挿話:花札/エクストリーム百人一首/ワードウルフ
◆花札と百人一首◆
「この絵札は何じゃ?」
そう言ってカーネリアンが店内の棚から取り出したのは、デジタルゲームでも有名な京都の会社が出している花札のセットだった。
「……なるほど、札遊びの類か」
「駆け引きを本格的に楽しむならまず上がり手を覚えておく必要があるから、今の俺達には向かないな」
「いや、妾達結晶生命体はもの覚えのよい方じゃ。それが証拠にほれ、今も翻訳魔術を切ってぬしらの言葉で語っておる」
「そうなの? それじゃ花札だけじゃなくて、こっちの遊びもやってみる?」
十二単を着た女性が描かれた、隣の箱を指差してシキが言った。言わずと知れた百人一首かるただ。
俺とカンセーが知っている花札のルールは二人対戦のこいこいだけだから、五人全員で同時に遊べるようなルールを選んだ場合、経験者がシキ一人だけになってしまう。その辺りの不都合を気にしているのかもしれない。
「何でもよいが、ぬしらの懐具合には差し障らんのか」
「大丈夫だよ。こういうこともあると思って多めに持ってきてるから」
「ならばまずは花札とやらじゃな。あとで妾の身体を少し砕いてやろう。こちらの世では、欠片といえど色よい値で売れるのじゃろう?」
「むしろそっちの方が大丈夫なの?」
■ ■ ■
「よし、気を取り直して百人一首をやろう」
先刻の花札は酷かった。伊達に江戸の昔から賭博として規制されていない。この場には負けず嫌いが揃っていると始める前から判っていたのだから、せめて煽り発言を控えるようにあらかじめ申し合わせておくべきだった。
勝敗そのものは六ヶ月ずつの総当り戦で順当にシキが一位だった。観戦している内に九月の重要性や四月と五月の微妙さにいち早く気づいたカーネリアンが二位。実は黄鐘家に滞在していたときに手ほどきを受けていたムジカも、意外に太い豪運を見せて健闘し、三位にまで食いついた。その次がカンセーで最下位は俺。
特に盛りあがった場面を以下に抜粋する。
(手札に酒盃と三月、場に九月と垂幕。先攻も取れたし、流石にこれは勝っただろ。ほぼ最速で上がれるな)
「垂幕をもらおう」
「そうか。もし酒盃がめくれれば『花見で一杯』だな……めくってくれ」
(いや酒盃は既に握っているから、山札からめくれる可能性はもうないんだが)
「短冊だな。捨札だ」
「そうか……それなら済まんが俺の勝ちにさせてもらおう。『手四』だ」
「は?」
「こういう展開は興醒めかと思って、初手で『一杯』を揃えられたときにはそのまま片づけるつもりだったんだが……揃わなかったのなら仕方ないよな」
「何じゃ? つまりどうなったのじゃ」
「知っているであります! カンセー殿は時折こういうことをなさると、師匠から聞いておりました! 舐めプ、であります! なるほど! これが舐めプというものでありますか!」
「そうだよ、ムジカちゃん」
「やめろ」
「師匠のほっぺが強ばっておられます! 効果てきめんでありますね!」
「やめろ。本当に申し訳ないと思ってるんだ」
「そういう台詞を真顔で言えるんだから凄いよね、カンセー君は」
「違うと言ってるだろう」
「それ、ポン! 月はもらうよ!」
「ポンとは何じゃ?」
「あ、気にしないで」
「ふむ。何であれ、今の一手で『五光』から『三光』までに加えて『月見』をも封じられた形になるか」
「そうだね。『猪鹿蝶』と『赤短』も一枚ずつ私が押さえてるし、今月だけで五点以上取り返すのはもう厳しいんじゃない?」
「どうじゃろうな。短冊札ならまだ残っておるしの。ほれ、丁度出てきおった」
「本当だ、でもちょっと惜しいね。これがもし青い短冊だったら次の次くらいの手番で負けてたかも」
「いいや? 赤くも青くもない、この短冊じゃからこそ勝ちうる手段が、まだあるじゃろ」
「……『タン』で流すの? それだと点数が足りないよ?」
「この男がおれば、流す必要もないわ」
「……え~、握られてたのか」
「『雨入り四光』じゃ。七点じゃと申したよな?」
「七点以上だから実質的には倍額だね……逆転されちゃったなあ」
「それも、どうじゃろうな。この点差ならばまだ判らんぞ? さあ六月を始めようぞ。さあ」
「楽しそうだな」
「うむ。この遊びは佳いな。季節の移ろいようを模しておるところも、なかなかに風雅じゃ」
■ ■ ■
「まずはかるたのルール説明からだな」
と言っても、百人一首かるたの基本的な部分は花札よりずっと簡単だ。取り札を並べたり読み札を切り混ぜたりしてる内に説明が終わった。
「異世界組は今回も手ごころなしで出来そうか?」
「妾のことならば仔細ない。読み札を切り混ぜた際に全て覚えた」
「……覚えた!? 百首全部をか」
「ムジカとやらはどうじゃ」
「流石に自分はまだ三つ程しか。ですがまあ、何とかやってみるであります」
やや見切り発車気味に卓上の取り札を四人で囲みつつ、百人一首が始まった。最初の読み手はシキで、以降は輪番制ということになっている。
「忘らるる」
……よく覚えてない奴が初手に来たな。カンセーもどうやら似たような状況らしく、まだ動けていない。
「身をば思わず」
ここまで聴いてカーネリアンが動き出した。百首全てを既に覚えたという言葉は、伊達でもはったりでもなかったらしい。
「誓いてし」
ぱん。
下の句を先に押さえたのは、しかしムジカの掌だった。周りにあった数枚の取り札が風圧で少しズレていた。
おっこいつ、さてはカーネリアンの視線を追って、反射速度と身体能力にものを言わせて先取りしたな? そうか、花札と違ってかるた勝負はそういうフィジカルで補える要素がある訳か。なるほどな?
愛弟子の自由な発想にヒントを得てしまった俺は、シキやカーネリアンの視線を読みながら、ムジカと札を奪いあう形で得点を重ねていった。
カーネリアンも「最初の一節を聴き終えるまで行儀よく待っている必要は全くなく、むしろ一文字めから動いても構わない」「対戦相手に視線や掌の動きを読まれるのなら、最初にフェイントをかければいい」という定石にすぐ気づいたらしく、俺とムジカにお手つきをさせてから正しい札を取っていくというプレイングで真っ当にシキと競いあっていた。能力による精神干渉は主旨に反するという理由で自粛したらしい。
終盤は、シキとカーネリアンのフェイントを無視して最速で狙った札に手を伸ばしたカンセーが、残りの半分近くをさらっていって、畢竟全ての札が盤面からなくなった。
結果。カーネリアンとムジカが同率一位。シキが二位で、俺とカンセーが同率三位だった。いずれも僅差で、誰が勝っていてもおかしくない、いい勝負だった。
◆ワードウルフ◆
「次は何をしようか。まだ少し時間はあるよな」
「丁度この両腕があたたまってきたところであります。次こそは是非一位をいただきたく」
「製紙産業……それに印刷技術と、付帯的な識字率の向上か。娯楽の普及と文明の発達は表裏一体じゃな。ふむ……」
「悪い、俺は先に帰る。鍋の買出しと仕込みを済ませておきたい」
「ああ、その方がいいかもね。このままだとお互い、鉢合わせしそうだから」
「何だって?」
「いや、何でもないよ」
「なるべくシンプルなゲームの方が遊びやすいよな。ならこれにするか」
そのとき俺が選んだのは、初心者向けワードウルフの補助キットだった。いわゆる人狼系の犯人当てゲームだ。本家人狼と違って特殊な配役の概念がない代わりに、ゲーム開始時の人狼自身が人狼としての自覚を持たないという、一風変わった特徴がある。
「配られたカードに書いてある言葉は読んだな? 待て、内容までは言うなムジカ。カードも伏せておけ」
開始前からひやっとさせられたわ。これは期待通り場を荒らしてくれそうだな。
「説明した通り、俺から順に時計回りでカードに書かれたお題について一言ずつコメントしていく。二周したら『他の三人とは違うお題を渡された唯一の人狼』を推理して全員で投票する。票数が一番多かった一人が人狼なら人間側の勝利、外れていれば人狼の勝利だ。自分のお題が他の三人と違うことに気づいたら巧く誤魔化して潜伏しろ。質問は?」
「挙手であります!」
「ムジカ」
「何故、狼型獣人を見つけ出す必要があるのでしょうか?」
「それは答えにくい質問だな……」
そういう種族が実際にいる異世界の出身者に、政治的問題を生まないよう説明するには難しい話題だ。
■ ■ ■
ともあれ、まずは一回戦の一周め。
「俺からだ。そうだな、とりあえず食べものだ」
カードを伏せながら配ったので、他の三人がどんなお題を受け取っているのかは俺にも判らない。序盤は無難に曖昧なコメントだけに留めるべきだろう。
「まあ、妾達はぬしらのように炭素化合物を食わぬがな。では、どちらが先に在ったか判らぬもの、というのはどうじゃ」
「いきなり踏み込んだね。それなら……大抵、色は白いよね?」
「こちらではそういうものでありますか? 野生の場合は色々でありますよね?」
俺に配られたカードに書かれているお題は「たまご」だった。
平仮名の日本語にたまごのイラストが添えられている。白い殻に罅が入って、そこから黄色いくちばしの先が覗いている絵だ。これならカーネリアンとムジカの異世界組にも伝わっているだろう。二人が同じカードを受け取っていると仮定すれば、だが。
俺だけが「たまご」のカードを受け取っていて、残りの全員が何か違うお題について話しているという可能性もまだある。つまり実は俺自身が人狼だったというパターンだ。とは言え、もう少し手がかりが出てこなければその可能性を確かめることも出来ないので、二周めはもう少し攻めてみるべきか。
「二周めだな。空を飛ぶようになるもの、と言っておこうか」
「うむ。どうやらぬしとは同じ言葉を渡されておるようじゃな。その手触りが妾達の如きもの、じゃ」
「シルエットは大体丸っこい、っていうのはどうかな。合ってる?」
「最後でありますな。ここは思い切って。飛竜も大事に育てるもの!」
投票は三分後ということになった。それまでは、誰が違うお題について話していたのかという推理の時間だ。ゲームの性質上この時間に他のプレイヤーと相談することは出来ない。
まず、カーネリアンのお題は俺と同じ「たまご」でほぼ確定だろう。最初の発言は「たまごが先かにわとりが先か」というヒントで、手触りが硬いのはどう考えてもたまごの方だからだ。これだけで俺やカーネリアンが人狼という線はなくなる。ただ、なまじ俺達二人が判りやすかっただけに、人狼にも潜伏を許してしまったような気がする。自覚のない人狼が失言してくれれば、それが最も簡単なゲームの終わり方なのだ。
四人のプレイヤーが同時に他のプレイヤー一人に投票し、開票した。
俺はシキに。
カーネリアンはシキに。
シキはカーネリアンに。
ムジカは俺に。
多少ばらけたが、得票数最多はシキという結果だった。これで人狼がシキなら他のプレイヤー三人の勝利だ。
人狼経験者には言うまでもないことだが、自薦は当然ながら意味がない。本当に自分が人狼なら、自分に入れられる票を増やしても勝ちが遠ざかるだけだからな。
次にお題の発表。先刻と同じ順番でカードを裏返していく。
「たまごだ」
「たまごじゃな」
「にわとり。あ~あ、私の負けだね」
「たまごでありました。察するににわとりと言いますのは、この世界にいる鳥の一種でありますか」
「やっぱり私だったのかあ……一縷の望みをかけてカーネリアンちゃんに入れたんだけどなあ」
「どうしてカーネリアンを選んだんだ? 俺やムジカじゃ駄目な理由があったのか?」
「え、だって竜が家畜を育てるかどうかなんて知らないし……にわとりって、しばらく外で放し飼いにしていたら結構飛べるようになるらしいよ」
「そうなのか」
「二周めでカーネリアンちゃんのお題が私と違うっていうことには気づけたから、自分自身はどうとでも解釈出来る答え方を心がけたんだけどね。ムジカちゃんはどうしてお父さんが怪しいって思ったの?」
「シキ殿との二択に悩みはしたのでありますが。この絵がもし地を這う蜥蜴のたまごでありましたら、空を飛ぶようにはならないのであります。たまごというお題のヒントとしては少々不親切であります。また、鳥だけが空を飛べるという訳でもないのであります。ですので、師匠のお題は何か別のものかもしれないとも考えておりました。例えば蜂のさなぎとか」
「なるほど? 野営地ではさなぎの唐揚げ食べてた兵士もいたもんな。いやでも流石にさなぎの絵見て真っ先に食べものだって言葉は出てこねえよ」
こういう感想戦も、ワードウルフの楽しみ方なんだよな。
■ ■ ■
「それじゃ今度は私からだね。まずは……私の好きなもの」
「穏当でありますな。自分は逆にあまり好みません」
個人的な感想って、ぼろが出にくいんだよな。人狼を炙り出すのにも向かないんだけども。
二戦めで俺に渡されたお題は「山」だった。お題は対になるものや似ているもの同士を選んだ方が面白いゲームになりやすいから、俺から見た敵の側が持っているのは「谷」とか「尖塔」とか、多分そんなところだろう。
「どうせなら高いところまで登った方が、眺めがいいよな?」
「ふむ。時季によってその色を変えるもの、としようかの」
ここまでが一周め。
「解放的になる」
「冬よりは夏向き、でありましょうな」
山で解放的に? 何だか少し胡乱な気もするが、まあ判らなくもないか。
ムジカの方は雪山にいい印象がないんだろう。猫科はウィンタースポーツとか、やっぱり苦手そうだもんな。
「この場の全員、行ったことはあるよな?」
「なるほど、ではとどめじゃ。妾は泳げぬし、泳いだ試しもない」
あっ。
完全にしくじった。人狼は俺だったんだな。
今回は三人が三人とも、迷わず俺に投票していた。
「そういう訳で、私のお題は海だね~」
「海であります」
「山だ……なら一周めからもうバレてたんだな」
「まあそういうことじゃな。あとは他の三人が仲間か否かという答あわせよ」
今日の戦績はあまり振るわなかったが、それでも結構楽しかった。
ワードウルフは一戦当たりの長さを二周でなく三周にするのが適切だったかもしれない。
出題者一人と筆記用具があれば自由にお題を設定することも出来るし、今度遊ぶときにはもっと大人数でやってみるのもいいだろうな。
日常パートです。めっちゃ書きやすい……シーンがどんどん進む……!
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