だってさ
王宮が魔王討伐隊を組織すると発表して、一週間が経った。富と名声を求めて多くの者が志願しているようだが、未だ部隊編成は完了していない。魔王討伐隊は年単位での遠征任務となるため、生半可な覚悟や能力では務まらない。英雄と呼ばれる程の器が必要だ。たった一週間でそんな器をホイホイ見つけられるのなら、この国は既に天下を取っている。少なく見積もっても、あと三ヶ月はかかるだろう。
「まぁ」
輜重部隊所属の一兵卒でしかない私には、関係無い話だが。
輜重兵は主に戦場における生命線だ。兵站や装備弾薬の補充、運搬を行う兵科であり、その重要度から常に敵から狙われる運命を背負っている。軍人として最低限の戦闘訓練は積んでいるが、元々戦闘に参加せず守られる側なため、応戦能力は皆無と言っていい。遠征の際には、この輜重部隊をどう守っていくかが優れた指揮の見せ所、と言えるだろう。だから前線の方々には、是非とも私達を守って頂きたい所存である。
「しかし暇だなぁ……」
国境付近で小競り合いがある以外は戦争と呼べるものがない今、輜重部隊は割と時間を持て余している。備蓄の整理と点検ぐらいしか仕事が無い。訓練は隔日、それも午前中のみなので、仕事を済ませてしまえば丸々時間が空いてしまう。そろそろ麻雀にも飽きてきたし、他の暇潰しを考えなくてはいけないか……。
「それこそ討伐隊の編成が終われば、補給線上に配置されるんだろうけど」
場所によるかなぁ。南東のバッカは海産物が豊富らしいけど海賊がうざいし、北西のローンドは肥沃な大地が広がってるけど、前線が近くて嫌だし。
「あれ?これどこ行っても変わんなくね?」
結局軍人には暇か死線しかないというのか。はぁ、全く極端な職業だと思うよ。その分生活は保証されてるけど。
「おいビル。ちょっとこっち手伝ってくれ」
一人何をするでもなくだらけていたら、聞き覚えのある声がかけられた。
資料室の入り口に目を向けると、浅黒く日焼けした顔がこっちを向いていた。同期のドゥイというやつで、彼は兵士ではなく、軍所属の技術者だ。
「あー、ちょっと忙しいな」
私はわざとらしく書類をひらひらしてみせる。だが椅子にふんぞり返って足を組んだままなので、仕事をしているようには見えない。見せる気も無いし。
「どうせ暇してんだろ?こっちは年中頭捻ってるっつーのに」
「そりゃ筋肉使わない分は頭使わんとな」
技術部は前線に出ない代わりに、兵器開発や生産管理を担っている。主に大学を出たエリートが所属しているので、本来なら、私のような一兵卒は会話を交わす機会が無い。
「ほら、エリート様は私なんかに構わずキリキリ働いて下さいな」
「……ったく。いいご身分だなお前は」
呆れたような溜息を吐き、彼は扉の向こうに引っ込んだ。……はっ、いいご身分、ねぇ……。
「だったらもうちょい楽しそうにするさ」
手に持っていた資料を机に放り、立ち上がる。ぐっと伸びをすhると、背中が小気味良い音を立てた。
魔王。
この世界でそう呼ばれる存在はたった一人だ。
年齢、性別、国籍、本名全てが不詳。明らかとなっているのは、かの者の目的が戦争にあるということだ。初めて存在を認められたのは十五年前。東南大陸の小国で行われた紛争だ。当初は対岸の火事として無視出来るほどの規模しかなかったその紛争は、半年と経たずして中央大陸にまで及ぶ大戦へと発展した。幸い、列強各国による火消しが功を奏し、開戦から一年半で収束を迎えた。が、その被害は甚大で、今も東南大陸は復興の最中である。
これが後に、第一次世界大戦と呼ばれる惨劇のあらましだ。
魔王の存在が確認されたのは、戦後処理の中行われた、敗戦国への事情聴取でのことだった。元々宗教対立で小競り合いはしていたものの、国家間の紛争とまで発展はしていなかった。それが世界大戦にまで膨れ上がったことに、首脳陣も違和感を抱いていたのだ。そしその原因究明により出てきた名前が、魔王だった。
魔王は武器の調達から資金援助、傭兵への取り次ぎまで、様々な取引に名前を出していた。それだけなら、手広い戦争屋というだけだが、しかし全体を見てみると違和感に気付く。魔王が行っていた取引を繋げていくと、武器や資金が交戦国の間を循環しているのだ。魔王は仲介をするだけで、金を受け取ってもその分全てを他の国への援助に回す。利益目的とは思えない立ち回り方をしていた。
しかし、その行動範囲の広さに反して、わかっているのは呼び名だけ。結局、魔王という人物については何も結論を出せないまま追究は終わった。
「そして魔王は再び、戦火を巻き起こす」
魔王は人外の力を振るうでも、組織犯罪を行うでもない。ただ煽動し、手を差し伸べ、種火でしかなかった争いを戦争にまで昇華させる。なまじわかりやすい罪を犯しているわけではないので、手配もしにくい。
そして第一次世界大戦から十年の時が過ぎた今。
「戦争があるところに、魔王あり」
そう謳われるほどに、悲劇は増え続けている。




