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真夜中のヒーロー  作者: 神月大和


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5/6

 僕はなんと、仮面ブシドーにお手伝いをお願いされた。


 ヒーローのお手伝い。


 心ときめかせて承諾すれば、僕は仮面ブシドーに抱えられた。空を跳んだ。本当は空じゃなくって部屋の中だけれど、僕はそこへと連れて来られた。


「ここ、なんだ……」


「そうだ。ここに別のナイトモスキートが現れる」


「あいつが……」


 僕はぶるりと身をふるわせた。


「怖いかい?」


「怖い。でも仮面ブシドーがいれば大丈夫」


 僕はぐ、と拳を握りしめた。仮面ブシドーが連れて来た場所は、お父さんとお母さんの部屋だった。弟の浩太が眠っている部屋。

 僕たちは、浩太のベビーベッドの上に降り立った。


 普段じゃこんなこと、許されない。だども、小さくなっている僕たちは、赤ちゃんの布団の上に立っても問題はなかった。薫るミルクの匂い。赤ちゃん独特の匂いだった。

 仮面ブシドーによると、ナイトモスキートは大人は襲わないらしい。子供だけを狙い搾取する。卑怯なやつだ。

 僕らはそっと浩太の布団の中に身を隠す。むわりとした赤ちゃんの香りが、むせ返るようだった。ちょっとウッとしてしまったけれど、それよりも僕は嬉しかった。だって、憧れのヒーローといっしょに戦える。


「良平くん、はしゃいでいると危ないぞ」


「う、うん」注意されても、僕のワクワクはとまらない。「でも僕、仮面ブシドーの手伝いができて、嬉しいんだ。怪人をやっつけるお手伝いなんて、とっても素敵だ」


 そう言えば、仮面ブシドーはフッと笑った。


「良平くんは、ヒーローになりたいのかな?」


「うん!」


「どうして?」


「だって、カッコイイから。バッタバッタと怪人をやっつけて、仮面ブシドーは誰に褒められるでもないのに、ヒーローをしてる」


「ふふ、そんな眼で見ないでくれ」仮面ブシドーはテレビの中と同じ台詞を言った。だけど、


「だが、良平くんはどっちの意味でヒーローになりたいのかな? 怪人をやっつけたいからかい? それとも、誰かを助けたいからかい?」


「それって、別なの? 悪い奴をやっつければ、みんなが助かるんじゃないの?」


「ふむ、そうか――」と、仮面ブシドーは腕を組んだ。「みんなが助かれば、悪い奴なんていなくっても問題ないのではないかな?」


「? だから悪い奴をやっつけるんじゃないの?」


「その通りだ。その通りだが――」


 その時だった。


 ぷぅううぅーん……。


「来た……」


「ああ、良平くん、覚悟はいいな」


「うん」


 僕は気を引き締める。


「行くぞ!」


「うん!」


 バッと仮面ブシドーが飛び出して、僕もその後を追った。


「ッ!」


「――――。でっかい……」


 そこにいたナイトモスキートは、さっきの奴が可愛くなるくらい、さらに馬鹿でっかかった。さっきの奴の二倍くらいはあるんじゃないだろうか。仮面ブシドーよりも少し大きい。そんな蚊が、僕たちの頭上に飛んでいた。


 ぞわぞわと恐怖が背中を這い巡る。だけどそれだけじゃない、僕の心は躍っていた。


「良平くん、応援、頼むぞ!」


「う、うん。頑張れ仮面ブシドー! 悪い奴をやっつけてー!」


「うぉおおおおおッ!」


 バリバリバリッ。


 まるで雷みたいな光を放って、仮面ブシドーは宙へと飛びあがった。これなら大丈夫だ。これなら、負けることなんて、あり得ない。


「ぷぅうううーーンッ!」


 ナイトモスキートの鳴き声は、ビリビリと鼓膜をふるわせて、あんまりの大きさに、僕は立ってはいられないくらいだった。だけど仮面ブシドーはひるまずに向かった。さすがだ。さすがは仮面ブシドー。ヒーローってのは、こうでなくっちゃ!


「頑張れ仮面ブシドーッ!」


 僕は力の限りに叫ぶ。


「とぉおおおうッ! ブシドー、キーック!」


「ぷぅうううんッ!」


「ッ!」


 仮面ブシドーの必殺技を、ナイトモスキートは避けた。宙を蹴って切り返す仮面ブシドーだったけれど、ナイトモスキートの方がはやかった。


「ぐわぁあああッ!」


「仮面ブシドーッ!」


 なんてことだ!


 仮面ブシドーはナイトモスキートの体当たりを受けて、錐もみ回転で落ちだした。


 助けないと。


 だけど僕にできるのは――応援だ。


「頑張れッ! 仮面ブシドーッ! 僕を助けてッ!」


「うぉおおおっ!」仮面ブシドーは奮起した。だけど、


「ぐぁああッ!」


 ナイトモスキートは、体勢を立て直す前の仮面ブシドーを上から踏んづけて、布団の上に叩き落とした。卑怯だ。この、怪人のクセに……ッ。ヒーローにやっつけられる悪い奴のクセにッ! 僕は慌てて駆け寄った。


 ぷぅうううーん……。


 ナイトモスキートの羽音はとっても怖かったけれども、逃げるわけにはいかない。だって、仮面ブシドーの次は僕だ。駆けよれば、仮面ブシドーは満身創痍だった。


「大丈夫……?」


「良平くん……。駄目だ、拙者ではなく、浩太くんのところに行くんだ。奴の狙いは浩太くんだ。拙者よりも、浩太くんを。君は、お兄ちゃんだろ」


 う……。


 それは僕の嫌いな言葉だ。


 それを言われてしまったら、相手が仮面ブシドーでも、とってもいやだった。


「お兄ちゃんだからって、どうして弟を守らなくっちゃいけないの! 僕だって、僕だってしたいことややりたいことはあるんだよ!」


 僕は思わず叫んでいた。


 だって、お母さんが言うお兄ちゃんだからって言葉は、お母さんのわがままにしか思えなかったけれど、今ここで仮面ブシドーに言われたら、本当は正しい言葉のように思えたから。でも、なんでお兄ちゃんだったら我慢しなくちゃいけないんだ。


「良平くん……。すまない。僕は君の嫌なことを言ったようだ……。はは、これではヒーロー失格だな」悲しそうに肩を落とした仮面ブシドーに、僕は慌ててしまった。


「ち、違う。仮面ブシドーはヒーローだ。悪いのは僕だ。お兄ちゃんなら弟を守らなくっちゃいけないってこと、知っているけれど……」


 ぷぅうううーん……。


 蚊の羽音がうるさい。僕は浩太のお兄ちゃんだ。だから浩太を守らなくっちゃいけない。そんなことわかってる。だけど……、


 僕はどうしたらいいのかわからなかった。


 僕だって、ナイトモスキートは、怖い。肩をふるわせていれば、仮面ブシドーの手が、ポンと肩に置かれた。憧れのヒーローの手だった。


「拙者の言い方が悪かった。お兄ちゃんだからじゃない。良平くんは良平くんだから浩太くんを助けに行くんだ。君は、ヒーローになりたいんじゃないのか?」


「うん、なりたい……」


 だけど、怖いことはいやだ……。怪人をやっつけて僕はヒーローになりたかった。それで誰かを助けられたら良かった……。


 と、僕は気づいた。気づかされてしまった。


 そうか、僕は誰かを助けたかったんじゃなくって、怪人をやっつけたかったんだ。だって、それがかっこ良かったから。だけどいざ僕が浩太を守らなくっちゃってなったら、僕は怖気づいて動けない。


 だれかを助けるためじゃなかった。僕がなりたかったものって、ヒーローなんかじゃなくって、ただのいじめっ子とかわりなかったのかもしれない……。


 僕は、ショックだった。


 でも、だったら、このまま、浩太を怪人に……。


「う……」そう思ったら、僕の眼から涙が溢れて来た。次から次へとこみ上げて来て、止まらなかった。


「良平くん……」


「仮面ブシドー……。僕はヒーローになんてなれないよ。浩太を助けたいけれども、僕は怖いんだ。怖くて、それに弱いから、ヒーローになんてなれないよ……」


「だったら、なんで泣いているんだい?」


「え……」


 僕は仮面ブシドーを見た。


 僕のずっと憧れていたヒーローがそこにいた。だけど今はボロボロだった。そうだ。仮面ブシドーだって、無敵じゃないんだ。それに、いつだって誰ものヒーローでもないんだ。あの、シャドウストーカーに狙われてた女の人には、仮面ブシドーこそがストーカーだって思われて、嫌われた。


 だけど仮面ブシドーはヒーローなんだ。助けた人に嫌われても、かっこ良いんだ!


「仮面ブシドーは、怪人と戦うの、怖くないの?」


 僕は、尋ねた。


 ボロボロの僕のヒーローにそう尋ねた。


「怖いさ」


 無敵じゃないヒーローはそう答えた。


「怖いけれど、守れなかった時の方が怖い。だから僕はヒーローになるんだ。拙者は、みんなを守るヒーローだ!」


「仮面ブシドー……」


 仮面ブシドーの言葉には、変身する前のお兄さんの言葉が混じっていた。変身する前が「僕」で、変身した後が「拙者」だ。


「良平くん、君は浩太くんを守れなくって泣いている。それこそが、ヒーローの証だ。いいや、ヒーローになれる証だ」


「ヒーローになれる、証?」


「そうだ。ヒーローは、悪い奴をやっつけるからヒーローなんじゃない。ヒーローだから悪い奴をやっつけるんだ。ヒーローだから、悪い奴をやっつけられるんだ。僕は僕のままだと怖くて、あとは大人の事情かな、それで守りたい人を守れなかった。だからヒーローになったんだ」


「警察官じゃなくって……?」


「そうだ。僕はヒーローになりたくって警察官になった。だけど警察官じゃヒーローにはなれなかった。ヒーローになりたいんだったら、ヒーローにならくっちゃ。僕はヒーローじゃないけれど、拙者はヒーローだ」


「仮面ブシドー……」


 その言葉はキラキラと輝いていたけれども、どこか切ない気もした。


 怪人をやっつけたからヒーローなんじゃない。ヒーローだから怪人をやっつけられる……。自分のまんまじゃ怖くてたまらないし、弱いから、ヒーローになって怪人をやっつける。


「僕も、ヒーローになれるかな?」


「なれるさ」


「君は、すでにヒーローになれる証を持っている」


 僕は涙を拭って、その証をギュッと握り込んだ。


「うん、ありがとう。僕、行ってみるよ」


「よし、その意気だ!」


 僕はキッとナイトモスキートーを睨み付けた。奴は僕たちを警戒していたのか、それとも浩太のどこから吸おうか迷っていたのか、上をぶんぶん飛び回っていた。


 まだ間に合う。


 よぅし、行くぞぉおーーッ!

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