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心理戦

 サブタイトルを変更しました。


「カーネリアンが感情操作能力の手練れなので、同系統の術者としてあるキャラクターより格上である」ことが伝わりづらいという指摘を受けましたので、当該部分を加筆しました。



「って、うわ! 何で居るんですか!? もしかして生き返ったんですか、それとも師匠は殺しても死なない人間なんですか!?」


 馬鹿を言うな、幾ら出身が別の世界でも、死なない人間なんて横紙破りがそうそう在る訳が……隣に居たな。視界の端で太秦を見やる。種族は違えど、カーネリアンも不死者だ。

 不可逆的に死ねなくなる上に世界を渡れなくなるデメリットもあるので、ムジカと俺自身には太秦に施した術は今のところまだ使っていない。それでも四人居る内の二人が死なない。改めて考えると凄いなこの面子。戦力として理不尽過ぎるだろ。自分のことは棚上げして、そう思ってしまった。

 それにしても、仮にも師匠に向かって何で居るのかとは御挨拶だな、一番弟子のアルティリオ君。


「俺が生きてたら何か困るようなことでもあるのか? そう言えば、亡き・・俺の遺志を継いでくれたんだってな。少し意外だったけれども嬉しいよ。あれだ、師匠冥利に尽きるって奴だな。俺はてっきり君にはあまり慕われていないと思っていたんだが、君も案外、師匠想いの弟子だったんだなあ。ところで俺達の一隊パーティに名前がついたんだって? 何だっけ、英雄親衛隊? 勝手にそんなださい看板を張るのを許した覚えはないけれど、まあまあ。そこに眼を瞑るとすれば、有難い話じゃないか。その英雄さんも今頃喜んでいると思うぞ、草葉の陰とかで」


 お年頃の一番弟子を軽く虐めてみた。弟子は先刻までの自分を振り返り、頭を抱えて恥ずかしがっている。愛い奴め。


「ほらやっぱり生きてた! だから言っただろ、オーギだったら心配することないって!」

 アルティリオにあとから追いついて来た長身の女性、ハティが、からからと笑いながらその少年の背中をはたいた。呻きながら身悶えしていた少年は、突然の衝撃にむせ返った。

「……っずびっ……ぐず。オーギざぁんっ……!」

 そのすぐ後ろで大泣きしている女の子はザリアだ。涙と鼻水で、ちょっと衆目には晒せない顔になっていた。


 さて。再会を喜ぶのも程々にしないとな。俺は眼の前に並居る敵将達に意識を戻した。

 四人の敵将は、憂羅我を斃す為にこの山頂に来ていた俺達と、アルティリオらを合わせた計七人の間に立っている。奇しくも、こちらが挟み撃ちをする形になっていた。


 俺は、集団戦というものは事前の準備が結果の七割近くを左右すると思っている。そして二割が現場での状況判断。残りの一割は運だ。

 だから事前準備が充分ではない、アドリブや運に頼らざるを得なくなってしまうような遭遇戦は本来望ましくない展開だと思う訳だが、さてどうだろう。この状況はむしろ、俺達の側に有利になっていると言っていいのではないだろうか。


 そもそも、俺達にとってこれは勝利を収めた直後に突然始まった二戦めだが、敵にとってのこれは最悪の事態を迎えた撤退戦だろうし、アルティリオ達にとってのこれは既に詰めの段階に入った終盤戦だ。しかも想定外の合流を果たした俺達七人は、今や頭数でも相手を上回っている。

 正直、流石にこの状況からなら負ける要素が見あたらない。一割の運が全部相手の側に回ったとしても勝てるだろう。


 いけるな。と言うより、この機を逃すべきじゃない。

 俺達七人は無言で視線を交わし合い、包囲の輪を狭め始めた。


「……仕方がありません。ここは私が突破口を開きましょう」

 やや逡巡してから、人形の少女が名乗りを上げた。


「良いのですか?□

『私にも生きたいという欲はありますので、決して良くはありませんが。私は換えが利く兵ですから。それに』


 薬伽ヤカの短い問いに、人形の少女が応じた。……何だ? 今、少し視界全体が揺らいだような気がする。心なしか会話も遠くの方から聞こえているような……俺は眉間を軽く押さえた。


 ――いえ、いえいえ。貴方は何の違和も感じませんでした。どうぞそのまま独白めいた現状認識をお続け下さい。どうかお気になさらず――


 人形の少女は藍硝子の入った瞳で、山頂の一角に佇んでいる苔むした小さな岩を見据えた。


 ――言うまでもなくお判りのことでしょうが、あの岩は憂羅我が喪った妹御の墓標ですね。ふふ。やはり感傷という心の弱さは愛おしい。それがたとい、人形のものであったとしても――


『私も壊れるのならここを選びたいです。私達を創って下さった、お嬢様の御許であるここを』


 言うやいなや、人形の少女の掌が二つに割れて、腕に仕込まれていた矢が射ち出された。狙われていたのはザリアだ。

 俺達七人のなかでは唯一、直接戦闘員でない・・・・・・・・ことが敵側にも知れ渡っているザリアに鏃を向けて飛び出した仕込み矢は、しかし近接戦闘を得手とするハティの一閃に叩き落とされた。憂羅我との闘いで辺り一帯に散らばっていた大鉈や十字槍を、いつの間にか拾い上げて隙なく構えている。


『うひゃっ! ……有難うございます、ハティさん』

『なんの。もう少し近くに立っててくれ。あまり離れすぎないように』


 俺達は陣形を組み替えた。飛来する暗器の類を見てから叩き落とせるムジカ、太秦、ハティが矢面に立つ。

 それらしい予備動作が何もない不意討ちだったので少し驚いたが、先刻の射出音は蒸気圧か? なら、再度加圧するまではそう連発出来ない筈だよな。俺は小さく合図を出して、弧状の包囲を更に狭めた。この場で最も階級が高いのは王である太秦だが、この男とムジカは現場で連携したことがなかったので、今は俺が指揮権を持っている。混乱を避ける為に、事前の会議でそう取り決めた。政治的な事情もある。

 だから俺から合図していい。その筈だ……どうもふわふわした現実味のなさを感じているせいで今ひとつ自信を持てないでいるが、多分気のせいだろう。そういうことを気にしてはいけないと、誰かに言われたような覚えがある。

 さておき、俺自身も貴重な魔術師の端くれだ。闘いが終わるまでを、後方でただのんびりと眺めている訳にもいかない。攻撃の合図を出したら、俺もしっかり加勢しないとな。


 ――いいえ、そういう訳には参りません。貴方にはまず私の話し相手をしていただきます。宣言した通りに緊那キンナが拓いて下さった突破口のお陰で、そろそろこちらの用意も終わりますから。つまり貴方という新しい私に、私という真なる貴方が定着し、精神と精神の境が融けて失われる頃合いということです。



 さあさあ貴方もあなたも一万八○○○のいちまんはっせんの私と一つにわたしとひとつになりましょうなりましょう




   ■ ■ ■




 ふと気づけば、俺は大学の講堂に並ぶ長机の一席に座っていた。

 もうすぐ専攻の講義が始まるから、ここで待っていなければならない。確かそう言われていた気がする……一体誰に? 俺は誰も居ない講堂を見回した。他の生徒はまだ集まってきていない。そもそも来るのかどうかすら判らない。それについては何も暗示を受けていないからだ。

 ややあって、黒板脇にある扉から一人の教員が入ってきた。講壇に立ったのは、俺やカンセー、シキの所属ゼミを担任している平坂秤ひらさかはかり教授……ではなく。

 阿多羅刹アタラクシャ六芒征シャッドジットが第三角、意司る薬伽ヤカだった。


「ご静粛に」


 そうだ。講義が始まったら席に座らないといけない。

 俺はつい浮かせかけていた腰を下ろした。


「それで良いのです。さて、この学び舎の外では同僚が貴方のお仲間達に逆襲をしかけていますが、先程も申し上げました通り、貴方には私と一緒にここで大人しくお話をしていていただきます。ああ、ご心配には及びません。事態がこのまま無事に収束すれば、貴方も晴れて私共の一部となり、手足のように何を苦悩する必要もなく生きられるようになりますから。まさしく理想の生き方ですよね」


 俺は薬伽教授のウィットに溢れた冗談に笑って首肯した。

 そんなのは理想じゃないし、生き方でもないだろ。


「別に冗談という訳ではなかったのですがね。まあ構いませんが。では、私と貴方のこうした差異が完全に均されて失くなるまでの間、貴方の精神分析でもいたしましょうか。これがなかなか興味深い程に愛おしく、同時にまた厭おしいのですよ」

「何も学問的な話をしようというのではありません。あくまで貴方という特殊な一個人に対象を絞ったお話です。普遍性はありません。どうかお気軽にご清聴下さい」

「貴方に固有の特殊性と言えば、やはり封印術の影響による歪な心理構造でしょう。内なる義務感だけ・・を理由に、己が身命を賭け皿に載せたまま尚動き続けている、その厭おしいまでの強さ。一方で、ご自身ではどうにもならなかったような過去の所業を理由に、余人には最早どうしようもないであろう後悔に囚われ続けている、愛おしい程の弱さ。これらは実は表裏一体です。強すぎる義務感が後悔の念を生み、弱々しい後悔が義務を感じさせている。貴方はこの私のことを怪物のように思っているようですが、そのこと自体は別に否定しませんし構わないのですが、私に言わせれば貴方こそ真なる怪物ですとも。突き詰めれば喜びも希望も必要としていない、精神の、義務感情の、使命の怪物。ぽっかりと大口を開けた後悔の塊です。一万八○○○の精神を呑み込んでいる、私から見ても少々異様という他ありません」

「無論、この場合に言う義務感情や後悔は、外界から貴方という人物に与えられている義務や責任の概念とは全く無関係です。私は今、貴方の内面に限った話だけをしています。言うまでもありませんが」

「そして、その歪な心理構造は、貴方ご自身が自らに施した封印術に起因しています。それが始まりであり、今もそれに支えられている。義務感情や後悔の念が大きいと言うより、貴方にはそれしか残されていないのですね。他の要素が概ね封じられてしまっている」

「これも僥倖と言うべきでしょうか、封印は可逆的なものであり、直前に緩められてもいましたから。意司るこの私にも干渉の余地がありました。意はこころ。阿多羅刹軍きっての精神魔術師と認められている不肖の私めではありますが、仮に封印が全きものであれば、このような場でお目通り敵うことも能わなかったでしょう。とは言え、未だ強固に封じられている領域については、私にもその内実を窺い知ることは出来ません。ええ、本当に見えておりませんとも」

「感情だけでなく、記憶の一部にも封印をかけたようですね。おや、その事実自体もお忘れですか。それでは何に関する記憶が封じ込められているのかも、見当がつきませんね」


 質問があるんだが、良いか。薬伽教授。

 俺はふらふらと挙手をして尋ねた。静粛にと言われたが、これくらいなら問題ないだろう。断られたとしても、それだけの話だ。


「はい、どうぞ。私も貴方からの質問には興味があります。何でも仰って下さい」


 俺は太秦のおっさんを、恨んではいないのだろうか。

 折角の機会なので、俺は内心ずっと思っていたことをつれづれに問うた。

 勿論今では俺もあのおっさんを仲間の一人として認めているつもりでいる。元はおっさんが寄越した監視役だったムジカのことも本物の弟子だと思っているし、他の奴らのことも、この異世界そのものを見て回るのも好きだ。だからこそ違和感が拭えない。普通ならだ、ベインヴェルベータに較べたら一○○倍マシな待遇だったとは言え、自分を突然戦場に連れ出して戦わせた奴のことなんか、恨みに思って然るべきだろ。俺は異世界ダルファニールとそこに在るもの達を愛しているような振りをして、心の底では本当のところ憎んでいるんじゃないのか。自分の心を自分で弄り過ぎたせいで、そういう疑念が棄て切れないんだ。


「ウズマサ王陛下ですか。あれはあれで、愛国心の化物めいていますよね。国の為であれば何にでも手を出す。国の為となれば何をするのも躊躇わない。本人は躊躇している気でいるかもしれませんが、結局は誘拐だろうと戦争だろうとやり遂げてしまう。しかもその責任を、独善的と言えるまでに他者に転嫁しない。厭おしい強さです。政に携わる者としては便利な性質でしょうし、それで正しいのでしょうけれども、貴方の記憶によればそもそもあの王のご出身は獣人王国ではない筈なのですが。祖国を実質的に喪ったことによる代償行為でしょうか」

「例を挙げるとすれば、この山を登り始める前の一件でしょう。自分自身が不死になったと聞かされたからと言って、平均的な感覚を持つ世の人々がその事実をすぐに確かめられると、貴方は思いますか? 色々試してみたと言うことは、試しに・・・死んでみた・・・・・ということですよ。何をしても二度と死なないという貴方の言葉を心から信じていたとしても、そこまでするものでしょうか? けれどもあの御仁はそれをやってみせたのです。国益に繋がり得るからという、ただそれだけの動機で」

「まあそのことは一旦措くといたしましょう。ご質問に結論から答えますと、貴方の心の内にウズマサ王陛下に対する恨みの感情は見当たりません。但しこれは、不肖の私からも見えている範囲での話です。封印が緩められていない不可視領域に関してはその限りでなく、それらの領域を解放し終えた場合の貴方がウズマサ王陛下をどう思うかについては、私には何ごとも断言しかねます」

「本当に恨みの感情を持っていないと仮定して、その理由ですか? あのですね。精神とは、心とは、そんな風に総てを筋道立てて論理的に説明し切れるものではないのですよ。そもそも筋道もなければ論理的でもないものですから。貴方もご存知の筈です。判別出来る部分のみを言語化して、判らない部分は判らないままに、黙して語らざるのが真に誠実な態度だと、私は思っております。大体、判らないままにしておいた方が貴方ご自身にとっても実は都合が良いのではないですか?」

「少しく言葉が過ぎましたね。失礼いたしました。判る部分だけをあえて語るとすれば、二つの世界で貴方が得た、あくまで自主的な判断の推奨と、明確な強制という対極の経験が、ひとは己自身の判断によって闘うべきだという貴方の価値観を醸成したという点です。闘いに限らず、ひとは誰しも己自身の選択に基づいて生きるべきだ。自らの意思でそれを選んだならば、死の危険さえ大した問題ではない。実際、そう思っておいでなのでしょう?」


 そうだな。逆に、ひとは誰かに強制されて闘うべきじゃないし、強制すべきでもない。

 そう答えた丁度その瞬間、講堂の窓硝子が派手に割れた音がした。精神操作の専門家がもう一人、俺の精神世界に跳び込んできた音だった。

 時間を稼いだ甲斐があったな。




   ■ ■ ■




「やれやれ。まさかぬしの封印を緩めた代償を、妾が支払わされることになるとは思わなんだわ。これが伽物語なら、伏線の回収が早すぎて味気ないと侍従に文句を言っておったところじゃぞ。まあ、斯様にぬしの護りが緩められていたからこそ、妾もまたぬしらに側面から干渉し得た訳じゃが」


 錐揉み回転を加えながら空中で姿勢を完璧に制御し、長机の一つに片足で綺麗に着地したのは、言わずと知れた元女王、カーネリアン・フランベルジュラック・ベインヴェルジュライトだった。何故か大正時代の女学生のような装いを纏っている。

 俺の封印を解く過程で必然的に出来た、一種のバックドアを通ってきたという訳か。それにしてもその袴は何処でどうやって手に入れたんだ。


「うるさいわい。学び舎に関わる者の他はこの空間に立ち入れぬと、無意識の内にぬしがそう定めておったのじゃ。難儀な思い込みをしよって。無論、根本的に悪いのはぬしの有意識を奪いよったそこにおる忌々しい男じゃが。ぬしもぬしじゃ。簡単に呑み込まれた挙句、斯様な青白いうらなり男に好き勝手言われおって。それでも妾を倒した元、宿敵か。大体妾はな、ぬしが詰まらぬことをいつまでもうじうじと悩んでおったのが気に入らなかったんじゃ。帰ってその性根を叩き直してくれる。となれば、さっさと出口を拵えるぞ。外界は絶賛戦闘中じゃ。他の者も待たせておる」


 言って、カーネリアンはほぼ無尽蔵とも言える魔力を放出し始めた。灼熱の歓喜。


「いえ、お待ち下さい。あまりご無体を仰られては困ります。私共とアダシノ氏の精神の全き融合には、今しばらく時間がかかるのですよ」


 当然、薬伽が引き留めた。魔族特有の青い肌にやや細長い立ち姿は、なるほど収穫期に間に合わなかった瓜のように見えなくもない。


「勝手はそのほうじゃと言うに。構うなぬしよ、何を大人しく座り直そうとしておるんじゃ。しっかりせい。性根を直す前に脱洗脳も必要じゃな、この様子では。ほんに手のかかる男よ。ほれ、妾の魔力を一度封印して、そのまま妾自身に投げ返すのじゃ。さすれば妾が増幅した差分が上乗せされて、一巡ごとに総量が元より増えゆく筈じゃ……そうじゃ、なかなか巧いぞ。やはり妾の見立ては正しかったわ」


 薬伽が講壇を降りて、こちらに向かってきた。カーネリアンにも精神魔術をしかける気なのだろう。今や俺にも、精神と精神の接続によって、薬伽の思考していることが何とはなしに読み取れるようになってきている。

 だが、こうしてカーネリアンの介入を許してしまった時点で、薬伽の行動は完全に手遅れだし、何もかも無駄な足掻きだ。この二人では如何せん能力の相性が良すぎる。何しろ、カーネリアンの方が同じ精神操作の・・・・・・・使い手・・・として・・・遥か格上・・・・なのだ・・・。もっとも、カーネリアンの能力は厳密に言えば感情の操作なので、薬伽と全く同じように他人を操ることが出来る訳ではないだろうが……この二人が力競べをすれば、どちらが勝つかは俺にだって判る。薬伽はどうせカーネリアンと戦うことになるなら、彼女が来る前に俺を呑み降してしまうべきだった。そう出来なかった時点で、遅きに失している。


「そのほうでは妾の相手にならんわ。疾く失せよ」


 ここに至って初めて薬伽をまともに一瞥したカーネリアンが、鎧袖一触にその男の抵抗を撥ね退けた。壁際まで吹き飛ばされ、黒板に叩きつけられた薬伽が沈黙した。

 この結晶生命体の元女王には、自身にとって重要と見なした人物以外を碌に認識していない節がある。種族が異なっている故に、個人の識別そのものが上手く出来ないのかも知れない。

 俺も同じ種類の猫とか、全然見分けがつかないからな。よく知らん外国のスポーツチームは同じ選手が三人くらい居るように見えるし、竜鱗族の里に入ったときにはその手の問題でかなり困った覚えがある。


 カーネリアンが放出した魔力を、俺が封印術で吸収し、また放出する。減衰なく返ってきた魔力の支援を受けた彼女が、自身の最大出力を少しだけ強化し、魔力の総量を僅かに底上げして、また放出する。吸って吐き出すその繰り返しによって、俺達が一度にやり取りしている魔力は、かたい蛇口の栓を捻ったときのように徐々に増えていった。音響機器のハウリングとよく似た原理だ。そうだな、この技の運用法は『灼熱の反響』とでも呼ぶことにしよう。


 膨張した魔力は程なくして俺の精神が創り出していた仮想の講堂を満たし、殆ど閉じていたその空間に大きく罅を入れた。つまりそれが、外界へと繋がる出口だ。




   ■ ■ ■




 眼を開けると、そこには意外な光景が広がっていた。

 まず、俺の意識が戻ったのを確認して、一仕事終えたという表情を浮かべているカーネリアン。これは別に構わない。その背後では、魔力切れを起こして気を失いかけているらしいアルティリオの肩を太秦が支えている。そして油断なく拳を構えているムジカの足元には、五体をばらばらに四散させた人形の少女、緊那が転がっていた。

 一番理解しがたいのはこの次だ。俺達が居る山頂よりも遥かに遠い上空を、見覚えのある竜の巨躰が飛んでいた。いや、見覚えがあったのはその巨大さだけだ。俺には、骸のまま・・・・動き続ける・・・・・死竜に・・・成り果てた・・・・・知り合いなど・・・・・・居ない・・・。その筈だった。


「お爺様! 待て! 絶対に赦さない……!」

「ハティさん! 駄目ですようっ、ちゃんと怪我の手当てをしないとっ……!」


 飛び去ってゆく死竜に、ハティが追い縋ろうとしていた。いつになく心の余裕を失ったような仲間のその姿を、更にザリアが追いかけてゆく。

 よく見れば、巨大な死竜の背には、ぐったりと昏倒している薬伽の首根っこを掴んだ託宣の巫女と、もう一人居た魔族の男が騎乗していた。徐々に小さくなっていった三人と一頭の影は、すぐに雲の狭間に呑まれて見えなくなった。


 え、何だこれ。今どういう展開になってるんだ?



――私自身の能力解除が間に合わなかったばかりに、こんな何処とも知れない空間の片隅にまで追いやられてしまいましたか。仕方がありません。しばらくの間はここで大人しくしていましょう――


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