旧知と窮地が急に
建国記念日とあって、街中は大賑わいを見せていた。数々の屋台が並び、大通りを老若男女が行き交っている。手には串焼きや果物といった食べ物を持ち、子供が手放した風船が宙を舞う。趣味の悪い工芸品も熱気に後押しされて売れてゆき、トラブルが起きると警官がすっ飛んでいく。
混沌とした賑わいを、しかし渦中からではなく見下ろし、私は呆れたような溜息を吐いた。
「私には無理だな。あれじゃ人酔いして、楽しむどころじゃない」
非常用の展望台から町を見下ろすと、そこには人、人、人。ぞわぞわと蠢く様は、正直気持ち悪い光景だ。大嫌いな虫を連想する。
「活気があっていいと思いますけどねぇ。これぞ平和、って感じで」
隣で同じように街を見下ろす後輩は正反対の感想を述べ、私の隣に腰を下ろした。
ここは王都の南西に建つ展望台。軍が管理しているもので、円形の王都の中に、四角形を形作るように四つ建てられているものの一つだ。一体何の意図を持って建てられたものなのか。それっぽい理由は述べられているものの、私はいまいちしっくり来ない。物見としても、観光としても、目印としても、何処か中途半端に思える。
「だったらこんなとこで管巻いてないで混ざってこいよ。折角の休日だ」
「いやぁ、俺もそれが出来ればいいんすけどねぇ」
彼は困ったように頭を掻きながら息を吐く。
国民の休日は全国民が仕事を休んでどんちゃん騒ぎする日ーーではない。正確には王宮や軍といった国防や治安に関連する機関以外の国民のための休日である。私たち軍人は祭りで賑わう街を監視し、問題が起きれば対処。そして他国からの攻撃にも警戒しなければならない。
「今日はこれしか服ありませんし。軍服で街中歩き回るわけにゃいきませんよ」
「それは残念。お前さえいなけりゃ昼寝でもしてるんだがな」
「寝たらチクります」
「酷いやつだよ」
職務放棄は許さん、と。軍人なんて半分お役所仕事は、必要の無いことでも規則にあれば従わなければならない。じゃないと罰則があるし、最悪死ぬ。彼のそういう態度は、軍人なら珍しいものではない。そして上官のいないところで駄弁りつつ仕事するのも、軍人のよくある姿だ。きっと他の三つの展望台でも、同じような光景が繰り広げられてるであろう。
「ま、ナナエよりかは楽か」
彼女は今日、魔王を追ってこの国を出た。そもそも魔王は情報自体が少ない。情報収集のために各地を転々とすることになるだろうが、行く当てはあるのだろうか?私が正解の出ようもない問いに気づいたとき。
「ん?先輩。なんか音がしません?」
「え?」
完全に思考を飛ばしていた私は、肩を叩く彼の言葉に振り返る。確かに、ノイズに似たザザァーという音がする。これは……。
「無線だな。本部からのようだ」
私は懐から取り出した無線機を操作し、チャンネルを合わせる。すると男の低い声が、ノイズに混じって聞こえてきた。
『聞こえてるか?ビル。今から直ちに王宮玄関まで来い』
「これは……」
その声は軍属になって馴染みのドゥイのものだ。本部からのから回線に何故彼が?
『繰り返す。ビル!今すぐ王宮玄関まで来い!これは命令だ』
「おいおいマジかよ……」
私何かしたか?抗議してやろうにもこの無線機はただの受信機でしかないので、向こうに発信は出来ない。まぁラジオみたいなもんだ。発信機は別にあるが、それは後輩たるリックが持っている。そっちはデカくて邪魔くさい。
「呼ばれてましたね、先輩。それも名指しで」
「あぁ。な〜んか面倒なことになりそうだなぁ」
「ま、命令なんですし仕方ないっすよ」
「そーだな」
他人事だと思って気楽に言いやがって。絶対巻き込んでやる。そう決意しつつ、私は階段に足を向けた。
王宮玄関に出頭した私を出迎えたのは、小銃とサーベルを提げた女性将校だった。
「今日はよく知り合いと会う日だなぁ」
私の溜息交じりの言葉に、彼女は一瞬眉根を寄せてから、押し殺したような平坦な声で応えた。
「……誰だお前は?」
「酷い奴だ。同期の顔を忘れるなんて」
わざとらしく溜息を吐いてみると、露骨に嫌そうな顔をされてしまった。
「……お前と喋るのは、疲れるから嫌なんだけど」
「よく言われる」
「………………」
舌打ちを堪えるように歯軋りすると、それ以上の会話を拒むように背中を向けられてしまう。随分と嫌われたものだ。
彼女の名はリアナ。出会ったのは軍属前に入ることとなる軍学校でのことだ。希望進路でクラスは違ったが、学年単位で行われる合同の軍事演習で度々顔を合わせることがあった。まぁ、所謂腐れ縁、という奴か。
現在は王宮駐在ーーつまり警備兵である彼女と、底辺軍人である私は所属が異なる。私が軍属なのに対し、彼女は王宮直属。命令系統が異なるのだ。そのため、よっぽどのことがない限り彼女と仕事が重なることはない。うわぁ、嫌な予感。
ちなみに私の階級だが、一応下士官の軍曹ではある。が、軍学校はそもそも尉官を育てることが目的とされているため、卒業生のほとんどは今や指揮官クラスの階級だ。早いやつだともう中佐にまで登り詰めている。まぁ、私は所謂落ちこぼれである。
「グズグズするな。ついて来い」
物思いに立ち止まっていた私に声がかかる。先程の年相応の口調とは打って変わり、威圧的な鬼教官のような低い声。
「すまんすまん」
「チッ……」
彼女の辛辣な態度にも懐かしさを感じる。昔はこうして、顔を合わせる度に憎まれ口を叩かれたものだ。そんなときいつも仲裁してきたのがーー
「………………」
ふと浮かんだあのあどけない困り顔を振り払い、私は王宮へと踏み入った。
王宮に入るのは、実はこれで二度目だ。一度目は軍学校で行われた謁見式でのこと。王族の顔を軍人の卵達に覚えさせることを目的としたものだ。同時に、内通者の摘発も目的としていたらしいが、その方法が一体どんなものだったのかは知る由もない。まぁ大体予想はつく。王宮という国の中枢に招き入れることで、内通者に誘いをかけるのだろう。そして少しでもおかしな様子を見出せば、その者を徹底的に洗うことが出来る。軍学校に入学する人間は一期でも百人前後ではあるが、全員を徹底的に調べるには人手も足りなければ、時間もないだろう。何より無駄が多い。
ちなみに私はこの通り、疑いをかけられることもなければ目をかけられることもなく、出世コースから順当に外れている。見る目があって何よりだ。
「ここだ。中には陛下もいらっしゃる。くれぐれも粗相のないように」
「へぇ、そりゃ困った。育ちが悪くて何が粗相かわかんないんだが?」
「安心しろ。粗相があれば丁寧に教えてやろう」
そう言ってサーベルの柄に手をかける。お〜おっかない。
おどける私を無視して、目の前のこれまた立派な扉をノックした。
「陛下。ビル・ティーエン軍曹をお連れしました」
中から扉が開けられる。リアナよりも幾分立派な格好の近衛兵が、こちらの顔を平坦な目で見つめてくる。
「確かに。入れ」
正面を空けられたので、二人して室内に入る。すぐさま扉は閉められ、室内の空気の流れは遮断された。後ろをチラリと確認すると、塞ぐような形で近衛兵が立っていた。逃げ場はもうない。まぁ逃げる必要はないのだが。
室内には、無線でも話したドゥイ。それと、銀髪のオールバックに盛り上がった筋肉が覇気を纏った壮年の男性。確か一度だけ見たことがある、バステト中将だったか。あと、上座に座るはやはり国王。彼の顔はハッキリ覚えている。既に四十代の筈だが、若々しい美貌は貴婦人達の憧れらしい。それに中将よりも見る機会は多かった。世間ではフェルムンド七世。と呼ばれている。フルネームは長くて覚えてない。興味無いしね。
「ビル・ティーエン軍曹。早速だがそこに座ってくれ。リアナ中尉。君もだ」
バステト中将が、見た目に反して柔らかい口調で着席を促す。突っ立っていた私達は、一瞬戸惑うも素直に従った。立てと言われれば立ち、座れと言われれば座る。死ねと言われれば死ぬしかない。それが軍人だ。
バステト中将は引き続き話し始めた。国王も何も言わない。多分、この場は任せているのだろう。
「さて。まずは君達に話さなければならないことがある。魔王討伐隊に関することだ」
うへぇ……このタイミングでその話題ですか。予想してた一つではあるが、流石に驚く。ナナエから聞いた話が本当なら、魔王討伐隊が出陣するのは今日の筈だ。早速頓挫したのか、それとも何か発見したのか……。後者だったら、軍人である私達も動き出すこととなる。うへぇ。
「単刀直入に言おう。魔王討伐隊の一員であったナナエ大佐が失踪した」
「っ……!」
思わず息を呑む。何を言ってるかわからず聞き返す、なんて間抜けは起こさなかったが、頭の中では疑問が渦巻いていた。ナナエが失踪……?仮にも魔王討伐隊に選ばれるような奴だぞ。選考にあれだけ時間をかけたってことは、実力は元より裏だって取れてる筈だ。
「ナナエ大佐というと、四年前に軍学校を首席で卒業したという……」
「そうだ。知ってたようだな」
「名前だけは聞き及んでおります」
リアナと中将の会話を聞きながら、自分が何故ここに呼ばれたのかを理解した。軍曹とは名ばかりの落ちこぼれたる私が、こんな緊急事態に招かれる理由など一つしかない。
行方不明者との面識がある。それ以外にはないだろう。多分、私は参考人としてだけではなく、容疑者としても疑われている。ナナエを害する、または情報を流した可能性があると、見られているのかもしれない。
「なるほどねぇ……」
「相っ変わらず頭の回転だけはいいなぁお前」
眉間に皺が寄った顔で頷く私に、ドゥイが呆れたように応えた。いやこっち気にせんでいいから。ほら中将こっち向いちゃったじゃん。国王は相変わらずどこ見てるのかわかんないが。
「君が大佐と懇意だったというのは知っている。何か心当たりがあれば、話してくれ」
リアナが息を呑む気配。チラリと覗き見ると、こちらを睨むように見つめてくる彼女がいた。いや別に私が誰と知り合いでもいいじゃないか。ちょっと、その目つき怖いんだが。
「ビル。話してくれ」
戸惑いのままに黙る私を見かねて、ドゥイにまで促される始末。いや、そんな期待するように見られても大したことは知らないぞ?
中将は黙ってただ待っている。尋問された方がまだ話しやすいんじゃ?とか思ったが、ここでいつまでも黙ってるのは、軍人にあるまじき優柔不断さだ。この国の重鎮に睨まれれば、最悪左遷もあり得る。国境沿いなんて送られたら絶望だ。
私は軽く一つ息を吐く。幸い、彼らは私を軽視してるわけじゃない。ここは目一杯虚勢を張って、精々舐められないようにしよう。ここで従順なフリをするのは、却って怪しまれる。
「そもそもナナエとは懇意だったわけじゃない。たまたま話す機会があっただけだ。だから私の知ってることに、そっちが持ってる以上の情報は無い」
中将の目を見据え、やや横柄な口調で告げる。テーブルの下で袖を小さく引かれたが、拒む意思を込めて振り払う。
「今の言葉からも、君と大佐は呼び捨てにする仲だとはわかった。軍人としては失格だが、今は捨て置こう」
一々癇に障るなこいつ。
「君が大佐と知り合ってから交わした会話を憶えているだけでいい。話してくれ」
「ーー了解した」
私は大きく息を吐くと、ナナエとの間にあった出来事をぽつぽつと語った。途中思い出すのにつっかえたりしたが、記憶にあることはほとんど語ってみせた。彼女との記憶は、ほとんどがあの資料室での出来事だ。そこで何をしていたわけでもなく、ただ世間話をしたり、お互いの作業に茶々を入れ合っていたぐらいだ。
話している間、中将は頷くだけで、リアナも黙って聞いていた。
「ーー以上です」
一通り話し終え、そう締め括ると、
「彼にお茶を出してやれ」
中将が労うようにそう言った。軍曹如きに持てなしの態度を見せるなんて、意外だ。
「どうぞ」
カップに淹れられた紅茶が湯気を立てて目の前に置かれる。
「ありがとうございます」
丁度喉も渇いたところだったため、有り難く頂く。ふむ。どうせいい茶葉なんだろうが、味なんてわからん。
「君は大した情報は無いと言っていたがーー」
中将の切り出しに応じ、カップを置く。目を伏せたまま、こちらを見ない。まるで思考に没頭しているようだ。
しばらくそのまま待つ。国王はそんな私達を興味深そうに眺めている。
「こちらでも手に入らなかったものが二つ、あった」
「………………」
二つ……。たった二つか。それとも二つも、というべきか。神妙な顔を作って俯く私に、ドゥイだけが胡散臭そうな目を向ける中。中将が言葉を継ぐ。
「まず一つは、ナナエ大佐が君に出立の日を告げていたこと。これは軍部でも機密扱いだった。それを君にはあっさり教えていたことは、こちらも予想外だった」
やはり機密だったか……。いくら別れを告げるためとはいえ、恋人でも家族でもない人間にそんなこと教えんなよ。只今被疑者として絶賛取り調べ中ですよ?
「そしてもう一つ。それは家族構成だ」
「…………。は?」
思わず聞き返した。ちょっと待て。何でそんなことが新情報になるんだ。そんなことーー
「有り得ちゃいかんだろ……」
「そうだ。あってはならない」
バステト中将の重低音声が響く。
「家族構成を調べることは最重要だ。戸籍の偽造、テロリズムな思想、あらゆる可能性を探る上で避けては通れない。そこに虚偽が混じっている場合は十中八九危険人物だ。この国は人種差別もない。出身を隠すことに利点は無い」
「何より魔王討伐隊なんてものに選ばれる人間だ。そこら辺も洗いざらい調べ上げたんだろ?」
「勿論だ。この国の機密に関わることになるんだ。当然、敵となり得る人間は選ばれない」
中将は尚も思考し続けているようで、視線を下げたままだ。
「ナナエ大佐には弟はいない。弟のような他人、というのも考えられるが……」
そこまで親しいなら、親類縁者が何か知ってる筈だ。そう言うよりも早く、中将が目線を上げた。
「早速裏を取ろう。彼女はーースパイである可能性がある」
その声は重たく、適温に保たれた室温を下げるような冷たさを伴っていた。




