい。確かに、ギルドから少しでも早く立ち去りたくて、よく確認もしないままこのクエストを請け負った俺も悪いのだろうが、紛らわしい名前を付けた何処のどいつかも分からない奴と、引き留めもしなかった受付のお姉さんに恨みを抱いた。呪ってやりたい。


「兎にも角にも、お主ではこやつは無理であろう。後は私に任せておけ」


 こんな巨漢の魔物が探し求めていたぷにょぷにょだったことは予想外だが、こうしてここでアスカと再会できたことは、不幸中の幸いと言えるだろう。


 腰には左右に二振りずつ、計四振り刀を携えている。漫画で三刀流は見たことがあるが、まさかの四刀流? 一体どのような戦いを繰り広げるのか胸踊らせ刮目する。


 アスカは一振りの刀に手を掛ける。いよいよだ。


「剣士アスカ……。いざ参る!」


 固唾を飲み、後方で見守る。こうして見ていることしかできないなんて、何とみっともない勇者だろうか。だが、俺は気にしない。

 アスカは勢い良く左足で踏み込み、一瞬にしてぷにょぷにょとの間合いを詰め――抜刀。身のこなしもそうだが、刀を抜く動きすら見えなかった。敏捷性抜群の俺よりも遥かに上だ。となれば、俺の存在意義って……?

 そんな自虐的なことを考えいると、何処からかヒュンヒュンと空を切る音が聞こえてくる。何の音だろうかと思っていた矢先、足元に何かが飛んで来て地面に突き刺さった。


「うひょい!? あ、あ、あっぶねええぇぇぇぇ! な、何だ!?」


 周囲にきょろきょろと目を向けていると、アスカが片手で手刀を切っていた。


「む、すまない」


 その手には、さっき抜いたはずの刀が見当たらない。足元に飛んで来たのはアスカの刀だったようだ。あまりの速さにすっぽ抜けてしまったのだろうか?


「お、おう。大丈夫。……大丈夫だ」


 気を付けてよね!? と心の中でがなるも、こちらは助けてもらっている身。責め立てる訳にもいかない。


「次こそは……っ! 覚悟っ!」


 別の刀を抜き――――。


「――って、うっひょうっ!?」


 アスカの手から離れた刀は、俺の右頬を掠めて行った。


「こ、こ、こ、殺す気かああぁぁぁぁ!?」


 流石に我慢しきれず、怒号を飛ばした。


「す、すまないすまない。何だか今日は調子が悪いようだ」


 手首をブラブラと振りながら、小首を傾げてアスカは言うが、調子が悪いとか言うレベルじゃなくね?


「今度こそ……外さん!」


 気迫だけは素晴らしいが、三振り目、四振り目と投げ放つも、明後日の方向に飛んで行き、丸腰になったアスカはトコトコと刀を回収しに行く。いや、この人さっきから何やってんの?


「って言うか振るえ! 振るえよ! 刀は振るうもんだろっ!? 何でさっきから投げてんだよ!?」


 率直な疑問をぶつけると、アスカは徐に目を逸らし、もごもごと口籠るも聞き取れず、訊ね返すとゆっくりと口を開いた。


「そ、それが、実はな……。私は……刀が振れないのだ……」


 しばらくの間、静寂が流れた。


 え、何て? 今……何て言った、この子? 俺はぽかんと開いた口が塞がらず、只々視線を送っていると、アスカは語り出した。


「実はな……。数ヶ月ほど前、ダンジョンの探索に赴いた際に、偶然に宝箱を見つけてだな……。開けてみると、格好の良い腕輪が入っておって、思わずその場で装備してみたのだ――――が」


 そこはかとなく嫌な予感がする。寧ろ、嫌な予感しかしない。


「その腕輪は呪われていてだな……。外さないのだ」


 やっぱりかああぁぁぁぁ! 何? こいつも呪われてんの!?


「え、ちょっ、因みにその腕輪とは?」


「…………【投擲の腕輪】と言ってな。“掴んだ武器は全て投げることしかできなくなる腕輪”だそうだ」


「…………はああぁぁぁぁ!? 剣士なのに刀を投げることしかできないなんて、ふざけんなよお前ぇぇ!」

「し、仕方なかろうっ! 外さないのだから!」

「ならさっさと教会に行って、その呪い解いて来いよ!」

「それができるならば、もう疾にそうしておるわ!」

「だから早くそうして――――って、え? それって、もしや……」


 アスカは若干の間を置き、ゆっくりと息を吐く。


「かけられているのはSランクの呪いだそうで、そこいらの教会では解けないらしいのだ……」


 お前もかああぁぁぁぁっ! どうしてこんなにも強力な呪いがかけられた物がこの世界には蔓延ってんの!?


「いや、何だよ刀を振れない剣士って!? 最早それ剣士でも何でもねぇだろ!」


 前言撤回。助けに来たのがこんな奴だったなんて、不幸中の不幸だった。全く以って役に立たねえ……。くっ……。一瞬でもこいつをかっこいいだなんて思った自分が恥ずかしい! 穴があったらこいつを埋葬したい!


「きっ、貴様こそ! 先ほどずっと空振っていたであろう!? 見ていたぞ!」


 痛い所を突かれたのだろう。アスカは慌てた様子で反論した。つーか見てたのかよ、こいつ。それならもう少し早く助けに来てくれればいいものを。いや、結果的に助けにはなってない訳なんだが。


「残念でしたぁ! 俺は別に外していた訳じゃありませんんん! この剣が物理的な物に当たらないだけであって、狙いを外していた訳じゃありませんんんっ!」


 そう。断魔剣がすり抜けていただけだ。狙いは定まっていた。


「結果的に同じであろう!?」

「同じじゃなきですうぅぅ! 剣士のくせに刀が振れないあなたと一緒にしないで下さいぃぃ」


 馬鹿にしたような言い方、もとい馬鹿にした言い方で捲し立てると、遂にアスカは憤慨する。


「貴っ様ぁ! 武士である私を愚弄するかぁっ!」

「いやだから武士でもなんでもねぇだろ、既に! 聞いたことないわ、刀ぶん投げる武士なんて。しかもノーコンときた。このノーコンアホ剣士ぃ!」

「そこに直れえぇぇ! 斬り捨ててくれるわっ!」

「やってみろよ、ヘボ剣士ぃ! どうせ斬り捨てることなんてできないだろうがよ!」

「貴様ぁぁぁぁ!」


 しばらくアスカとそんなやり取りを続けていると、頭の中きらすっかりその存在が抜け落ちていた()()が、けたたましく声を上げた。


「きゅっぴーーっ!」


「――のわあぁぁ! そ、そうだった!」

「くっ、私としたことが……!」

「くっ、じゃねぇよ! どうすんのこれぇぇぇぇ!?」


 二人して逃げ惑いつつ、思考を巡らせていると、足元がお留守になってしまっていたようで、またもや小石に躓き派手に顔面からコケてしまった。


「ぐばばばばあぁぁぁっ!」

「おい! 大丈夫か!?」


 インドアで怠惰な生活を送っていた報いがここでも現れたか。碌に走ることさえままならないなんて、泣けてくる。


「ケ、ケースケぇぇぇぇ!」


 アスカに呼び掛けられ、ハッと我に返ったその時、全身をすっぽりと大きな影に包まれた。面を上げると、目の前にはぷにょぷにょが迫って来ていた。


 あ、駄目だ。これはもう駄目なやつだわ。死んだな……。


 目を閉じ、諦めかけていた刹那、叫ぶ声が聞こえてきた。


「雷鳴剣よ! その轟く雷で敵を打ち砕け!」


 瞬間、目を瞑っていても瞼越しに目の前が激しく光ったのが分かった。そして、直ぐに轟音が鳴り響き、激しい地響きがした――。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ