短編小説合計30記念 草原のコンサート
緑の深い公園に、そのピアノはあった。雑然と置かれているようで、草木や草原、暖かな太陽までがピアノを見守るように置かれている。私は考える。誰かが意図的に置いたのだろうか?しかし、そのピアノには数々の苦難を乗り越えてきた若者が見せるような不思議な精悍さがあった。恐らく様々な苦境を経てこの場に落ち着いたのだろう。私はこういう想像をする。こういうピアノは多分、行き先を自分でわきまえている。人が意図的に置いたものでありながら、実は彼らは行き先を自分で決められるのだ。私はこのピアノを弾いてみたいと思う。ピアノのなんて弾くのは何年ぶりだろう。曲だってまともに覚えていないかもしれない。ても私は弾いてみたいと強く思う。私はピアノ椅子に腰掛ける。その途端、私の頭には湧き水みたいにメロディーが出てくる。指を鍵盤に乗せれば、自然と指が動き出す。私は様々な音楽を奏でる。有名な曲。私しか知らないような曲。喫茶店で流れていた曲。即興で思いついた曲。なんでもいい。とにかく曲は溢れ出てきて、私はそれに身を任せていた。
気がつくと太陽が少し傾いていた。ピアノは黒い礼服にその光を反射して、輝いている。その光の先をふと見ると、いつの間にかピアノを取り囲んで椅子が並べられ、人々がまばらに座っていた。緑の傘を持った少年。雨も降っていないのにずぶ濡れだった。トランペットを持った若者。今にも泣きそうな悲しそうな顔をしている。深海魚みたいな、でも人間みたいな所もある不思議な生き物が宙を泳いでいた時は私も驚いた。
次第に不思議なコンサートは終わりを迎える。私の疲れが限界に達したのだ。ピアノが「「「ジャーン」」」と唸り、私は汗をダラダラ流してピアノにもたれこむ。どこからか盛大な拍手が聞こえるが、私はそれに答えられない。私がやっと顔を上げて客席を見ようとしたとき、そこには椅子は無くなっていて、誰も残っていなかった。私はそれらを白昼夢だったかもしれないと思うが、だとしても誰か声を掛けるぐらいしてくれてもいいのに、と不満にも思った。静寂が訪れ、風と鳥の声がそれを助長させるように響く。私はまた、一人になってしまった。温かい春の日差しに包まれながら、私はそう思った。
夢の世界の登場人物を復刻させました。
「緑の傘で嵐の夜を渡る」の主人公。
「トランペットブルース」のトランペットの男。
「深海探索」の少女。




