呪われた剣
どのくらい走り続けたのだろう。勇者になるという感動のあまり気が付かなかったが、喜びを露わにし飛び跳ねながら走る自分に、周囲から不審者を見るような視線を注がれていた。
我に返り、咳払いをする。
今まで有り得ない出来事続きで気にも留めていなかったが冷静になり、自分が学ラン姿であることに気が付いた。
そうか。修学旅行の最中にこっちに飛ばされたからな。流石にこの世界でこの格好は目立つか。
それに、いずれは武器や防具も必要になるだろう。何と言っても俺、勇者だからな。俺、勇者だから。はい、ここ大事な所なので二回言いました。
学ラン姿の勇者なんて聞いたこともない。となれば、武具屋みたいな所を探すべきなのだろうが、この広い街の中で見つけるのは骨が折れそうだ。
「真っ直ぐ進んで八つ目の角……」
自力で武具屋を探し出すのは困難だと早々に判断し、道行く人に訪ねた。ギルドから先ほど通ったサウスストリートを下り、右手の八つ目の角を曲がった路地の先にあるのだと言う。そんな場所、聞いていなければ中々辿り着けないだろう。
ギルドに向かう道中は気にしていなかったが、こうして見ると建物と建物の間には脇道が多く、良く言えば整備されているのだが、悪く言えば似たような造りの建造物ばかりで、ぱっと見は区別がつきにくく迷い兼ねない。
「――っと。ここか?」
路地に入り数十メートルほど進むと、扉の横に剣と盾の絵が描かれた看板が置かれている店を発見した。ここで間違いないだろう。ゲームなどでは馴染みのある光景だが、いざ実際に目の当たりにすると、何だかんテンションが上がる。
扉を開け足を踏み入れると木製の床が鳴いた。店内は薄暗く、見回すと所狭しと武器や防具などが並べられている。どうやら今は自分以外に客はいなさそうだ。
壁に立て掛けられた武具を見ながら店内を歩いていると、奥のカウンターに店主とみられる男が座っていた。少し埃っぽく咳き込むと、向こうも俺の存在に気が付いたみたいで、こちらに向き直った。
「いらっしゃい。あんちゃん、見かけねえ面だな」
年端は五十代くらいだろうか。年齢の割にはがっしりとそこそこ締まった体付きだ。
「まだこの街に来て冒険者登録したばかりで」
そう答えると、店主は俺の頭の先から爪先までをまじまじと見たのち問うてくる。
「にしても、随分と変わった格好してんな」
「ま、まあね。何かいい武器と防具ない? 出来れば勇者っぽいやつ」
「なぁに言ってやがんでえ。駆け出しの冒険者なら……その辺りにあるやつだな」
店主は鼻をふんっと鳴らし、カウンターから向かって右側の壁に掛かっている武具を顎で示した。
いやあ、本当に勇者なんだけどなあ……。
案内された所にあった武具を眺めていると【駆け出し冒険者セット】と書かれ、服、剣、鎧、盾、靴の五点セットが並べられていた。ま、最初はこんなもんか。
「じゃあおっちゃん、この【駆け出し冒険者セット】をおくれ」
「あいよ、毎度あり。六千Kね」
ええっと、六千K、六千K……。
懐を弄り、そして気が付く。
「……Kって、何?」
「何って、金だよ、金」
「円じゃ、駄目?」
「いや、“エン”って何だよ。……あんちゃんもしかして、金持ってないのか?」
全くその辺考えていなかった……。そりゃそうか。世界が違えば金も違う。
「みたい……ですね」
「悪いが金がないなら売ることはできねえな。諦めな」
詰んだ……。まさかの一文無しでゲームオーバー……?
落胆し、足取り重く踵を返す。
あーあ。こんな剣が欲しかったなあ。
先ほど店主が勧めてきた【駆け出し冒険者セット】があった所から、出入り口側に少し離れた壁に飾るように掛けられていた大剣に手を伸ばす。ちょっと触るくらいなら問題ないだろう。
その大剣は身の丈ほどの刀身で、鞘には肩に掛けられるように皮のベルトが付いている。持ってみると以外や以外。見た目ほど左程重くはない。一体、何の材質でできているのだろうか。
軽く素振りしたのちに肩から掛けてみる。
「おおー。何だか勇者っぽいな。いい感じ」
隅に置いた姿見鏡で眺めている、と。
「ああーーーっ!? ちょ、ちょっとあんちゃんそれぇぇ! 身に付けてしまったのか!?」
店主が突然、剣を背負った俺の姿を見るなり大声を張り上げ、慌てふためく。
やはり勝手に触っちゃ不味かっ――。
「そ、その剣には呪いがかけられてるんだよ!」
…………。
「――んな、なぬいいぃぃぃぃ!? の、の、の、呪いだとおおぉぉぉぉ!?」
慌てて剣をベルトを外そうとするも、外れる気配がない。
「……無駄だ。どんなに引っ張ろうと、一度身に着けてしまえば武具にかけられた呪いを解かない限りは絶対に……外れない」
「んだとおおぉぉぉぉ!? ふっざけんなああああぁぁ!」
な、なんてこった……。いきなり呪われた武器を装備してしまうなんて……。未だ負のスパイラルから抜け出せていなかったのか。
「そ、そうだ! 教会! 教会とかに行けば、呪いを解いてくれるんじゃないのか!?」
こういうのは、概ね教会で解くことができるというのが常だ。呪い然り、毒然り。
しかし、依然として店主は曇った表情を浮かべていた。
「それがな……その剣にかけられている呪いはSランクの呪いでな。そんじょそこらの教会では解けないんだ」
「はああぁぁぁぁ!? なんっじゃそりゃあ!? じ、じゃあ何処だ!? 何処の教会まで行けば解けるんだ!?」
問うと店主の表情は変わらず、そして重々しく口を開く。
「……最果ての……。この国の最果てにある《王都サナンテス》にある教会まで行かないと解けねえんだ」
……最……果て……?
「お、おいおい。最果てって、この街からどのくらいだよ?」
「この街は大陸のほぼ南端に位置しているんだが、川を越え山を越え谷を越え、ずうーーーーーーっと北に進んだ先にある」
それを聞き、気が遠くなり、よろめき倒れそうになっていると、更なる追い討ちが。
「しかもSランクの呪いを解くには一千万K掛かると聞く」
「――いっ、いっ、一千万んんんん!? 高過ぎだろう!? どんだけ足元見たんだよ!? 【駆け出し冒険者セット】がいくつ買えるんだよ、それ! ほ、他に、他に方法は!?」
「……ない」
終わった……。勇者になってのドキドキワクワク異世界ライフよろしくのはずが、呪われた剣を装備してしまった上に、多額の金が必要になるだなんて……。どんな星の元に生まれたらこんなことになるんだ?
……いや、だが待て。確かに呪いはかかっているが、性能までは分からん。もしかしたら外せないというデメリットの反面、物凄い能力が秘められた剣かも知れない。
「おっちゃん。これ、何て言う剣なんだ?」
訊ねると店主は思い出すように顎に手を当て、少し間を開けた。
「――――確か……剣の名は、魔を断つ剣【断魔剣】。なんでも、魔法を切り裂くことができるんだとかなんとか」
ほら見ろ! 中々に強そうな感じがするぞ! 降り掛かる火の粉までも断てそうな感じが。
「てか、何でこんな呪われたもん店に置いたんだよ!? 仕舞っておけよ!」
言うと、店主はぽりぽりと頭を掻きながら若干申し訳なさそうに俯いた。
「いやな。少し前にその剣を売りに来た男がいたんだよ。俺も初めは、そんな呪われた剣なんて要らねえっつったんだがよ。中にはこういった類の物を欲しがる輩もいるってんでな。まあ装備さえしなけりゃ大丈夫だろうってことで買い取ったんだよ」
なるほど。所謂コレクターってやつか。何処の世界にも、変わった物を欲しがる奴がいるってことか。
「そうだとしても、もう少し手の届きにくい所に置くとかさ!」
「大抵の奴は一声掛けてから身に付けるんだがな……」
そう言われるとぐうの音も出ない。だからといって納得はできないが。くそっ! 何処の誰だよ全く。迷惑極まりないな。
しかし、ここで文句ばかり言っても埒が明かないのも事実。差し詰め金を稼ぎつつ、最果ての《王都サナンテス》とやらに行くしかない、ということか。気が遠のくな……。
嘆息し肩を落としていると、そんな俺に同情したのか。
「まあ、ちゃんと見張ってなかった俺のせいでもあるだろうからな。それの代金はいらねえよ。それと【駆け出し冒険者セット】もやるよ」
こんなことになるくらいなら、もう一層のこと、丸裸の方がマシだった気がする、が。
「じゃあ有り難く貰っておくよ」
「災難だったが、ま、頑張ってくれ」
――災難、か。
こっちの世界に来て、勇者と告げられた時は天にも昇る心地になったが、結局何だかんだ災難続きのような気がする……。一Kが何円換算なのかも分からぬまま、いきなり一千万の借金を抱え込むなんて……。
俺、本当に勇者なの……?
Kは、この世界の通貨の単位。
日本円に換算すると一K当たり約二円。
つまり、ケースケは日本円で約二千万円稼がなくては呪いを解くことができない。