勇者抜擢
「ギルド前はちょっとした広場みたくなっておってな。中央にある大きな噴水が目印なのだ。ギルドは酒場と併設しているということもあり、この近辺の街ではそこそこ大きな方なのだ」
ギルドに向かう道すがら、女剣士はこの街のことを教えてくれていた。その説明に耳を傾けてながら、街の様子を眺める。
通りの両端には露店が立ち並び、買い物客で賑わっている。果物らしき物や何かしらの焼かれた肉、アクセサリー等々多種多様。街中の治安も良いように見える。
「そして、その前は広場になっていてな。中央には魔王を打ち倒した勇者の銅像が立っている噴水があるのだ」
「……勇者に、魔王……」
やはり、こういう世界ではお馴染みの魔王がいるのか、と思い俺は無意識にぼそりとそう呟いていた。
「私も聞いた話なのだが、もう何十年も昔、その当時は魔王軍が最も勢いづいていて、世界は混沌としていたのだとか。だがそんな時、勇者が現れたのだという。絶大的だと思われていた魔王を圧倒的な力で見事打ち倒し、何でも特殊な封印魔法で封印したのちにこの世界から別次元へと飛ばし、分断させたのだとか」
そして、それを讃え銅像が立てられたらしい。まさに英雄譚というやつだな。
「しかし、封印魔法で全ての力を使い果たした勇者はその場に倒れ、完全には魔王軍を制圧することはできなかったようでな。その後、徐々に残党が息を吹き返してきて、また最近になり世界各地で暴れ出しているらしい」
……何だか大変な世界に連れて来られたんしゃないだろうか。少し前向きになれたと思った矢先にこれだ。やっぱ俺、呪われてるんじゃないのか?
しかし、これでこの世界の情報を少しだけだが得ることができた。
「と言っても、この辺りは大陸の端。比較的安全で平和な方だ。早々に高難易度のクエストもないだろうから安心していい――――っと。そろそろ見えてきたぞ」
そう言って女剣士が指差す先に視線を向けると、大きな噴水が見え、その中央には勇者の銅像が窺えた。
銅像は二メートル程の高さ。腰に手を当て、ホームラン予告でもしているかのように剣を空に掲げているその姿は、まさに勇者と言わんばかりの堂々たるものだった。
「魔王を倒した時の姿だと言われている。ほら、あそこ。勇者の足元に転がっている像が――」
促され、勇者の銅像の足元に視線を移すと、何かを踏ん付けているようだった。
「――――魔王の……天ちゃんだ」
「………………」
お前かああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!
何と悪魔だと見受けられた彼女は天使と名乗り、天使なのだと思った矢先、やはり悪魔だった……と思ったら、まさかの魔王でした……。
あまりの衝撃に、顎が外れ地面にめり込むのではないだろうかと心配になった。
え、何それ。こんなことって……ある? てか、本当に天ちゃんって名前だったのかよ。
「倒しただけではなく、己の命を犠牲にしてまで布切れに封印を施したのち、保険として別の次元に飛ばしてしまうなんてな。いやはや、流石だな」
いやそれ俺たちの世界に来ちゃってるんですけれどもおおぉぉぉぉ!? しかも布切れってそれパンツだろ!? パンツだよね、絶対!? 挙げ句の果てに俺がこっちの世界に飛ばされちゃったし――――はっ!? ま、まさか……その腹いせで俺は飛ばされたのか!?
俺がこの世界に強制転移されることになった元凶は勇者のせいだった。
「尊敬に値する。本当、感謝しかないな」
いや、俺は全く以って尊敬も感謝もできないんだけれども……。
しかし――。
「勇者がいなければ、今頃世界は滅びているだろうからな」
確かに、勇者が天ちゃんを俺たちの世界に飛ばしていなければこの世界は滅び、そして俺もまた、バスごと崖から転落して死んでいただろう。
微笑む女剣士の顔を見ていると、その全てを否定することもできなかった。
「おっと、そうだそうだ。この向こうがギルドだ」
噴水をぐるりと回り込むと、大きな建物が見えた。この辺り一帯では一際大きなその赤煉瓦の建物は、この街の象徴だと言わんばかりだ。
これが――ギルドか。
扉の上方には『ギルド』と書かれた看板が掲げられていた。
「まあ、色々あるだろうが頑張ってな」
「ああ、ありがとう。助かったよ」
立ち去る女剣士の背中を見送り、その姿が見えなくなった辺りで、そう言えば名前を聞くのを忘れていたことに気が付いた。まあ、あの装いなら冒険者に間違いないだろう。俺もこれから冒険者として活動する限り、いずれまた会うこともあるか。その時また改めて名前を聞いてお礼を言うとするか。
既に色々あったが、遂にここから異世界ライフが始まるんだ。頭も気分も切り替えていこう。
扉を開けると、ギルド内は多くの人々で賑わい、活気に満ちていた。
向かって右側は酒場のようで、席の半分は埋まっており、まだ昼間だというのに冒険者であろう人々が酒盛りをしつつ騒いでいる。奥の壁際には階段があり、二階まであるみたいだ。上からも騒ぐ声が聞こえてくる。美味そうな匂いが漂い胃袋が刺激されるが、今の目的は飯ではない。
ギルドは……あっちか?
左前方に視線を移すと、カウンターがあり、等間隔で女性スタッフらしき人たちが三人並んでいるのが見て取れた。あそこが受付だろうか。
取り敢えず一番近い右端のカウンターまで足を運び、そこにいた女性に訊ねてみる。
「あ、あのー。すいませんここはギルド、で合ってます?」
「はい、そうですよ! ここはギルドの受注カウンターです。失礼ですが、こちらは初めてですか?」
見事な接客スマイルで問われた。ゼロ円かな?
「あ、はい。そうです。これから冒険者としてやっていこうと思って」
「でしたらまずはあちらのギルド登録カウンターの方で、ギルドに登録並びにギルドカードの発行をお願い致します」
女性はそう言って、左端のカウンターを指示した。
登録……。なるほど。先に登録の手続きが必要なのか。前に何度かした派遣のアルバイトみたいだな。面倒臭くて一回しか行かないまま辞めたけど。
「あのう。ここでギルド登録ができるって聞いたんですけど」
二つ隣のカウンターに移り訊ねると、先ほどと同じくお姉さんから接客スマイルを向けられた。
「はい、ギルド登録ですね。ではこちらのカードの左上……こちらですね。お名前のご記入をお願い致します」
お姉さんからギルドカードなる物を手渡され、記入欄を示された。
おおっ。何だか『モンスター狩人』のゲームみたいだな。ここに名前を書けばいいのか。名前を書き込み、カードを返した。
「はい、ありがとうございます。ええっと……ケースケさん、で間違いないですね?」
そうです、と答えると再びカードを渡され、それを受け取る。
「ではケースケさん。初めにステータスの更新から始めます。こちらのプレートのこの部分にギルドカードを置いたのち、こちらの部分に手をかざして下さい」
そのプレートとやらは、上部にギルドカードと同じくらいの枠の窪みがあり、下部には何かしらの文様が描かれていた。何だか電子マネーみたいだ。
言われた通りに上部の窪みの部分にギルドカードを乗せ、下部の文様が描かれた部分に手をかざす。すると、プレート全体が淡く蒼く光り始め、カードにも蒼い文字が浮かび上がった。
「ありがとうございます。ええっと職業は…………。っ!?」
俺のギルドカードを眺めるお姉さんは一瞬固まり目を丸くし、その手は小刻みに震えだした。
「……んなっ!? ななななんと!? ゆ、勇者! 職業は――――勇者です!」
お姉さんがそう叫んだ瞬間、ギルド内は静まり返った。酒場の方でわいわいと騒いでいた連中も同様に。そして俺へと視線が集まる。
「…………え? お、俺? 勇者……? 俺が?」
ギルド内は一変、周囲から歓声が沸き上がり、建物内は騒然となった。
マジでか! 俺、勇者!?
この世界に来た時は、これから先どうなることやらと落胆したが、ここから俺の勇者としての英雄譚が始まるのか! きっとそれは美少女に囲まれたパーティーで、うはうはハーレム異世界ライフになるのだろう! そうに違いない! 今までのは全て振りだったのだ!
未だ鳴り止まない歓声の中、嬉しさのあまり俺は走り出していた。
ギルドの扉を勢いよく開け放つ。
「……あっ、しかしですね――――って!? ちょ、ちょっとお待ち下さい! まだ続きが――――」
お姉さんが何か言っているようだが無駄だ。何人たりとも今の俺を止めることはできない。ギルドを飛び出し、街中へと駆けて行く。
これで、これで退屈な日々にグッバイだ! そしてグッモーニンッ新たな世界! ひゃっほう!
そこには不幸事に打ち拉がれていた俺は既に存在せず、ここにいるのは負のスパイラルから見事抜けだした勇者、俺。
これは呪われたようなマイナスの日々を過ごして来た俺の、プラスへの転機に違いない。異世界で活躍し、モテモテのハーレム人生へと変貌を遂げるという。
この世界での俺は――――勇者だ!