星空の下で
天体観測当日。
5時ジャストに仕事を終え、準備万端でハルを迎えに行った。
その日ハルはバイトの予定だったのに、休みを取り準備万端な状態で私の仕事が
終わるのを家で待っていた。
まだ時間が早かったのもあり、夕飯を終えたばかりのリビングにちょっと顔を出した。
「華さん、そんなのに興味あんの?」誠君が不思議そうな顔で聞いてきた。
「ん〜 でもプラネタリウムって綺麗だったよ?
昔と今じゃ見る感じが全然違うの。誠君も彼女できたら行ってみたら?」
「そうそう。思ったより面白かったよ?」
そんなことを言う二人を見て、
「俺なんかあそこに行ってもイチャついたカップルを見に行くくらいしか
楽しみ無かったけどなぁ?たいした星なんか興味無いし。
暗いとイチャつけた?」ニヤニヤして顔を覗き込まれた。
「してないから!そんなこと」そう言ってハルに「ねー?」と言った。
「えっ・あ〜・・・うん。してない」下手くそな言い方にちょっと誠君が
笑い、山崎さんもニヤニヤしていた。
「じゃ・・・そろそろ行こうか?もう8時過ぎたし」
ハルにそう言って慌ててリビングを出た。
お母さんがポットに暖かい飲み物を用意し、他になにやら
食べるモノを袋に入れて手渡してくれた。
「もぅ。さっきの言い方じゃ、返って変に思われたじゃない。
もっとサラッと流してよー」
隣で袋の中のお菓子を食べるハルにそう言った。
「え?だって急に話し振るんだもの・・・・ちょっと思い出しちゃったじゃん。
あの場で明るくならなきゃ小学生にいい物見せてあげれたのにね」
口の周りにお菓子をつけながら笑った。
隣のナビが悪いのか、どんどんと山奥に入っていき外灯も無い山道を走って行った。
「ねぇ・・・本当にここ?大丈夫?」
今、いきなり何かが飛び出してきても、たぶんブレーキより
アクセル全開になりそうな暗闇にちょっと怖くなりながらノロノロと運転をした。
「うーん・・・たぶん大丈夫かな?この道しか無いじゃん。
間違ったら間違ったで仕方無いよ。十分肉眼でも綺麗に見えるよ」
呑気なことを言いながら外を見ているハルに気分はかなり不安になった。
そこから10分ほど上がったり下がったりを繰り返し、やっと少しだけ広い道路に出た。
かなりの間隔をあけて外灯もあった。それを見て少しだけホッとした・・・
数台の車が停まっているのを見つけ、
「あの辺かな?」そう言いながら車を停めた。
「俺、ちょっと聞いてくるわ」そう言ってハルは車を降り、
近場の人に話し掛け、こっちを見て「来て!」と手を振った。
エンジンを切り、荷物を降ろして側に歩いていくと、
この前のオジさんがニコニコしていた。
ハルが車から望遠鏡を降ろすまでの間、オジさんと
「今日は天気がいいからよかったね」と話をしていた。
ハルが持ってきた望遠鏡を見て、「どれどれ・・」と
オジさんは慣れた感じでレンズを入れ替え焦点をあわせ覗いていた。
(少し寒いなぁ・・・)そんなことを思いながら、辺りを見渡すと結構な人がいた。
ヲタクっぽい人もいない訳ではなかったが、もう夏休みも
終わりそうな週末ともあって親子連れの姿が目立った。
ハルはオジさんに捕まり、専門用語を山のように使われ
ちょっと困惑した顔をしながら、「うんうん」と頭を縦に振り話を聞いていた。
「よし。これで見えると思うよ」オジさんがこっちを見て
他の人の所に歩いて行った。
先に覗いていたハルが「すげぇ・・・ちゃんと見える!」と騒ぎながら覗いていた。
「え?本当?見せて」場所を変わってもらい覗くと本当に星が間近に見えた。
寒いと感じていたのに、それも忘れワーワーと騒ぎながら二人で望遠鏡をいつまでも見ていた。
そのうち一組、二組と帰る人達が出てきたのに、
ハルと私はそんなのは全然気にしないでいつまでも
あっちこっちと視点を変えて騒ぎながら見ていた。
きっとその場にいた誰よりも「すげー!」を連発して
ハルは真剣になっていた。
ハルが望遠鏡を覗いている間、肉眼で広がる星空を黙って見ていた。
この前のプラネタリウムよりは、ちょっと落ちるけど
それでもここ最近、こうして星空を見るなんてことが無かったので
綺麗だなぁ・・・そう思いながら少し冷えた空気を中見上げていた。
空気が冷えている分、余計に綺麗に見えるような気がした。
「華、ちょっとこれ見て。土星って本当に輪があるんだな〜」
その声にまた望遠鏡を覗いた。
辺りにはもう人影がほとんど無かった。ほんの数組の人が
遠くにいるような気配がしたが、それが男なのか、女なのか何人なのかもわからないくらい遠かった。
突然、ふわっ・・・とした暖かさが背中を包んだ。
振り返るとハルが毛布を自分の背中からかぶり、そのまま私の体に軽く抱きついていた。
「いつ積んだの?全然知らなかった・・・」
背中の温かさにちょっとドキッとしながら、前を向いたまま聞いた。
「え?華が母さんと話ている間に、兄貴が持っていけってさ。
たまには良いこと言うじゃん」そう言ってギュッと強く抱きしめた。
「こうしなさいってことまで言ってくれたの?」
ハルには浮ばないような案にそう聞くと「バレた?」と笑った。
背中を通してハルの心臓の音を感じた。
笑っているのに、その動きがとても速く感じた・・・
「ハル・・・心臓ドキドキしすぎなんだけど・・・・」
「え・・・そう簡単には止められない・・・」
「止められちゃ困っちゃうな・・・ずーと生きててくれないと」
そう言ってハルのほうをクルリと向いた。
シーンとした音が耳に響くくらいの中で、ハルがゆっくりと顔を近づけた。
少しだけ背伸びをして唇を静かに重ねた。
ヒンヤリとした空気で冷えた鼻が少しだけぶつかりはしたが、唇は暖かく感じた。
目を瞑っても開けていても変わらないくらいの暗闇の中、ハルとの初めてのキスをした。
初めは気がつかなかったが、軽くハルの歯が小刻みに震えているのを
感じて、唇を離し「寒い?」と聞いた。
「いや。暖かいけど・・・」ポツリと呟いた。
「もしかして・・・初めて?」
「当たり前じゃん・・」
照れたような声で答えた。
なんの変哲も無い触れるだけの、そのキスを私は一生忘れない。
ちょっと下を向いて笑った・・
「なに?下手だった?」そう聞かれて、「ううん。そんなことないよ?」
そう言ってもう一度静かにキスをした。
それでも手が震えているのを感じて(可愛い・・・・)と心から思った。
少しだけ唇を動かし、軽くハルの唇を挟んだ。
その動きを真似するかのように、少しはまともなキスになった。
お互い耳が冷たくなって少し痛いと感じるまで
何度も何度もその場に立ったままで唇を重ねた。
「明日、口腫れたりして?」冷えた体を車のヒーターで
暖めながらハルが照れくさそうに笑った。
「毒でもあるような言い方しないでよ・・・」
少し唇を尖らせながらハルを睨んで言った。
「どう?少しはうまくなった?」
「ん・・そうだなぁ〜 もう震えないかもね?」
そんなことを言いながら帰り道も信号が赤になる度に
どちらからとも無く、唇を近づけた。
今考えると、馬鹿みたいなことだけど・・・その時はそんなことが
嬉しく、これ以上の幸せは無いと思った。
0時を過ぎた時間帯にハルの家の前に車を停めた。
下の階はもう真っ暗で二階の誠君の部屋だけは明かりがついているのが確認できた。
「それじゃ・・・またね」
毛布やポットなど、手にいっぱいの荷物をかかえハルがニッコリと微笑んだ。
「うん。じゃあまた明日。明日は早い時間に家に行くよ」
そう言って荷物を持ったまま、窓に顔を近づけて
もう一度、少しだけ上手になったキスをした。
途中でポットが下に落ち、思っていた以上の音が静かな家の前に響いた。
せっかくの良いムードを素敵にぶち壊すのがハルらしいと感じながら、
大慌てでポットを拾う姿を見て思わず笑ってしまった。
「寒いからもう家に入って。じゃ、明日」
そう言って見送るのに「先に行っていいよ」といつまでも帰るきっかけを
掴めないまま、お互いその場にいた。
ガラガラ・・・と窓が開き、
「ちょっと・・・いつまでチュ〜チュ〜してんのよ!こっちは勉強してんのに!」
誠君の声が聞こえて慌てて窓を閉め車を発進した。
ハルも慌てて家の中に飛び込んで行った。
部屋についてからも、幸せな気分は続いた。
ニヤニヤとしていつまでも、窓辺に座り星空を見ていた。
携帯にメールが入り見るとハルからだった。
<今日は楽しかったな。また明日 おやすみ>
そのメールにも嬉しくていつまでもお互い夜中まで返信をした。
恋愛の最初の頃は本当に馬鹿になると思った・・・・
それから何回かの日曜日。
ハルの家で一緒にTVを見ていた。
するとニュースでここ数十年に1回、あるかないかの流星群が
近々見られると話題になっていた。
次の時にはきっともう生きてはいないだろな・・・というほどの珍しいものらしかった。
またみんなで夕飯を食べている時、
流れていたTVの中でもやはり同じニュースが放送され、
それを見た山崎さんも、そこまで話題になる流星群にちょっと興味を持っていた。
「華ちゃんこれ見に行くのかい?」
「そうですねぇ・・・なんだか凄いみたいだし、今度同じものを見るのは
もう無理みたいですね〜」そう言いながらご飯を食べていた。
「この辺でも見られるみたいだけど、どーせならもっと
綺麗に見える所に行ったほうがいいね」
そう言って昔、家族で旅行をしたと言う星が綺麗と有名な所を教えてくれた。
それを聞いてハルが
「え・・・行っていいの?そんな遠くまで」と少し驚いた顔をして山崎さんを見た。
「でも11月じゃバイクはダメだけど・・・華ちゃんが運転して
くれるって言うならいいぞ。次の時にはもう死んでるだろうし、
天体ヲタク二人にダメって言ったら可哀相だしな〜」
そう言ってこっちを見た。
「でも、、そんな遠くなら日帰りは無理だし、ましてや夜じゃないと
ダメだから、最低でも1日は泊まらないと行けないですよ?
外泊までOKしてくれるんですか?」
二人で山崎さんを見ると、ニタニタと笑いながら
「あぁ。華ちゃんの家がいいって言うならいいよ?
後のことはあんまり言わないよ。それは二人のことだから〜」
「でも、、見るのは夜中だし、きっとそのまま寝ちゃうから、
そんな変な心配しなくても大丈夫!」
それを見て誠君が
「よかったねぇ〜 朝まで一緒にいられて〜」と笑った。
ニタニタする家族の視線を痛いほど背に受けながら
二人でそそくさと二階の部屋に行った。
戸を閉めてからお互い目が合い、「よかったね・・」とニッコリ笑った。
親にいちいち聞かないと外泊もできないのは、ちょっとめんどうだったが
それでもハルと丸一日一緒にいられることが嬉しかった。
その日までは、まだ一ヶ月以上もあったが、二人で地図を出し
あれこれと言いながらプランを練った。
そんなある日。
仕事帰りの山崎さんがいつものようにGSに顔を出し、
ちょっと困った顔をして話し掛けてきた。
「華ちゃん・・・・ハルにさ、、勉強すれって言ってやってくれよ。
アイツ最近ビックリするくらい成績落ちたんだよ・・・
ったく、、バイトも辞めさせようかなぁ・・・」と難しい顔をした。
きっとバイトを辞めさせても、それは変わらないのではと思った。
毎日、GSに顔を出し、私が終わってから遅くまで遊んで、
バイトの日は終わればまた一緒にいて・・・・
絶対その下がった原因は自分にあると思った。
「あの、、、きっとその原因は私だと思います・・・
最近ずっと遊んでいるし・・・あの、、すいません」
申し訳無い声でそう言った。
「いやいや。そんなこと言ってもらう為に言ったんじゃないよ。
本当に!ただ俺から言ってもうちのヤツが言っても
あまり聞かないからさ。華ちゃんからなら聞くかなって・・・」
「あ・・・わかりました。じゃあ言います。これ以上下がるなら
しばらく会わないで勉強してもらわないと、私も山崎さんに
合わす顔無いし・・・・ 後からバイト終わったら言いますね」
気を使ってそう言ってくれた山崎さんに言った。
「そうかい?きっと<会わない>って言うと真剣になると思うから。
アイツは単純なヤツだからさ。最近は少し逆上せ上がってるから
どーせ授業中も華ちゃんの体でも想像してニヤニヤしてるから
成績も下がるんだよ。よし、これで一安心だ〜」
きっとそう言わせようと企んでそんなことを言ったようにも思えたが、
はやり学生という線はキッチリとしてもらわないとな・・・
その日、ハルがバイトを終えてから皮ジャンを風に膨らませながら家の前に来た。
そのままハルを部屋にあげ、さっきの話を切り出した。
「ハル・・・成績下がってるんだって?」
チラッと見ながら言った。
「え・・なんで?オヤジから聞いたの?」
冷たそうに手を擦り合わせてちょっと驚いた顔をして聞いた。
その手を上から包み込んで息をかけながら、
「これ以上下がったら、もう会えないかも・・・
ハルには期待してるんだよ、山崎さん。
来月のドライブだってダメって言うかもよ?反対されたら、、行き辛いなぁ・・
明日から仕事終わったら家庭教師してあげる。どう?少し勉強しない?」
上目使いで寂しい顔を演じてそう言った。
「えっ・・・・家庭教師って。できんの?華・・・」
ちょっと動揺しながらも、反撃してきた。
「英語ならね。うちのお母さんて帰国子女だから、
子供の頃から英語は得意なの。数学は無理・・・・
国語もどうかなぁ・・・・微妙だけど・・」
言われてみたら、そう役には立ちそうも無かった。
「あ、でも俺、数学は得意。英語はさっぱりダメなんだよ。
じゃあちょうどいいじゃん。華が教えてくれるならいいよ」
案外あっさりとOKしてくれた。
やっぱり親の言うことは正しい、、、結構単純だった。
「でも、家庭教師ルックにしてね。どーせなら」
(お前・・・エロオヤジに似てきたな・・・)
そう思いながらもせっかくヤル気になったのだからと、
それをOKした。けど、どんな格好なのかいまいち分らなかった。
「勉強か〜 早く学生卒業してぇ〜」
グッタリとしながらベットに横になり文句を言っているハルを
横目で見ながら、
「でもこれで次のテスト下がったら泊まりのドライブも無しだね・・・
ざ〜んねん・・・なにかあったかもな〜」と言うと、ガバッと起き上がり
「それはダメでしょ!ヤバい。絶対あげないと!よし、明日からね」
とまたヤル気になっていた。
単純はきっと山崎さんのDNAなんだと思った・・・・