6
ハッと僕は眼を醒ました。
今のは、夢?
朦朧とした視界は滲んで、焦点を結んだ時、僕は拳が熱いのを感じた。
夢じゃない。
今のは、本当にあったことだ!
僕はガバッと布団から跳ね起きて、お母さんとお父さんたちの寝室へと走った。浩太を、ナイトモスキートから守らなくっちゃ。
バンっとドアを開け放って、電気を着けた。
「んぅ……? なによ、もう?」
「グガーッ……。ンッ?」
お母さんとお父さんが目を覚ましたけれど、二人に構ってはいられない。僕は浩太を守らなくっちゃ。まだ変身できない僕は、ヒーローにはなれない。だけど、浩太の前なら、浩太を守るお兄ちゃんにはなれる!
「いた、ナイトモスキート!」
僕の眼は浩太の上をぶんぶん飛び回る大きな蚊を見つけた。走って行って、パンと手を打ち鳴らした。
だけど蚊だから、するりと抜けた。
その時、
「ブシドーッ、キーック!」
仮面ブシドーの声が聞こえた気がした。
蚊が、なにかを避けるようにして、僕の近くに来た。
パンッ!
小気味の良い音がして、僕の手のひらには真っ黒で大きな蚊が張り付いていた。
と、
「ちょっと良平、なにやってるのよ。寝たんじゃなかったの?」
「お母さん……」
「まだまだ良平も寂しいんじゃないのか?」
「あなた、駄目よ、お兄ちゃんの自覚を……。それで、良平はなにをやっていたの?」
「えっと……」
お母さんの怖い顔に、僕はソッと掌を見せた。
「蚊が……、浩太のところに来たから……」
「え?」
と、お母さんは僕が見せた掌をマジマジと見た。
「なにもいないじゃない」
「えッ?」
僕は慌てて自分の手のひらを見返した。たしかにそこにはなにもいなかった。さっき潰したはずの真っ黒で大きな蚊は、影も形もなく、きれいさっぱり消え失せていた。
あ、そうか。
怪人だったから、やっつけると消えちゃうんだ……。
「良平~?」
「え、えっと……。ごめんなさい。僕の部屋に、蚊が出て、うるさくって眠れなかったから……」
「ふぅんそうなの……。じゃあ蚊取り線香は……、子供部屋に置いておくのは怖いわね。それじゃあ殺虫スプレーを……」
お母さんは殺虫スプレーを渡してくれた。
「これでやっつけなさい」
「う、うん……。ありがとう」
「まったく、浩太になんども起こされて眠いのに……」
とお母さんが言った時だった。
おぎゃああ、おぎゃああ。
「あ、起きた。良平が騒ぐから……。いいえ、これはミルクね。ちょうどよかったわ。はーいよちよちー。イイ子でちゅねー。ミルクをあげますからねー」
「良平」
お母さんが浩太におっぱいをあげるのを見ていれば、お父さんが声をかけて来た。
「なぁに?」
「本当に寂しくないか? 寂しいんだったら、お母さんじゃなくって悪いが、俺が良平の部屋に行くぞ? それか良平がこっちに来るか。お母さん、浩太が夜中に泣くと良平が困るんじゃないかってこともあって、部屋を分けてるんだ」
「…………。うぅん、いい。僕、向こうで一人で寝る」
「そっか」
「うん。だって僕、お兄ちゃんだもん」
僕は蚊をやっつけに来たってことをお母さんに言おうとしてしまったから、やっぱりヒーローじゃない。ヒーローは褒められることを求めも、言い訳もしない。
だけど、浩太を守れた今の僕は、ヒーローじゃなくっても、まずはお兄ちゃんにはなれたんだと思う。
お母さん、こうやって、こんな夜中でも浩太におっぱいあげてたんだ。
それじゃあ、とってもたいへんだ。
お母さんの手の回らないところを、お兄ちゃんの僕が、お兄ちゃんになって、浩太を守らなくっちゃいけないんだ。
お母さんが僕にお兄ちゃんにならなくっちゃいけない、って言うのも、当然だって思う。
ヒーローじゃない僕は、こう思う。
「お兄ちゃん道とは、我慢することと見つけたり!」
お兄ちゃんでいる時は浩太を守って、僕が僕でいる時は、こっそり仮面ブシドーの録画を見たりしよう。
僕がそう決意すれば、仮面ブシドーが苦笑しているような気がした。
お読みいただきありがとうございました。




