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呪われたパンツ

 やはり、そのパンツは呪われていたに違いない。


「さあ、どうするの?」


 修学旅行二日目の朝。落下するバスの車内、突如として現れたその美少女を目の当たりにした今、そう思わざるを得なかった。


 天使のような、という表現がぴたりと当てはまるのではないかと思えるほどに清く可憐な面持ちに、それに反して悪魔のような漆黒の翼を背中から生やしている。そこには、まさに天使と悪魔が同居していた。


 その美少女はくるりと身を翻しこちらに背を向けると、肩を越すほどに伸びた金色の髪がふわりと舞う。俺はその姿をただただぽかんと見つめていた。


 少女が再び口を開き、そして――。


「どうなの? 生と死、どちらを取るの?」


 唐突に、究極の選択を迫られた――――。


 ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎


 修学旅行初日の夜。旅館で夕食を済ませ入浴したのちに、広間に学年生徒全員が集合し点呼兼翌日の日程確認があり、その最中に事は起こった。


 体育教師でもある担任がみんなの前に歩み出て、こう呼び掛けた。

「えー。明日の日程確認なんだが、その前に――――さっきの入浴後、脱衣所に落し物があったぞー。……これ、誰のだー?」


 俺のパンツだった。


 担任がそれを学年全員の前でひらひらと晒すと、一瞬にして広間は静まり返った。


 ……何やってんの? え、マジであの人……何やってんの?脱衣所にパンツを置き忘れた俺が悪いのだが、それにしたってこの状況。名乗り出られる訳ないじゃん。何? この公開処刑……。


 しばらくして静寂は破られた。


「えっ、あれって男子のパンツだよね?」

「なんかアニメのキャラ描かれてるんですけどー。マジでキモくない?」

「うーわ、落とした奴はっずかしー。高校生活終わったな。俺なら無理だわ、絶対耐えらんないわー」


 俺のパンツを目にした生徒たちは口々にそう呟き、広間内にはざわめきが起こった。


 この場は黙ってやり過ごそう。パンツは犠牲になるが……仕方がない。きっとあれは呪われたパンツだったんだと、そう思おう。

 俺は関係ないですよオーラを身に纏い、事の行く末を見守ることにした。黙っていればバレることはないだろう……。


 そう思っていた矢先、同じクラスの奴がこちらを振り向き、悪魔の如く一言を告げた。


「あれ? なあおい、ケースケ。あれって――お前のじゃね? 風呂入る前に見た気がするんだけど」


 はい、速攻でバレました。何でこいつもわざわざ言うの? 馬鹿なの? え、何。そんなに俺、嫌われてんの? 俺が何かした?


 学年中の視線が注がれる。


 ――――やってくれたな。


 しかし、だ。ここであれは自分の物だと認めてしまえば、俺の高校生活は奈落の底へと転落するであろう。よって、そんな物知らないですよオーラを――――。


「んん? お、何だケースケ。ちゃんとタグのところに名前が書いてるじゃないか。……何してんだ、早く取りに来い」


 あ、あんのババアァァァァ! 高校生のパンツに名前を書くなんてなにしちゃってくれてんのおおぉぉぉぉ!?


 もう既に言い逃れが出来なくなってしまった俺はすくっと立ち上がり、顔を伏せ無言のまま担任の元へすたすたと取りに行く。その後、走って戻った部屋の窓から、旅館脇を流れる川へと言葉にならない叫びと共にパンツを投げ捨てた――。


 この出来事はドロップパンツ事件と称され、それから俺は泥パンというあだ名で呼ばれ始めた……。


 ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎


 そして今日、クラス全員を乗せ旅館を発ったバスは、山道を走行していた。


 一瞬にしてスクールカースト最下位へと急落した俺は、前方座席で一人ぼうっと窓から外の景色を眺めていた。左手には、落ちたら一巻の終わりであろう崖が続く。


 勿論、車内はドロップパンツ事件の話題で持ち切りだ。修学旅行二日目にして早くも帰りたくて堪らなかった。気分が悪い。

 しかし、気分が悪いのは、どうやらそのせいだけではないようだ。どうにもバスが左右にふらついている気がする。


 ――刹那、俺たちを乗せたバスは断崖絶壁である左側に大きく曲がりだし、勢いそのままガードレールを突き破った――――。


 ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎


 やはり、あのパンツは呪われていたんだ。そうとしか思えない。


「このまま崖下まで真っ逆さまか、それともこことは違う世界へ転移するのか。今のあなたに残された選択肢は、その二つの内のどちらかよ。選びなさい」


 それは偶然なのか、昨日学年中に晒されたパンツに描かれている悪魔を模したキャラクターに、眼前の美少女はあまりにも酷似していたからだ。


「ねえ、どっち? ……って、なんてアホ面してんのよ」


 ゴスロリ衣装に身を包んだ美少女は再びこちらに向き直ると、傘のようなそのスカートが更に広がった。

 開いた口が塞がらない俺の姿を見て、呆れた顔を向けてくる。そりゃあ、あんぐりもなるだろうよ。


「い、いや。ちょっと待って待って待って……。全っ然状況が理解出来ないんだけど。あんた誰? 何処から現れたの? 急にバスが崖から転落したかと思ったら俺とあんた以外は、まるで時間が止まったかのように動いてないし……」


 傾いたまま止まっているバス。差し当たって思い浮かんだ疑問全てを問い掛けると、美少女は嘆息したのちに辟易とした表情を浮かべる。


「男のくせに細かい奴ね……。まあいいわ。今はあたしとあんた以外の時間は止めてあるわ。それとあたしが誰かって? ――天使よ」

「いや、嘘つけ」


 どう見ても天使の装いとは思えない。と言うよりこれが天使だと認めたくない。だって黒い翼が生えてるもの。全身黒づくめだもの。


「天ちゃんと呼んで」


 いくら何でも天使の天ちゃんというのは些か安直過ぎやしないだろうか。


「でも、あんたも本当に災難よね。まさか運転手がちょっと漏らしちゃった結果、パンツが気持ち悪くてもぞもぞしてたら、ハンドル操作を誤って崖から転落、なんてね」

「そんな理由でこのバスふらついてたの⁉︎」


 気絶とかじゃないのかよ。お漏らししてしまった運転手のせいで死にそうになってんの? もしや運転手のパンツも呪われてたの? いや、ふざけんなよマジで。

 驚嘆する俺に、そんなことはどうでもいいから早く決めてくれないかしら、と面倒臭そうに自称天使は急かしてくる。


「前者なら内臓はぐっちゃぐちゃにぶち撒かれて五体バラバラ。割れた窓硝子もあちこちに突き刺さるわね」


 いや、こえーよ。天使発言だとはとてもじゃないが思えない。

 リアルに想像してしまい身震いする俺のことなど気にする様子もなく、天ちゃんと名乗る美少女は続ける。


「後者ならあなたは生き延びることができるわ。ここではない別の世界で、だけどね」

「いや、そんな急に……」

「早くしないと落ちちゃうわよ? この状態を維持するのも結構キツいんだからね。見るも無残な姿に加え、周りから笑い者にされたまま幕を閉じるのか。それとも、この世界とは違う世界へ転移して、ドキドキワクワク異世界ライフでこれまでの冴えない人生を払拭するのか……。さあ、選んで」


 別の世界と言われても、突拍子がなさ過ぎてピンとこないが、そういう言われ方をすると心が揺らぐ。異世界ライフに興味がない訳ではない。寧ろその響きだけで何だか楽しそうに思えてくる。――てか、冴えない人生てやかましいわ。余計なお世話だ。

 うーむと唸りながら決めあぐねていると、その様子を眺めていた天ちゃんは腕組みし、床をつま先で小刻みに叩き出す。そして、その音は徐々に大きく早くなっていき、急かされる。


「……分かった」


 頷き、そう返答すると、天ちゃんはふうっと短く嘆息し、その眉間からは皺が消えていた。

「そうよね。じゃあ、このまま異世界に転移す――」

「――やめとこう」

「何でよっ⁉︎」

 天ちゃんは目を見開き驚愕の表情を露わにすると、寸刻の静寂が流れた。


「……い、いや。まさかね。ドキドキワクワク異世界ライフって言われて断るなんてことがあるはずないわよね。あたしよ聞き間違いよね……。あー、ビックリしたぁ――」

「やめとくわ」

「だから何でよっ⁉︎」

 先ほどまでとは逆転し、あんぐりと口を開けて呆ける天ちゃんは、しばらくして再度訪ねてくる。


「……え、ちょっ、何で? 何がいけないの? ちょ、言ってみ? 聞いてあげるから。ね? 話聞くから。ね?」


 最早、天使のそれとも悪魔のそれとも違い、クラスに一人くらいはいた気がする、何にでも首を突っ込んでお節介を焼こうとする鬱陶し目の女子みたくなっていた。


 思えば俺の今までの人生、起こり得る出来事のベクトルは、何故だかその殆どがマイナスへと向かっていた。ここまできたらただの不運だとかいうレベルではない気がする。それこそまるで呪われているのではないだろうかと思えるほどに。今回のこのことだってそうだ。


 人生での幸、不幸のバランスは、最終的にはゼロへと収束するのだとか何だとか。詰まりは、プラス――良いことが起こった分、それと同程度のマイナスの出来事、不幸が訪れ、トータルで見るととんとんらしい。しかし、俺の人生はもう既に取り返しが付かないのではないかというほどまでにマイナスに傾き過ぎている。昨夜のドロップパンツ事件で更に拍車が掛かったしな。


 運命の神よ、配分間違えてますよ?


「何言ってんの!? そんなことでめげちゃって、ほんと情けない! あんたの人生は、まだまだこれからじゃない! だから、ねえ――――やり直してみない?」


 運命の神からは見放されていたようだが、悪魔天使はそうではないらしい。投げやりになっている俺にがなり立てたと思えば、すぐさま天使のように柔らかく穏やかな微笑みを向けてきた。


 長い人生の中で、今はまだ中腹にも至っていない。もしかしたらこれまで起きた災難の分、これから先は幸せスパイラルの可能性もある、と。そう言われている気がした。そう思うと……そんな気がしてこないこともない。何しろ異世界へと行けるというのだ。こんなことを体験できる時点で、それは幸運と呼べるのかもしれない。


「……そうだな。そうだよな。きっとこの先はいいことあるよな?」

 叱咤激励を受け、少しだけ前向きに考えることができそうだ。


「ええ、きっと――」


 ぽそりとそう口にした天ちゃんは、俺の足元に向けて手をかざし、小声で何やら呟き始める。流れからして恐らく転移魔法の詠唱とかなのだろう。


「――って、ちょっ⁉︎ し、沈んでいってるんですけどおおぉぉぉぉ⁉︎」


 足元に広がった円形のそれは黒よりも黒く、まるで沼のようで底から引っ張られるように身体が沈みゆく。


「『闇魔法、強制転移……奈落』」


 転移の仕方が思ってたのと違った。こんなおどろおどろしい感じではなく、もっとこう……浄化されるが如く淡い光に包み込まれるものだとばかり。


 ――って、え? さっき何て言った? ……闇魔法……? 聞き間違いだよね? 天使が闇魔法だなんて、聞き間違いだよね?


 沈みゆく己の身体と不穏な言葉が聞こえてきたことで狼狽する俺は、手足をばたつかせる。


「ねえ? どうしてあんなことしたの?」


 そう穏やかに囁かれたが言葉の意味が読み取れず、俯いているためその表情も伺うことができない。


「だってあんた……。大勢の前に晒されたあたしを犠牲にしようとした挙句、川に向かって投げ捨てたでしょう?」


「ま、ま、まさかお前⁉︎」


 徐々に下がる声色。そして徐に顔を上げた天ちゃんは、にやりと凍てつき歪んだ冷笑を浮かべた。


「やっぱりパンツの悪魔かああぁぁぁぁ!」


 身体が喉元辺りまで引きずり込まれた時、天ちゃん――いや、その悪魔は顔を近付かせてくる。


「さあ、あんたが何処まで呪われた運命に抗うことができるのか……。ふふっ! 楽しみね。じゃあねー」


 胸の前で小さく手を振りながら浮かべていたその無邪気ながらも冷徹な笑みが、脳裏焼き付く。


「――――ぁぁぁぁああああぁぁぁぁ――――」


 頭の先まで勢いよくグンッと引き込まれ、視界は黒く染まり、意識が遠退いていった――――。


閲覧いただきありがとうございます。人生初投稿並びに、初作品です。

ご意見、ご感想など頂けたら幸いです。

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