果てしなき逆襲
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と、内容についての記録の一編。
あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。
さあて、この時期になると、冷蔵庫が大忙しだな。最近、水ものばかり補充しているもんでさあ、冷蔵庫も水っ腹一直線てなもんよ。
――野菜とかは入っていないのか?
いや〜、俺の一人暮らしスタイルだと、冷凍食品とかはともかく、生野菜は必要な分だけ買って、その日のうちに消費しちまう方が衛生的によろしい感じだな。
俺さあ、一人で暮らし始めて気づいちまったのよ、自分の習性に。それは「目につかないものは、存在しないのも同じ」ということだ。
一度奥へしまいこんじまったら最後、雪崩が起きるとかのハプニングがない限り、そいつを手に取らない。探す手間をかけるくらいなら、新しく用意した方がいいって感じかな。自分では人情派だと思っていたが、社会人になってから、どうも効率とやらに汚染されちまっているらしい。
野菜も然りだ。新鮮なものを買ってきて、即座に調理にかかる……というのがひと月くらい前のスタイルだったんだがなあ。ここのところ、できあいのお惣菜で済ませることが多い。
いやはや、会社の先輩から聞いた話があってよ、年甲斐もなくびびってしまったというか……聞いてみるか?
先輩の地元は水道水に加え、いまだに井戸水も併用している。そして毎年の初物野菜に関しては、必ず一晩の間、指定された井戸の中で水に漬けて、よく冷やしておくのだそうだ。
冷蔵庫替わりなのかと思って聞いてみたけれど、先輩曰く、昔から伝わっているおまじないなのだそうだ。なんでも将来にかかわることらしいんでな。
あまりに壮大かつ漠然としているものだから、失礼ながら、相当フカしてんじゃないかと思った。その空気を感じ取ったのか、先輩も「いわれ」についての話をしてくれたよ。
むかしむかし、戦続きでこの土地にも血なまぐささが漂い始めたころのこと。
先輩たちの地元は、とある一豪族によって支配されていた。もともとは規模の大きい豪族だったんだが、拡大する守護大名たちに対しての立ち回り方を誤ったらしくてな。
滅ぶ、とまでは行かなかったが、不穏分子とみなされ、一地方の小豪族を指す「土豪」と呼ばれる規模に堕ちちまったようだ。支配する土地も、全盛期に比べると三分の一程度の面積。もちろん収穫量も減るから、動員できる人数も減る。反乱の芽を摘まれたわけだな。
だが、元から持っていたものを取り上げられると、人間、どうしても反発する心が出るもんだ。その土豪は、自分の土地を奪った現領主と、敵対する勢力とひそかに通じて間諜まがいのことを行い、時には小競り合いの先鋒として、突っかける役も買って出た。
後者に関しては、土地を奪った領主相手だと、すぐに発覚するし、地理的に近いしで、潰されやすいからな。別の勢力同士で争う時に、体よく貸し出された、いわば傭兵のごとき立ち回りだ。
困ったのが、土豪が治める土地の農民たちだ。一度、このような立ち回りをしてしまうと、農閑期と農繁期を問わずに人手が駆り出される。しかも、戦場は自分たちのいる土地から離れた場所。人、出費ともに馬鹿にならない。
時間が経つにつれて、村は復讐を遂げるどころか困窮していくばかりだった。激しさを増していく戦はかけがえのない家族と働き手を損耗させ、生産力を衰えさせる。ついには現領主からの検地を食らい、人が少なくなったことも判明して、ごまかすのに一苦労。年貢は減免されたが、手にしていた田畑もますます縮小してしまった。
農民たちはどこかホッとしたのも事実だった。
若く、未婚の働き手の数が激減し、外から婿を取らねば田畑を維持できない状態の家も少なくなかった。もう年がら年中の戦なんかごめんだ。すでに土豪も十人以上いた子供たちのうち、半分は討ち死にか行方不明。さすがにもう、報復はあきらめるだろうと、村中の人は思い始めたんだ。
ところが一年たつ間に、土豪とその子供たちは、次々に妾を取り始めた。村の外かららしく、見知った顔がひとつもない。美醜入り混じるその様は、言っちゃ悪いが「手当たり次第」という言葉がよぎるほどだったらしい。
数ヶ月後、彼女らは次々に身ごもっていったとのこと。
「こいつらが大きくなったら、また戦える。それまでお前たちも、元気な子供を育てろよ。生きている限り、勝負はこれからだからな」
ぞっとする言葉だった。彼らはまだ懲りていなかったんだ。それどころか、子供たちの世代になっても、この無謀な復讐を継がせようとしている。自分たち、下にいる者たちの子供も巻き込んで。
そのうえ、そろって夏に生まれる彼らの子供たちは、成長が早い。産まれて五年も経てば、すでに一人前の体躯を持つ。彼らが耕す田畑は、収穫高も目に見えて増えており、着々と準備が整いつつあったんだ。
また戦がやってくる。それも予想以上に早く。農民たちは日々の仕事が終わると、目立たない家を選んで、密会を重ねたらしいんだ。一度、膝を合わせて話し合いをしようと提案した家もあったが、かの家はその手の話し合いをするつもりは、一切なかったらしい。それでも頑なな態度でいるものは、強引に土地を取り上げられて追放された。そしてその土地に、土豪の一族が入るようになったんだ。
子供たちの数も変わらずにじわじわと増えていく。このままでは集落そのものが、土豪の血に支配されてしまうのでは、と不安に駆られる者も現れ始めた。
意見を容れてもらえないのなら、もはや手を下すしかない。追い出すのはダメだ。いつ復讐の矛先が、こちらに向くかわからない。根っこから潰すためには……「遠く」へ旅立ってもらうより他にない。
収穫祭が行われた夜。その日は、空気がとても乾いていた。
土豪一族をさんざんに酔っぱらわせ、彼らの屋敷の中に押し込めた。そして彼らが寝息を立て始めたのを見計らい、途中で起きてくる者がいないかどうかが厳重に監視され、屋敷の周りに枯れ草が積まれていく。そして風が吹くのを待つと、一斉に枯れ草に火がつけられた。
燃え始めてから、「終わる」までの間は、詳しく語るに及ばない。ことが済んだ時、土豪の館は炭と薪の原になっていた。彼らは酔いつぶれて運ばれてから、誰一人、外へと逃げ出す者はいない。
その日は火にとって良い条件が重なった。彼らの遺体はもはや、他の灰になったものたちと区別がつかない。ただ彼らを押し込めた部屋があったであろう場所に、人々は墓を建てて弔ったという。
大名がほかの領地にかかりきりになっていたこともあり、いつぞやの検地と同じことは実施されなかったため、土豪一族が突然消えたことを咎める者は、表向きには現れなかった。かつて土豪が治めていた土地は、村人の合議制によって成り立っていたんだ。
耕す土地の広さは据え置きだったから、これ以上減らされないために、みんなは必死こいて働いた。土豪一族が治めていた土地は全員で分配し、それぞれが受け持った範囲で仕事をしていたようだな。
そして数十年の月日が流れ。子供たちも十分に大きくなり、かつての土豪たちの土地を元手に、独立して家を持つ者が現れ始めたんだ。その世代たちも、夫婦になり親になり、新しい生活になじんでいくかに思われた。だが、葬ったはずの問題が、またにわかに姿を現し始めたんだ。
産まれた子供たち。彼らはすくすくと、信じがたい早さで成長し始めた。その上、子供らの祖父母にあたるもの。かの土豪の焼き討ちに関わった連中は、育った孫の顔を見て、誰もが苦々しい思いをしたという。
孫たちの顔は、かつて自分たちが殺めたであろう、土豪一族にそっくりの顔かたちをしていたんだ。男も女も。
自分の子供たちに、あの忌まわしい出来事を鮮明に覚えている者はいない。孫である「彼ら」は普通の親子として、我が子たちと接している。そして、自分たち祖父母にも。その目に怒りも憎しみも、宿すことなく穏やかに。それが一層、祖父母の心を焦燥へとかきたてた。
あれほどそっくりの容姿なのだ。今は良くても、彼らがいつ牙を向くかはわからない。報復のために。
今のうちに、数十年前と同じく、内緒で始末をしてしまうべきという意見はいくつか出た。だが、今回は曲がりなりにも血がつながっている存在。発覚した時に考えられる反発は、あの時の比ではない。
どうするべきか。迷った彼らは、城下に年貢を納めに行った際に、寺の高僧の下を訪れて相談したんだ。自分たちの凶行に関しては、一切を伏せたままで。
現場に連れて行ってほしい、という高僧の頼みで、村へと案内した彼ら。
僧は香炉を腰から下げて、村中を回っていたが、ある田畑の前で、はたと足を止めた。
そこはかつて土豪と、その一族が耕していた田畑。誰も何も教えていないはずなのに、僧は額に手を当てつつ、視線を左右へ振っていき、おもむろに口を開いた。
「灰。地面に溶け込んだ灰が、稲にも野菜にもくっついている。それがよろしくないことを呼んでいる」
祖父母たちはどきりとしたが、僧は言葉を続ける。
「熱い、熱いと、ここまで声が響いてきそうじゃ。それがずっととどまって、体の内々へと入っていく。それが顔も姿もゆがめているのじゃ。考えられる対処は一つ。これより獲れたる稲と野菜。冷たい水に漬けこんで、一日ばかりおきんさい。涼しい思いをしたならば、彼らもきっと離れよう」
忠言の通り、以降、彼らは作物を桶に入れ、網目状のふたをしてから、井戸の中へと釣り落とすようにした。そして一日明けて、すっかり冷え切った食料を食べていくと、数日後にはあの忌まわしい顔つきは、少しずつ少しずつ変わっていき、見慣れない、おそらくは本来の孫の顔を取り戻していったという。
やがてこの地域の領主も、お家騒動が起こり、我が子に背かれるという憂き目を見る。
新しい領主は、もう一度改めて検地を行い、かの村の年貢を調整した。その顔が、かつての土豪のものと瓜二つであることに気づいたのは、すでに老いさらばえた、わずかな村民たちだけだったという。




