七重
魔王討伐隊の編成が完了したと通達されたのは、ナナエと会ってから二週間が経った頃だった。
「順次バックアップ要員の配置がなされるみたいだが、通達が無いってことは私の異動は無さそうだな」
「補欠だとか途中で変更とかもあるだろ。油断してっと、最前線に飛ばされるかもしれんぞ」
ドゥイの渡してきた図面を受け取りつつ、最前線は嫌だなぁとぼやく。今の前線は、隣国バナウとの国境付近だ。元々折り合いの悪い両者だったが、代替わりした今の国家元首は好戦派らしく、度々威嚇まがいの軍事演習や砲撃訓練をしてくるようになった。あくまでこちらに手を出させたいらしく、あちらから決定的な一手を打ってこないところがいやらしい。
だが、これから魔王の討伐が本格的に開始されるのなら、魔王との戦いの場が前線となる。
「魔王は国も領土も持ってないんだろ?前線は何処になるんだ?」
「確か、しばらくは事後対応になるから、各国の戦場を転々とするみたいだ。うちにも環境変化に適応できるような装備を、ってな注文が入ってるよ」
「そりゃまた無茶な話を……」
生き物じゃないんだから対応出来るわけがない。拳銃一つとっても、熱で金属が収縮してジャムが起き、最悪暴発だ。
「構造を単純にするか、最悪素材自体の改良になるだろうな。ったく……面倒ったらありゃしない」
「面倒なだけで、死線をくぐらないだけマシだと思っとけよ」
「そうだな。お前なんて戦場じゃただの肉壁だもんな」
「バカ。壁になれりゃ荷車なんて牽いてねぇよ」
それもそうか、と言いつつ作業に戻るドゥイ。私も頷きつつ、渡された図面を整理する作業へと戻るのだった。
ドゥイの手伝いが終わり、資料室へ戻る。ドアを開けた私を出迎えるのは、誰もいない静寂と埃っぽい空気ーーではなかった。
「お邪魔してるよ」
「……何でいるんですか。ナナエ」
私がいつも座って雑務をしている机は、栄えある勇者様によって占拠されていた。
長い足を組み、私が製本作業のために抜き出していた資料を勝手に読んでいる。まぁ別にそれはいいのだが、しかし何故彼女がここにいるのかがわからない。資料なら全て渡したし、返却も「適当にその辺に積んどいて下さい」と言ってある。ならば彼女がここに居座る理由は無い筈だ。
「魔王討伐隊の編成は完了したんですよね?」
「あぁ、明後日には出発だ」
その明後日は奇しくも建国記念日だ。国民の休日となっていて、街中はまるでお祭りのような賑わいを魅せる。国民は休まなければいけないので、酒場や商店は閉まっているが、他国からの行商やサーカス団が露店を開いたりするので、酒もチップもそこかしこを飛び交う。
「国民の休日を楽しめないのは残念ですね」
「仕方無いさ。それが私たちの仕事だ」
資料に目を落としたままそう言う姿からは、休暇を惜しむ気持ちは読み取れない。短い付き合いではあるが、私は彼女がわかりやすく感情を表すところを見たことがない。感情表現が下手なのか、それとも感情が動かないのか。
魔王討伐隊なんてものに選ばれる人間は、皆こんななのだろうか。
「ナナエは……」
「ん?」
「ナナエは家族って、いますか?」
「………………」
口から零れた問いは、そんな突拍子のないもの。自分でさえ言ってから驚いたその問いに、彼女は目を瞠りつつもーー
「いるよ。年の離れた弟がね」
柔らかい表情で、答えた。
不意に覗いたそれは、先程までの無感動な彼女とは違った。弟を慈しむ、姉の表情。一瞬で元の無表情に戻ってしまったが、一瞬であるがために、私の瞼にくっきりと刻みつけられた。何かを思い出すように細められた目と、柔らかな微笑みを浮かべた口元。何より彼女の醸し出していた雰囲気の変容に、私はどうしようもない驚愕を抱いた。
「………………」
言葉を失う私に彼女は一息吐き、
「そろそろ行くよ。君は休日を楽しむといい」
資料を机に置き、そのまま部屋を出て行った。私は敬礼するべきか一瞬迷ったが、そのまま彼女を見送った。
たった一人残された資料室に、静寂が満ちる。風通しの悪い部屋は、沈黙を埋める紙擦れの音さえ立ててくれない。
「…………なんだよ。それ」
ポツリ溢れた唯一の音は、一人の男の、弱々しい声。自分の声がやけに響いて聴こえる。波紋のように広がる音と、それに揺り動かされた感情が不協和音を立てる。
「あぁ……イライラする」
抑圧された苛立ちが、自分以外に誰もいない室内を零れていく。今までとどめてきた感情が、タガが外れてしまうーー。ガシガシと頭皮に爪を立てる。
「あぁ…………ふぅ……」
頭を掻き毟る右手を左手で止め、無理矢理に感情を押し込める。まだだ。まだ捨てるわけにはいかない。
「ふぅ…………」
私は懐からタバコを取り出すと、一本口に咥えた。火は付けない。咥えるだけ。それで充分だ。そもそも煙を吸うのは好きじゃないしな。
「…………仕事するか」
しばらく落ち着いた後、私は作業に戻った。




