開封
「何してくれとるんじゃ、と言いたいところじゃがな、ぬし。他でもない妾からすれば、むしろこれで良かったのかも知れん。ぬしのお陰で、妾は己を慕う身内や臣下を選別するなんぞという、残酷な真似をせずとも済んだのじゃからな。流石に礼まで言う気にはなれんがの。かくなる上は籤引きじゃ。その果てに妾の思惑が外れようと外れまいと、妾はもはや何も言うまい」
じゃから無論、ぬしも誰が引き当てられようと文句はあるまいな、と言わんばかりの眼で、カーネリアンはじっとりと俺を睨んだ。
まあ、仕方ないだろう。俺のせいでこうなってしまった以上は。そもそも、彼女の妹や部下を封印したのもこの俺だ。元より口出し出来るような筋合いがあるとは思っていない。
考えてみれば、六振りの刀剣を、ひいてはそれらの内に封印している結晶生命体達を、手狭な物置部屋のど真んなかで解放しようとしたのは全く迂闊と言う他になかった。
先刻のような不慮の事故が起きる危険性があるだけでなく、解放した結晶生命体の誰かが、かつて敵同士だった俺の姿を認めていきなり暴れ出す、という可能性もあったからだ。カーネリアンの制止が間に合えばそれで良いが、オブシディアン辺りはその制止を振り切ってこちらへの一撃を繰り出しかねない瞬発力を持っている。もし実際にそうなっていたら、俺自身はともかくシキやカンセーは危なかったかもしれない。ヘリオドールを解放した場合も修羅場になっていただろう。
そういう訳で、俺とカーネリアンは一旦物置部屋を出て、隣室に移動することにした。人形の少女にも手足の修理が終わった直後の脱走や敵対行動を目論んでいそうな危うさはあるが、流石に武装さえ渡さなければシキ一人でも対応出来るだろう。念の為シキに小声で注意を促しておく。
「油断するなよ。そいつは俺達の話に興味がない振りをして、先刻からこっそり耳をそばだててるかも知れないぞ」
「判ってるよ。それに、この子の特技が仲間の点検整備や修理だけっていう先刻の話も、多分だけど、意図的な過小報告だよね。真に受けるつもりはないよ」
仕込み武装による最低限の戦闘能力があったとは言え、少女の機能がもし本当にその程度のものだけだったとしたら、敵将達がわざわざ彼女を同伴して逃げ延びていたのはどうにも不自然だ。同型の頭数を揃えるならともかく、単独の彼女では、太秦が昔言っていたような「殲滅者」にも「刺客」にもなれそうにない。
この世界の戦争は、突き詰めれば三種類の戦力のぶつけ合いだ。「大軍」と「殲滅者」と「刺客」。これらは兵種とはまた違う、戦略上の役割に応じた分類で、強力な固有魔術が幅を利かせるこの世界独特の概念だ。互いに三すくみの関係になっている。
「大軍」には特に何の説明も要らない、歩兵隊や騎馬隊のような通常戦力だ。下位の魔術師も大抵はこのなかに含まれている。「殲滅者」は一対多の戦闘に秀でた、生ける兵器だ。特異な才能を持つ強力な魔術師を指している場合が多いが、種族的な特徴だけでその座についている生来の強者共もいる。「刺客」は一対一、または寡対寡の直接戦闘に打ち克つことに特化している。武闘派や戦闘狂の印象が強い。
「大軍」を相手取るのではなく、戦場に居る「殲滅者」を見出して暗殺するのが主な「刺客」の役割だ。そして「大軍」の役割は「刺客」を討ち取ることで、その「大軍」を一掃する為に「殲滅者」が存在している。実際の相性差もそのままだ。元々そういう三すくみを持つ者達に名前をつけてそんな風に運用しているだけなのだから、当然と言えば当然なのだが。
装甲車の戦列を焼き払う為の爆撃機が「殲滅者」だとすれば「刺客」はそれを撃ち落とす戦闘機のようなものだと捉えてくれればそれでいい。そしてその装甲車の列は、対地攻撃の手段を持たない戦闘機を先んじて撃ち落とすことが出来る。それが「大軍」の利点であり、運用法ということになる。
判りやすくしたようで、かえって判りにくい喩えだったな、今のは。済まんが忘れてくれ。
俺やムジカは典型的な「刺客」だ。太秦も強力な剣士という意味では「刺客」だが、昨日の闘いぶりを見た限り、不死という新たな特性を得たことで「殲滅者」としての適性をも手に入れつつあるように思える。敵将のなかでは、憂羅我が「刺客」寄りの「殲滅者」で、薬伽が純正の「殲滅者」に当たるのだろう。もっとも、彼らが操る屍躰や傀儡の数を考慮に入れるならば「大軍」として分類すべきだとも言える。
何にせよ、人形の少女はそのどれにも当て嵌まらない。強いて言えば「大軍」の一人か下級の「刺客」ということになるだろうが、それにしても中途半端に過ぎる。
人形の少女には本人がまだ隠し通している機能があるのかもしれない。俺は物置部屋を出る前にもう一度、人形の少女を見た。眼が合ったのはほんの一瞬だけだった。
■ ■ ■
「……はっ! ここは! 何処の小部屋かは判然としませんが、もしや、いえ見たところ紛れもなく封印の外! そして眼の前に坐します貴方様は! そのお懐かしいお顔は忘れもいたしません、このヘリオの王子様ではございませんか! しかし解せませんね、ヘリオは貴方様の愛の鎖を受け容れて、貴方様がその短い命を終えるまで二度と解放されることなく、籠の鳥として生かされ続けるものと覚悟していた筈なのですが! ……!! もしや、いえ仰らないで下さいませ! みなまで言わずとも、貴方様のお気持はヘリオにも伝わってまいりました! 漸くヘリオの愛に応えて下さる気になったのですね! 何と素晴らしいことでしょう! このヘリオ! 他種族の生態研究を始めて一二○年にもなりますが、これ程に嬉しく、幸福を感じられた日はございません! 肉ある者への好きが昂じて、逆に同族には少々距離を置かれることになってしまいましたが、それだけの甲斐があったと言うものです! ええ、今更そんなことに構うものですか! さあ! それではヘリオと、肉ある者同士の間で行われるという熱いベーゼを! そして今日という今日こそ、肉ある者の生殖活動をヘリオに見せて下さいませ! いえ、やはり暫くお待ち下さいませ、只今、記録を撮る用意をいたしますので!」
飛び出てきたヘリオドールに封印をかけ直した。逆再生をかけたような動きで、ヘリオドールが元の刀剣に吸い込まれていった。
カーネリアンが低い声で唸る。
「おい。誰を引き当てようと文句は言わん筈じゃろ」
「しょうがないだろ。カーネリアンこそ、最初に解放するのが今のあれで良いのか?」
「妾は別段構わんが、あやつのほうは妾など眼もくれておらんかったのう……ええい、仕方あるまい。引き直しを許してつかわす。これ限りじゃからな」
憂羅我を倒す前から思ってたが、意外と押しに弱いな、この元女王は。その御言葉に甘えて、別の一振りを選んでやり直すことにする。
ヘリオドールが入っていた刀剣に目立つ色の印をつけておくのも忘れない。あいつ自身と同じ黄色で良いか。そうしておけば流石に他のと間違えて開けることもないだろう。
さて、もう一度だ。
「わたくしの眠りを妨げるは何者ですかあ……? 嗚呼。肉ある者の英雄。そなたですか。何かわたくしに用事でも? なければもう一眠りいたしますので。元通り。剣の内的空間に戻していただけませんかあ。ええ。是非に」
欠伸を噛み殺すような声とともに顕れたのは、ヴェルジュライト族の最大戦力にして、長たるカーネリアンの妹御。不動の要塞、漆黒の箱入り娘。オニキス・フランベルジュラック・ベインヴェルジュライトだった。
今度こそ大当たりだ。戦力としても、安全性という意味でも。
「おお、妹よ!」
カーネリアンがオニキスの黒い体躯に飛びついた。オニキスの方にはそう大した感慨もないらしく、鬱陶しそうな素振りを隠そうともしない。しばらくは姉に入眠を許してもらえそうにない自分の未来を察して、むしろ渋面を作っていた。
ははあ。封印術で閉じ込められたのを幸いに、望むがままの引き篭もり生活を謳歌していたな、この妹君は。かつて王城の一室で相見えた直後に、闘わずして降伏してきたときから、何も変わっていないようだ。
■ ■ ■
「次は誰が出るかのう。これはこれで楽しみじゃのう」
「よっしゃ。さくっともう一振り開けてみるか」
「わたくしもせめて道連れが欲しいのです……出来ればわたくしの身代わりになり得るような。優秀な者が良いのです。鬱々」
カーネリアンがオニキスにこれまでの経緯を一通り説明し、しかしどんなに脚色しても明らかに興味なさげな様子の妹に、幾ぶんか肩を落としながら話を切り上げて。
俺達はさっさと次のヴェルジュライト族解放に取りかかることにした。
オニキスが適当にかき混ぜ、カーネリアンが眼を瞑ったまま選んだ一本に、俺が術の解除を施す。
大がかりな術なので本当は少しばかり時間がかかっているのだが、細かいことは今は省いておこう。
術の解除が終わって姿を見せたのは、オニキスと同じ黒一色の結晶生命体だった。
全身が顕現するとほぼ同時に、裂帛の蹴りが飛んでくる。やはりと言うべきか、カーネリアンの制止は間に合わなかった。
王国の暗部にして、腹心の懐刀。ヴェルジュライト族で唯一の、近接格闘を得意としている変異個体。王妹オニキスの影武者、オブシディアンだ。
風鳴りと共に飛んできた蹴りを咄嗟に取り上げた刀剣の鞘でいなしたが、オブシディアンの動きは止まらない。流れるような連撃が空を斬り、床板や調度品を掠めて小さく削りとった。硬質な彼女の手足は、それそのものが充分な切断力を有している。直接身に受ければ、ただでは済まない。
「よさんかオブシディアン。ほれ、妹よ」
「はあ。『圧倒する虚脱』」
割って入ったオニキスの固有能力が、オブシディアンの身体を足元の床に叩きつけ、しっかりと縫い留めた。
『圧倒する虚脱』。その正体は、気力や活力などと呼ぶべき感情の強制的な剥奪だ。オニキスにそうした力の源泉をごっそりと抜きとられた者は、誰であれ暫くは指一本すらも動かすことが出来なくなる。いや、動かす気をそもそも起こせなくなる、と言った方がより正しいだろうか。オブシディアンもその例外ではないらしく、ただ虚空を見上げて呆けたように寝転がっている。
「オブシディアンよ、久しいな。じゃが、よもや妾の顔を見忘れた訳ではあるまい」
「……女王、様」
オブシディアンはそこで初めて、緩慢な動作で、自らが仕える姉妹と眼を合わせた。やがてその眼に、珠玉のような涙が浮かび始める。結晶生命体も泣くときには泣くのだ。例えば、一心に無事を祈っていた相手が、思いのほか健在な姿ですぐ傍に立っていた場合なんかには。
三度めにして漸く、感動の再会らしくなったな。オニキスの固有能力に巻き込まれ、オブシディアンと同様に硬い床に転がされている俺は、宙を見上げたまま思った。決して三人の間に水を注すつもりではないんだが、気が済んだら早めに助けてくれ。
「面白いので更新間隔を短くしてほしい」との有難いご感想を戴いたので、いつもより早くに投稿しようと思っていたのですが。その矢先に地震で家が崩れてしまい、むしろ遅くなってしまいました。文章量も少し短めです。
でも、書きたい部分が少しずつでも出来上がっていくのは、やはり嬉しいものですね。




