約束
こういうお話(言ったらネタバレになるので伏せます)が書きたくて書いてみましたが、うーん、なんともありきたり。でも楽しかったです。
ある女性がいた。
毎日駅舎のベンチに座って、出発する機関車と、到着する機関車を寂しげに見つめているだけの。
齢50くらいの、本当の年齢は本人しかわからないが、孫がいてもおかしくはない歳の女性だ。
「来たよー、セシリアおばあちゃん!今日も面白いお話して!」
その女性の名前はセシリア。
子供を孫のように可愛がってくれ、様々な物語を語って聞かせてくれる、と近所の母たちから評判だった。
「そうさねぇ…この間は何を話したか…」
「妖精の話!その前は英雄の話!」
「そうかい、それなら…ううん、今日はいつもとは違う雰囲気の話がいいかしらね。ある愚かな女のお話でもいいかしら?」
「なんだそれ。面白くなさそう」
「まあ、少し聞いておくれ。あれは40年くらい前のことーーーーー」
その女がまだ16の頃の話。
彼女には、幼馴染がいた。
名はガゼット。
ある村で一緒に育った、元気で前向きで、しかし頭が弱くて頼りない、ただの少年。
そんな少年が、あるとき突然言い出した。
「セティ!俺と!結婚してくれ!」
彼女は、ドキッとした。
ときめきからではないが、なんだか少し、胸のあたりが大きく鳴った気がした。
「…嫌よ。ポンコツガゼットとなんて絶対嫌」
「ええーっ!そんなこと言わずにさあ!少しくらい考えてくれたっていいだろー?」
少年は村中から可愛がられつつもバカにされていた。
こんな男と結婚すれば、周りからバカにされちゃうわ、それが彼女の言い分だった。
嫌いではない。
ただ、一緒になるには、彼は頼りなさすぎた。
「どうしたら結婚してくれる?」
ガゼットは諦めなかった。
いつだって彼女を追いかけて、好きだという気持ちを全力でぶつけて、しかし玉砕し続けた。
そんな中で初めての質問。
彼女はこう答えた。
「王国の騎士団長様みたいに、かっこよくて賢くて強い人がいいわ。ガゼットがそのような男性だったら、結婚してもよかったかもね」
彼女は冗談半分で言った。
確かに自分はそんな男性に求婚されれば頷くに違いないのだが、ガゼットにそうなって欲しかったわけではなく、こう言えば彼も諦めるのでは、と思っていたからでたことばであった。
しかし彼は、そうか、と一言残し、何かに納得しているかのように1人頷きながら帰っていった。
彼女は、なんだか嫌な予感がした。
その数日後。
ガゼットが騎士に志願したと噂が流れた。
彼女は急いでガゼットの家に向かった。
しかしもう彼はいなかった。
彼の両親から、彼の去り際のことばを聞いた。
『待ってて。必ず迎えに行くから』
彼女は蹲って泣いた。
彼の気持ちがそこまで強いとは。
彼がそんなにも愛してくれていたとは。
そして。
自分がこんなにも寂しく苦しい思いをするとは。
彼女は祈ることしかできなかった。
無事に、彼がこの村に帰ってきますように、と。
別に立派な騎士様にならなくていい。
貴方の望む愛ではないだろうけれど、私だって貴方のことは大切に思っている、そう思って毎日神に祈った。
しかしその願いは叶うことがなかった。
戦死した。
その報せが村に届いたのは、彼が騎士に志願して5年ほど経った頃だった。
それから彼女はずっとひとり、彼が迎えに来てくれるのを待ち続けているのだった。
「なんだか難しいね」
「そうかい?簡単さ、もう帰ることのない男を永遠に待つんだ…自分の一言が男を死なせ、彼の一言が女を生かす。いないのがそんなに寂しいなら、愛はなくとも一緒になっていればよかったのに。私はそう思うよ」
「ふーん。僕にもわかるようになるかな」
「わからないけれど、大事な人はきちんと守るんだよ。大事なものほど簡単にすり抜けていくのさ」
セシリアはどこかを見つめて笑った。
悲しげに、苦しげに、しかし懐かしげに。
そのとき、機関車が到着した。
セシリアはそっとそちらに目をやって、何気なく降りてくる人を眺めていれば、キラキラしている騎士が目に止まった。
背が高く、鍛え上げられた体躯からは力強さと威圧感がある。
とても若く、ギリギリ青年といって差し支えないのではないくらいの男性だ。
「アッ!騎士団長様だ!すごい!」
セシリアに話を強請っていた少年は騎士団長を見つけて、すでに注意はそちらに向いたようであった。
騎士団長?
少年の視線を追えば、どうやらその騎士団長は、セシリアが見つめていた青年のことのようだ。
騎士団長はこんなに若い人がなるものではないだろうに…。
セシリアは彼が優秀な人なのだろうな、と判断した。
少年と一緒に眺めていると、騎士団長はどうやらこちらに向かっている。
なぜか彼はセシリアに近づいてきているようだった。
はて、なにか悪いことでもしただろうか。
首を傾げ、いろいろ考えてみるが思いつかない。
そう思案するうちに、目の前に彼が立っていた。
美しい人だった。
すごいな、そう思って見つめていれば、彼は目の前に跪き、セシリアの手を取り、そして破顔した。
「お待たせ、セティ。迎えにきたよ」
セシリアは目を見開いた。
今、彼は何と言った?
理解すれば、瞳から次々と涙が溢れ出し、目の前の青年をぼやけさせていく。
クリアにならない視界と、ことばを掛けたいのにことばが思い浮かばず、嗚咽のみが溢れる口。
「ごめんね。遅くなっちゃった。泣かないで」
優しく頭を撫でられ、さらに流れる雫と、そんなセシリアを優しく抱き寄せた青年。
「ガゼット」
ようやく口に出せたのは、彼の名前、ただ一言だった。
どうして、なんでここにいるの。
死んだのではなかったの。
なんでそんなに若くなっているの。
そんなことはことばにできなかった。
彼を感じるだけで、精一杯だったのだから。
「うん、ただいま」
彼も一筋涙を流し、二度と離さないとでも言うかのように、彼女をきつく抱きしめた。
近くにいた少年は、始終不思議そうな顔をしていたが、セシリアとガゼットが幸せそうにしているのを見て、なんだか幸せになった。
少年は家に向かって走り出す。
今日の晩御飯はなんだろうか。
説明不足でわかりづらかった方へ、補足。
セティとは、ガゼットが呼んでいたセシリアのあだ名。
ガゼットはセシリアとどうしても結婚したくて、彼女の理想を叶えて結婚を申し込もうとする。
ガゼットくんは16で騎士見習いに、5年目にして戦場で死んでしまい、セシリアとの約束は果たせない。
セシリアは「待ってて」のことばに従順に、だれに求婚されてもガゼットを待つ…彼が乗っていっただろう、そして自分に求婚するときに乗ってくるだろう機関車を眺めて。
そしてある日乗ってきた騎士団長が自分の名を呼んだことで、彼がガゼットだとわかる。
ガゼットは転生、生まれてすぐから騎士団長を目指し20過ぎには騎士団長になる。
セシリアを探し回り、求婚する。
以上。楽しかったです。ありがとうございました。