整頓の重要性
――ウズマサ国王陛下に対するアダシノ氏の感情を、よく判らないなりに敢えて推し測るならば。かの英雄がウズマサ陛下の仕打ちに恨みを持たなかった理由は、少なくとも三つ考えられます――
――一つにはウズマサ陛下が決して苛烈さを他者に押しつけるだけの存在ではなく、御自身に対しても平等かつ公正に厳しい人物であったこと。二つめとして、ウズマサ陛下は現在こそアダシノ氏を故郷より拐かした加害者ではありますが、元来はかの英雄と同様に故郷を拐かされた被害者でもあるということ。要するに、一言で表せば彼らは似た者同士なのですよ。厭おしいまでにつましいその生き様が、そして数奇な半生が、あまりにも似すぎている。まあだからと言って、戦場に自らを連れ出した犯人に対してアダシノ氏が負の情念を何ら抱かなかった、と考えるのには流石に無理がございますので。実のところ両者は既に和解しており、その後何らかの理由で、和解したという記憶自体を封印することにした、という三つめの解釈が真相に一番近いのではないか、と私は見ています。所詮は推測ですし、あの学び舎でそこまでの仔細を語って差し上げる義理もございませんでしたから、結局言わず終いになりましたが。あのお二人の関係は、この私から見ても底知れないものがありますね――
――喋りすぎだと仰いますか? 興味を惹かれるようなものが何もない精神の狭間に閉じ込められて、さしもの私も退屈しているのですよ。ではそろそろ、この空間を出る手段でも捜しに参りましょうか――
山頂での闘いに一応の決着をつけ、魔力切れで動けなくなったアルティリオ少年を俺と太秦、ムジカで代わるがわるに担ぎながら、下山したあと。
太秦から労いの言葉を受け取って、凡その顛末を聞いたところによると、二度めの戦闘が始まってすぐに、俺はばったりとうつ伏せに昏倒したらしい。薬伽の能力を既に知っていた太秦とムジカは、それを見て背筋が総毛立つような思いがしたそうだ。
何しろ、過去数度の交戦とその記録で、薬伽の精神魔術を受けた者は、薬伽と同一の思考や目的、能力までも併せ持つ敵になってしまうことが判っていた。封印術によって自らの精神を外部から遮断する完璧な防御手段を持つ筈の、化野正親の突然の前後不覚。その予想外は百戦錬磨の太秦達をして、内心を揺さぶるに充分なものだったと言う。
だが、内心は内心。彼らは曲がりなりにも為政者で、軍人だった。太秦は即座に俺の治療をカーネリアンに任せ、同時に自分自身は敵化するかも知れない化野正親を監視し、いざとなれば俺の首を刎ねる為に半歩後方についた。もし、薬伽の精神汚染を受けた俺が同じ能力で太秦に襲いかかったとしても、太秦ならその瞬間に自害し、再生することで更なる汚染を防げる可能性があるから、ということだろう。ムジカとアルティリオには二正面から敵に圧力をかけさせ、直接戦闘にあまり向かないザリアには、ハティを護衛に回した。前衛二名、それ以外に五名という陣形だ。
そういう消極的なまでに慎重な陣形を彼らが選んだ理由は、今回初めて遭遇した託宣の巫女が、どうやら本当に非戦闘員らしい身のこなしをしているように見受けられたからだった。と言うより、あの巫女は少なくとも身体的には(そして恐らくは精神的にも)殆ど見たまま歳相応の童女らしく、術の制御に集中して動かなくなった薬伽の周りを、ただ慌てて右往左往するばかりだったと言う。つまり、ムジカとアルティリオが相対し、攻勢をかけなければならなかったのは、実質上は同じく二名。名も知れぬ人形の少女と、名も知れぬ「凡暗」呼ばわりの男だけだった訳だ。
しかし、太秦らにとっての予想外は、一度限りでは終わらなかった。俺も眼を覚ました直後に眼の当たりにした、あの巨大な竜の飛来だ。
考えてみれば、憂羅我が自身に死竜の心臓を埋め込んでいたというなら、その出どころについて、俺達はもう少し意識して然るべきだった。何せ竜だ。異世界ダルファニールに数多生きる、竜鱗族の血を引く者達の祖にして霊長。獣の腕だの薄い翅だの、他の部位とは明らかに格が違う。
要するに、憂羅我は砦への襲撃以前にあの竜を何処かで仕留め、或いは死した竜の墓を暴き、例の屍術であたかも配下のように使役していたのだろう。そして恐らく、本来はあの山頂に呼びつけて空から奇襲させるか騎乗でもする算段だった筈が、何らかの事情があって憂羅我本人の決着までに間に合わせられなかったのに違いない。もしかしたら、同じ頃合いにアルティリオ達が薬伽らの潜伏先を襲っていたことが、何か関係していたのかも知れない。
ともかく、遅れたる死竜の襲来によって、慎重な陣形は裏目となり、形勢は一気に押し戻された。
魔術の扱いに最も長けたアルティリオが居たお陰で、上空から一方的に攻められ続ける展開だけは何とか避けられたものの。二正面から完全に退路を断っていた筈の敵将達には、惜しくも逃げられてしまった。
と言うのも、直前まで狼狽し逃げ惑うばかりだった託宣の巫女が、突如身を翻し、ぐったりと気を失っている薬伽の首根っこを引っ掴み、既に半壊していた人形の少女を一瞥もなく放棄して、滑空して間近に降りてきていた死竜の背にひらりと跳び乗ったのだ。名も知れぬもう一人の男もすぐにその騎乗に続いた。
まるで直前にそうすべき最適のタイミングが予め判っていたかのような、それは美事な逃走だったと言う。
「あとは君も知っての通りだねえ。ああ、ハティちゃんとザリアちゃんからは、つい先刻書簡が届いたよ」
二人とも無事に、あの死竜の行く末を見失って、今は途中にあった小さな獣人達の村に逗留しているらしいよ、と太秦は話を締め括って、冷めたティーカップを傾けた。
ここは国境線沿いの砦。この世界に到着したての今朝、食事を摂る為に通されたのと同じ一室だ。既に窓の外には、灯りがなければ一寸先も見通せないような本物の闇が広がっている。
帰ってきて豆の煮込み料理を食べてから、かなり眠気が出てきている。変則的な時差ボケだ。俺達は夕方の日本を出発して、文字通り間髪を入れずに、早朝のダルファニールに到着した。それ以来暗くなるまでずっと動き続けているのだから、主観時間的には徹夜しているのと大して変わらない。
憂羅我め。
「そうか……それで、俺達五人を呼び出したのは、あの山で起きた出来事を共有しておく為だけじゃないんだろ?」
俺は卓を挟んで太秦の向こう正面に座っている。右隣にはムジカとカーネリアン、左隣にシキとカンセーで、席に着いているのは合わせて六人だ。アルティリオはまだ戦闘の疲労が抜けず、割り当てられた部屋で休んでいるらしい。
ムジカにはやや疲弊した様子は見られるものの、基礎体力の差もあってか、それとも国王の御前という意識が一応あるからか、職業軍人らしく背筋をきちんと伸ばしたまま椅子に腰かけている。カーネリアンは表情こそ平静を保っているが、しばらく前から妙にそわそわしていて、何かもの言いたげだ。
シキも眠気を感じている筈の一人だが、その眼は山でのあらましを思い浮かべて、不思議な輝きを一杯に湛えている。対照的なのはカンセーで、砦に居残っている間にシキから厳しい魔術指導を受けていたらしく、着ている服の端々が煤けたように汚れている。今居るこの一室に集まって座った当初はすぐにでも崩れ落ちそうな様子だったが、山の上で続けざまに行われた死闘の詳細を耳にして、大層どん引きの表情を見せてくれていた。まあ、尋常の反応だろう。
そして、この場に居るのは、正確に言えば六人だけではなかった。
机の中心に鎮座しているものを、しげしげと見下ろす。話の区切りを見計らったように今しがた卓上に運ばれてきたばかりのこれを眼の前にして、尚も優雅に茶を啜っていられる程の神経の太さは流石の俺にもなかった。その点、太秦のおっさんと俺ではやはりまだおっさん度合いが違う。いや、齢を経たところでこうはなるまい。
「何をじろじろと見ていらっしゃるのですか、貴方様。もしや手足を欠損させられた少女の人形を愛でるご趣味を持っておいでなのですか。奇矯なご趣味ですね」
「のう、ぬしらよ。あの山で誰がどのように活躍したのかという話が終わったのならば、そんな口数の減らん骨董娘の処遇なんぞより、先に済ませておくべき案件があるんじゃないかのう。例えば、ほれ、妾との約定の件じゃとか」
「その精算も勿論させてもらうけども。奪われた転移触媒の在処なんかについても相談したいんだよねえ。明日からこの砦に詰めてる兵の三割くらいを山に向かわせて、行方を捜索させてみる予定なんだけどもさあ」
俺は、とりあえず今晩は遅いからもう寝よう、という提案をしてみた。
ムジカとシキ、カーネリアンの三人が反対したので、多数決は同数のまま膠着するかに思われたが、そこに話を先送りにしたいらしい人形の少女がまさかの一票を投じてきたので、結局は解散して寝ることになった。
■ ■ ■
寝過ごした。
頭のほぼ真上にまで昇っている窓の外の恒星を見て、俺はそう察した。
「ようやっと起きよったか、この寝ぼすけめ。揺すっても叩いても一向に目覚めなんだ故、少々難儀したぞ」
とは、自身の微妙な立場を鑑みて俺との相部屋を自ら申し出た、カーネリアンの苦言だった。申し訳ない。
とにかく室内で最低限の身支度を済ませて扉を開けると、すぐ外の廊下にはムジカが立っていた。
「お早う、と言うには少し遅かったな」
「遅すぎであります。ですが、朝の会議では主に砦内部のこまごまとした予定を決めておりましたし、そのあとの実務も他の者だけで充分でしたので。特に問題ないでありますよ。昨日はお疲れ様でありました」
「済まないな。アルティリオはどうした? もう元気にはなっているよな」
「朝からお山での触媒捜しに参加しているのであります。師匠に合わせる顔がない、などと言って出てゆきました。その、うちの弟が大変無礼な真似を重ねていて申し訳なく」
「それこそ、そこまで気にする必要はないんだがな」
アルティリオ・ヴァルヴェーレ。
ここ獣人王国では近衛家の一つとして名高い、ヴァルヴェーレ家の養子だ。眼の前にいるムジカ・ヴァルヴェーレの兄弟子でありながら、同時に義理の弟でもある。
つまりルーチェさんが長姉、ムジカが次女、アルティリオ君が末っ子という訳だな。
「申し訳ないと言えば、皆さんを結局この世界の戦闘に巻き込んでしまったことも申し訳ないのであります。師匠達には我々の歓待を享けて、もう少しゆっくりしていて欲しかったのでありますが」
ムジカはしゅんと獣耳を垂れて、そんなことを言った。
別にお前が悪い訳ではないだろ。もし、仮にお前に責任があると言うのなら。多分俺も同罪だ。
「師匠はたまにお優しいでありますなあ」
お前ら獣人は相変わらず、言い回しが直截的すぎて堅苦しい謝罪に向かないな。向いていないことをするのは肩が凝るだろうから、その辺で止めておけ。
俺は苦笑した。
「詮なき謝罪が終わったとなれば早う、ウズマサの元に行かんか。妾との約定、よもや反故にするつもりでもあるまい」
後ろからカーネリアンにせっつかれたので、ムジカに案内されながら太秦が居るという執務室の方に歩き出した。
「あ、お父さん。お疲れ~」
長い廊下を移動している途中で、シキから大学生流に挨拶をされた。傍らにはカンセーとルーチェさんも居る。カーネリアンは歩み寄ってきた三人を見て歯噛みしていたが、それだけだった。流石に会話を遮ってまで急がせようという気はないらしい。
「太秦さんのところに行くんだね。だったら一緒に行くよ」
「悪い、遅れた。朝の内に太秦王から何か言われたか?」
「ううん、まあ話はあったよ。と言っても私とカンセー君でもう引き請けちゃったから、お父さんは別に気にしなくていいんだけど」
「それは何か依頼されたということか? 一応、内容だけでも共有しておきたいんだが、訊いていいか」
「俺は構わないと思うが。本人の様子を見てもらってからの方が、説明しやすくないか」
カンセーがそう提案した。本人?
「それもそうだね。じゃあ、太秦さんとの用事が終わってから、あとで詳しく説明するね」
「ときに、オーギ殿は食事もまだだろう。執務室に全員ぶんの軽食を届けるよう、こちらで手配しておく」
そう言って、ルーチェさんは別の方向に踵を返して歩き去っていった。炊事場に行くのだろう。
多くのダルファニール人は、毎日必ず昼食を摂るという文化を持たない。食事の回数は地域や時期によって、一日二食だったり三食だったり、家庭によってもまちまちだ。そういう事情はこの砦のような軍事施設の内部でも同じらしい。
「執務室に着いたのであります。ここは部下の自分が先に入室して許可を取らないといけない規則ですので、皆さんには少し待っていて欲しいのであります」
■ ■ ■
「悪いねえ、こんなに散らかってて。その辺りの書類を適当に退かして、そこの椅子にかけてよ」
「そうだね。今朝からは強奪された例の魔法触媒を見つける為に、この砦の人員で捜索隊を組んであの山に向かわせておいた。あの触媒がないと俺達、この砦から転移出来ないからねえ。山のなかには昨日撃ち漏らした屍兵がまだ少し残ってるかもしれないけれども、それもどうせなら早い内に狩っておかないと危ないし」
「ま、王都には既に伝令を出しておいたから、仮にこのまま触媒が見つからなかったとしても、六日もすれば同じものが向こうから届くと思うよ。あれは確かに貴重品だけど、国庫には備蓄が幾らかある。君達三人が日本に帰る為に必要なものでもあるんだ、流石にそれくらい用意させてもらうよ」
「さて、それじゃあお待ちかね。カーネリアンちゃんとの大事な約束を果たす時間だ。と言っても、これはあくまでオーギ君と、カーネリアンちゃんとの間で結ばれた約束事で、交渉事だ。俺は君達二人の公平ならざる取り決めを追認し、周囲の第三者にとって何も問題はないと保証するだけの立場でしかない。もし誰か君達二人の決定にあとから異を唱える者があれば、その反対意見を抑え込むくらいの協力はさせてもらうけどもね」
「そういう立会人としての俺から、俺自身の見立てを言わせてもらうとだ。今すぐオーギ君の封印術から解放しても周りとの軋轢を生まなくて済むと断言出来るヴェルジュライト一族の人数は、最大でも二人までだね。一気に三人以上だと、もしもの場合にオーギ君の再封印が間に合わない可能性が高い。その万が一がなくったって、第三者に安全性を説明出来ないのは少し困る。その辺の政治的な機微は、元女王のカーネリアンちゃんならよく判るだろ」
「実際に二人解放するかどうかはオーギ君に任せるけれど、君、本心では早く全員解放してあげたいって思ってるでしょ。カーネリアンちゃんがそんなに心配しなくたって、俺如きの口添えがなくても、オーギ君はちゃんと二人、解放してくれると思うよ。何なら具体的に誰を解放するかについても、カーネリアンちゃんの自由に選ばせてくれるだろう。良かったね」
「あとは国王としての俺からカーネリアンちゃんに与える領地の件だね。うん? ああ、オーギ君はあのとき意識を乗っ盗られかけていたから知らないのか。カーネリアンちゃんに君の精神を救い出してもらう為に、そういう契約を結んだんだよ。こっちは俺とカーネリアンちゃんとの約束だ」
「いやいや、だからこれはオーギ君に領地をあげる話じゃないんだから、君が断るようなことは出来ないんだって。まあ確かに、カーネリアンちゃんがその地域の領主となるなら、彼女の後見にして身元引受人にならざるを得ない君も、多少なりは運営に関わることになるだろうね。それについては認める。いっそ英雄としての名義を貸し出して副領主にでもなってくれた方が、大きな波風を立てなくて済むかも」
「はっはあ、政治なんて複雑なようで下らない程単純な力学さあ、もしカーネリアンちゃんに任せられないと思うようなことがあったら、遠慮なく俺に尋ねてくれ。差しあたっては君達二人に、その領地を一度自分達自身の眼で視察してきてもらおうか。カンセー君やシキちゃんが同行しても勿論構わないし、現地に到着するまでは案内人もつけよう。君もよく知ってる筈の人物だよ」
「ところで、あの子とはもう話したのかな? オーギ君はまだなのか。カンセー君はある程度仲良くなったんだってね。俺達政治家や軍人の立場とやり口じゃ、こちらに有益な情報を喋ってもらう手段もどの道なさそうだし。君達ならあの子自身にとっても悪いようにはしないだろうから、そういうことなら出来ればそのまま預かっていてもらいたい。ただでさえ、あんなに若い子との会話についていくのは、俺みたいなおじさんにはなかなか大変でね。有難い、それじゃ宜しく頼むよ」
「あれ、オーギ君はシキちゃんのことを、転生前の名前で呼んであげてないのかい。君も結構頑なだなあ。他ならぬ君の娘がそう望んでるんだから、いい加減、認知してあげなよ」
認知って言うな。俺とシキの一言では表せない複雑な関係を、事情があって昔から家庭に居ない実の父親とその娘みたいに言うな。本当にその通りだとしてもだ。ホットサンドみたいな軽食を運んできた係のひとが、眼を丸くして見てただろ。
そんな話をして、俺達は太秦が積みあげた書類を捌いていた執務室を出た。
そして今は、この世界に戻ってきた当初に辿り着いた物置部屋に居る。
何故そんなところに居るのかと言えば、備品としてはもう必要のない旧い資材が豊富で、人形の少女を修理する為にそこが一番適していると思われる場所だからだ。
「いきなり裏返したり持ち上げたりなさらないで下さいますか。何故だか屈辱的です」
そう、俺とカンセーとシキは三人がかりで人形の少女を修理している。
何となれば、太秦から二人に依頼された内容というのが、どうやらこの子の身柄を預かることだったらしい。鳴かぬなら君に委ねるほととぎす。生身の者ではないという特性上、この少女には暴力を用いたあらゆる脅しが通じない。ならばと、太秦はこの国の為政者でも軍人でもなく、どころか魔族との永きに渡る争いからは無縁の、異世界の一般市民でしかないカンセーとシキに一縷の望みをかけ、総てを託してみることにしたようだ。押して駄目なら引いてみろという理屈なのだろう。何か一言でも少女から情報を得られればそれで充分、ただ仲良くなるだけでも大いに結構だと、太秦は言っていた。
今はとりあえず、この少女に簡易的な仮の手足をつける試みから始めている。こちらのことを敵だと思っている少女と対話するなら、まずは最低限の礼儀を備えた待遇が必要であり、ならばせめて喪われた彼女の手足はこちらが補填するのが筋ではないかと、カンセーがそんな風に指摘したからだ。
少女本人が言うには、彼女は亡き憂羅我の妹、人形師の羅沙が手がけた作品のなかでも、他の機械人形達を点検整備し、維持することに特化した型なのだそうだ。棒のような手足でも、ある程度好きなように動かせるならばそれだけで自分自身の修理が出来ると少女は豪語していた。流石に武装までそのまま再現させる訳にはいかないので、壊れて散りぢりになった元々の手足は渡していない。
俺やシキも何くれとなく手伝ってはいるが、こういう機械弄りはカンセーの方が得意だ。カンセーは人形の少女と短いやりとりを交わしながら、手際良く関節部分を接ぎ合わせ、細い金線を束ねて上から陶器の覆いを被せている。
そう言えば、薬伽の精神汚染を受けていた間に、俺はこの少女の名前を聞いていた気がするんだよな。
駄目だ、汚染の影響を抜けて時間が経ったせいか、もうはっきりその名前を思い出すことが出来そうにない。まあ、いずれ遠くない内に本人から直接教えてもらえば、別にそれで良いか。ここは前向きにそう考えることにしよう。
物置部屋の隅ではカーネリアンが胡座をかき、首を捻りながら思案している。訊けば、最初に誰と誰を封印から解き放つか、先刻から悩んでいるのだと言う。元であれ何であれ、女王という立場に居た者にとってはそう簡単に決められる類の問題ではない、ということだろうか。部下の誰を選んでも角が立ちそうだものな。肉親を優先したとしても、結局は同じだろう。
「良し! 決めたぞぬしよ」
そのカーネリアンがやにわに立ち上がった。今回解放する二人が決まったようだ。シキがその様子を興味深げに見つめている。カンセーと人形の少女は無反応で、何やら細かい作業に没頭している。
「そうか。じゃあ、早速準備するわ」
俺がヴェルジュライト族を封印する為に編み出した術は武器を媒体とするもので、まず封印する相手を任意の武器に閉じ込め、更にその武器自体をも術者自身の内側に、言わば二重に封じ込めるという、大きく分けて二つの手順を踏むものだ。
今、俺の内面にある一種の仮想領域には、六振りの刀剣に七名の結晶生命体がそれぞれ収められている。つまりこの二重の封印術を解く為には、逆の手順で俺自身の内側からそれらの剣を取り出し、それからその剣を破壊するなり術式の結びをほぐすなりして、外部からの介入で対象を外に出してやるか、さもなくばカーネリアンがしたように、圧倒的な実力で自ら檻を破って出てくるような真似が必要となる。
とにかく、剣だ。剣を取り出さなければ話にならない。短く言えば、この術はそういうものなのだ。
更に一つつけ加えると、俺はヴェルジュライト族以外の相手を封印するときには、今まで何となく、しかし必ずと言って差し支えないくらい確実に、剣以外の武器を選ぶようにしていた。例えばかの悪名高き、世にも陰湿なる沼地の隠遁者を降伏させたときに俺が使っていたのは、分銅と鎖つきの鉄杖だったし、昨日憂羅我を封じ込めたのは斧槍だ。
或いはそれは、俺が潜在的な意識のなかで、今から起きてしまうような事態を、いつか起こり得ることとして薄々予感していたからなのかも知れない。だとすれば、俺の無意識はきっと有意識よりも優秀なのだろう。言い換えれば、もう片方はその程度ということになるな。
俺は魔術光を迸らせ、六振りの刀剣総てを、一気に取り出した。六振り総てを一旦取り出そうと考えたのは、カーネリアンに実物を確認させておく為の配慮だったが。だからと言ってその作業を一度で済ませようとしたのは、明らかな間違いだった。
取り出した六振りの刀剣が床面の資材に当たって跳ね、または鞘同士でぶつかり合い、転がって、鈍い音を立てて辺りに散らばった。鞘尻や柄の向きもめいめいが互い違いに、ごちゃごちゃに混ざってしまっている。
人形の少女とカンセーが流石に驚いて顔を上げ、しかし特に危険はないと判断したのか、すぐにまた手元に視線を落とし、作業を再開した。
「これ、もう少し気をつけんか。妾の妹と臣に。それにしても、その妹らを打倒した折にぬしが佩いておったという得物にしては、どれも似たりよったりの安い剣じゃの。ぬしにとっては己の進退を左右する要の道具じゃったろうに、少しでも良い得物を選ぶよう心がけるなど、ぬしはせんのか? 封印術を自在に操るぬしならば、呪いのかかった魔剣くらいは御しきれるように思うがのう」
「自分の生命を重んじているからこそ、俺は安い得物を選ぶことにしているんだよ。俺の闘い方だとどうしても複数の武器を使い棄てることになるし、もし刃物なんかの価値が一瞬でも気になって、判断に迷ったせいで自分の生命を危険に晒すようなことになったら本末転倒だからな。生き残りたければ武器はむしろなるべく安いものを惜しみなく使い棄てていくべきというのが、俺なりの持論だ。それより、少し拙いことになったぞ」
何じゃ、と俺の顔を見たカーネリアンに、俺は申し上げにくい事実をそのまま伝えるより他にない。
「どれが誰を封印した剣だったか、俺にも見分けがつかなくなった」
リアルの友人から「長台詞が多くやや読みづらい」との助言を受けましたので、改行部分を増やして段落を整理する修整を施しました。ついでにタイトルも短くしました。(2018/05/08)
整理整頓、重要ですよね。




