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最後の華の気持ち

微かな泣き声と、カチャカチャという器具の音に目が覚めた。

目を明けるとそこには見たことが無い真っ白な天井が見えた。


(ここはどこだろう・・・)


周りを確かめようとした時、

首や頭、足や腰・・・すべての体の機能が痛み、

あまりの痛さに顔が歪み自分の体じゃないと思うくらいだった。


「いってぇ・・・・」


その声に慌てて誰かが顔を覗き込んだ。

それは目を真っ赤にした母さんの顔だった。


「誠!! 大丈夫?見える?お母さんの顔」


「あ・・・・・うん・・ここは」


声を出す度に腹筋や首がズキンと大きく痛んだ。



「病院よ」


慌てながら手を握り、そう言う母さんの顔を見て状況が掴めずにいた。



どうして俺はこんな所にいるんだろう?病院て・・・

少しずつ鈍っていた頭が動きだし、ぼやけていた目もハッキリしてきた。


「母さん・・・俺、事故ったのか」


その言葉に涙を流しながら小さく頷く母さんの顔を見て、

(あ〜 また泣かせて悪いなぁ・・)そんなことを考えた。


「俺・・・独りじゃなかったよな?はな・・・華は?

 母さん!華どうした。大丈夫か」


痛い首を無理に動かしながら聞いた。

もう痛みより華のことが気になって胸が痛くなり慌てた。

けれど無理に頭を動かしたことに吐き気がした。


けど<華>という言葉を聞いた瞬間、母さんの姿が下に消え、

大きな泣き声が聞こえた。

まだそこまで首を動かすことができずに目だけはそこにいるはずであろう

母さんの方を見ているのに、体は痛くて動けなかった。


「なぁ!泣いててもわからないだろ!華どうなんだよ!

 母さん!なぁ・・・・・教えてくれよ・・・・・・」


そう言っても、それ以上答えない母さんと、泣き声の大きさで

俺はもう華が今どうしているか、どうなっているか、

なんとなくわかったような気がしていた・・・・


それでもハッキリと答えない母さんに微かな望みを持っていた。

まだ華は生きている。きっと俺より重傷で寝ているだけだ。

そう自分に言い聞かせ、壊れそうな心臓を我慢しながら

母さんが泣き止むのを待った。


そこにドアが開く音が聞こえた。

目だけでそっちを見るとオヤジが入ってきた。


「オヤジ・・・華は?華どうしたんだよ。なぁ」


一言、一言が首に響いて頭が痛くなるほどだった。


「お前、奇跡的だったな・・・軽い全身打撲だけですむなんて

 ありえないって。どこも折れていないし、ちょっと今は

 痛いけど、2週間で退院できるってよ」


いつもの柔らかい表情のオヤジを見て、ちょっとだけ

気持ちが落ち着きながら次の言葉を待った。


「なにも・・・あの場所で同じことしなくてもいいのになぁ・・・」


それだけ言って俺のことを見ていた。

ただ、、、ハルの時ですら人前で泣かなかったオヤジの目が

真っ赤なのを見て、ゴクリとツバを飲んだ。

自分の唾に耳がキーンとした痛みを感じた。



「オヤジ・・・それはいいけど、華は?華のこと教えてくれよ」


心臓がドクドクして喉から出そうなくらいだった。

胸が膨れて息が苦しくなった。


「華ちゃんか・・・ハルのとこ行った・・・・・」


そう言ったオヤジの目から頬に涙がつたった。



嘘だろ・・・・さっきあんなに笑ってたのに・・・

昨日、あんなに俺の腕の中で眠っていたのに・・・


涙が込み上げ耳が痛くなり、そのまま体の力が抜けて

なにも考えられなくなった・・・


これは夢だよな?ハル・・・嘘だろ?連れて行ったりしないよな?

いつも俺には文句を言うけど、最後には「仕方ねぇなぁ・・」って

俺の言うこと聞いてくれる自慢の弟だったのに・・・・

俺が一番悲しむことする訳ないよな?


華だって昨日、俺のことちゃんと好きだって・・・

そう言ってくれたのに・・・



誰も話をしないその空間にきっと夢だと無理に思い込んだ。

けど、体を動かせば痛みが走る、誰もが泣いている、

いつまでたっても覚めそうもないこの現実が本物なんだろうか。


自分で確かめようと無理に起き上がろうとしてたが、

到底無理な話で、余計なことをしたばかりしにムカムカしたものが

喉元をすぎ胃液なのかなんなのか、分らない物を吐いた。


頭が苦しいのか吐いたことが苦しいのか・・・

けれど興奮しているからと、なにか注射を打たれ記憶は消えた。

消え行く意識の中、

(あぁ・・やっぱり夢だったか。よかった・・・)

そんなことを考えた。もうこんな夢はたくさんだった。






翌日、病室に事故の相手の親だという人が来た。

耳がボンヤリしてなにを言っているのか聞き取れなかった。

頭の中で華が「誠君、大丈夫?」と笑いかける声が聞こえていた。

体は昨日より激しく痛みが走り、眠れないくらいだった。

痛み止めの注射でやっと和らぎ眠りにつけた・・・・・




現実を知るのか怖くて、目が覚めると「体が痛い」と

大げさに訴え、すぐに眠れるように注射を打ってもらうか、

睡眠薬を貰って飲んだ。


あまりに痛がるので2週間もすれば退院だと言っていたのに、

それより5日も遅れて退院することになった。


当日、オヤジの車で家に向う途中、

「華の家・・・行ってもいいかな?」と聞いた。


「あぁ。あちらの親御さんも見舞いに来るって行ったんだが、

 後から行くからと言って断ったんだ・・・」


「そうなんだ・・・」


「きっと誠が自分のせいだと思って落ち込んでいるだろうって・・・

 だからあっちの親御さんが謝りたいって言ってな・・・

 入院してるお前にその話は辛いと思って退院まで

 待ってくれって言ったんだ・・・」


オヤジの言ってる意味がさっぱりわからなかった。

俺は華の家の人に殴られてもおかしくないと思っていた。

「お前が殺したんだ」と言われても当然だと思っていた。

自分でもそうだと思っているし・・・


なのに華の家の人が謝りたいってなんだろう・・・

どちらにしても、信号無視の相手が悪い。でも自分があの場所を

走らなければ・・・ずっとそう思っていた。

そんなことを考えながら車は華の家に向った。


「きっとお前も華ちゃんの顔見たら、もっと気持ちが晴れたかも

 しれないのになぁ・・・・

 あんなに綺麗な死に顔はもう一生見れないだろうなぁ・・・」


「顔、傷とか無かったのか?」


腹の真ん中辺りが冷たく重くなっていた。


「あぁ。綺麗なもんだったぞぉ・・・笑ってるんだよ。

 嬉しそうな顔で。それ見た時に思ったんだよな・・・

 「あ〜ハルの野郎、、、連れていったな」って・・・

 華ちゃんの友達もそう言ってた。最後に会った時、

 もう会えないようなこと言ってたって。それが気になったって・・・

 あっちの親御さんもみんなそう言ってたんだよ。最後だって感じのこと

 言って家出たって。部屋も綺麗に片付いてハルの写真が一枚だけ

 置いてあったって。華ちゃん自分が死ぬの知ってたんだろうな」


それを聞いて、どこにぶつけていいか分らない怒りが込み上げた。

俺は華にとって何も役に立っていなかったのかと思うと、

華に直接聞きたかった。最後に俺に言った言葉は嘘だったのだろうか、

俺じゃやっぱりダメだったんだろうか・・・・

怒りで胸がムカムカしてきた。


華の家に着き、沢山の花の中で笑っている写真を見て

涙がいつまでも込み上げた。

華の両親に土下座をして謝り、声にならない声で詫びた。

その姿を見て、母親は泣きながら頭をあげてくれと言ってくれた。


「誠君には感謝しか無いから。あの子は本当に自分の最後を

 知っていたと思うから。部屋を見たらすぐに分ったの」

泣いて逆に辛い思いをさせて申し訳無いと頭を下げた。


「華の部屋、行ってもいいですか?」

「どうぞ。何も無くてガランとしている感じがするけど・・・」


階段をあがりながら、まだそのドアを開けたら

「遅かったね」と笑う華がいそうな気持ちでドアを開けた。


何枚も壁に貼っていたハルの写真が外されていた。

あれほど好きだったドレスの写真すら、部屋の真ん中のテーブルに

ポツンと一枚置かれ、誰がどう見てもちょっと違和感を

確かに感じる部屋だった。


普段から部屋は綺麗にしていたが、やはりちょっと大げさなくらい

なにもかもが綺麗になっていた。

テーブルの下にアルバムがあり、それを開くとそこには

部屋に貼っていた写真と、見たことが無いあの湖での

ハルとの写真があった。


嬉しそうな顔で笑うハルと華の顔が延々と続き、その二人の顔を

見ていると、まるでハルが生きていた時、二人がふざけあっていた日を

思わせるようなくらいの気持ちになった。


(俺といる時はこんな顔していなかったなぁ・・・)


あらためて写真を見て、やはり俺ではダメだったんだと

思い知らされたような気持ちになっていた。

俺の中にある華の思い出は笑顔よりも泣き顔と悲しい顔が

多かったような気がする。


綺麗にベットメイクされたそのベットの端に座り、足の間にいない

華を思い浮かべていた。


いつもハルを待っていた窓辺の椅子に目をやっても

悲しそうな華の顔を浮んだ。


今になって、あの時のハルを失った華の気持ちを痛いほど理解した。

こんな時に「俺を好きになれ」と言っても無理だったんだな・・・

辛い思いをさせたんだな・・・ 


泣き虫だと思ったけど、そう思えば華は案外気丈かもしれない。

ずっと泣かないでハルが迎えに来るのを信じ

この椅子で座って待っていたんだと思うと、ハルと華の絆が

なによりも強いものに思えた。


下からオヤジの呼ぶ声が聞こえ、部屋を出た。

「華、また来るから」そう言ってドアを閉めた。


なんとなく、さっきまでこみ上げていた怒りが沈んでいた。

ただ頭の中では(ハルにちゃんと逢えたのかな・・)そう思っていた。


「また来ます。いいですか?」

「えぇ、いつでも来てください。本当にごめんなさいね」


華の母親は目を真っ赤にして頭を下げた。

その泣いた目元が華に似ていた。


車で家までの道のりを黙って見ていた。

(この道を華は最後に覚えておきたかったんだな・・・)

そう思いながらボンヤリといつも見慣れた販売機や、信号を見た。


家に着き、

「まだしばらくゆっくりしてろ」とオヤジに言われ、部屋に入った。

胸に穴が開くとはこんなことを言うのだろうと思うほど

なにも手につかなかった。


人が突然いなくなるという体験を2回した。

どちらも自分にとって大事な人だった。


今、この瞬間に俺と同じ思いをしている人はこの世界にきっと

沢山いるんだろうと思った。

その人達はいったいどうやってこの気持ちを乗り越えるのだろう。


ベットに横になると枕に華の髪の毛が一本落ちていた。

それを静かに持ち上げてみた。

綺麗な少しだけ茶色い長い髪だった。


華・・・あの日、どんな気持ちでこの部屋に来たんだ?

俺のこと好きってあの言葉は本当だったのか?

やっぱりお前は俺よりハルじゃないとダメだったのか?


華に聞きたいことが山ほどあった。

けれどもう聞けない。そう思うと悔しくて涙が出た。

いままで何人もコロコロと女を代えていたが、華だけは

違う気持ちで思っていた。


自分の中で「これが本当の愛じゃないか?」とか臭い台詞を

思ったこともあった。


触れたいけど触れられない思いがきっとそんなことを考えさせたの

かもしれない。


最初に会った時、普通にただ綺麗な人だな・・・それくらいの感情だった

のに、家族のように毎日ハルの側で笑い、あんなに真剣に人のことを

心から愛せる華のことが好きになった。

ハルが羨ましくてドアの向こうに華がいると思うだけで辛かった。


最後に華を抱けた時、最高に幸せだと感じたのに・・・・

あの日のあの瞬間に今すぐ戻りたかった。

今でも耳にはあの日の華の声が鮮明に残っている。


「好きよ」と言った声も「誠」と呼んでくれた声も・・・

ほんの数日前まで笑っていてくれた華がもういないことに

どうしていいのか分らなくなった・・・・








家に戻り、何日かが過ぎた。

シーンとした食卓が更に悲しい気持ちに拍車をかけた。

ハルの席、華の席、相変わらずポッカリと空いていた。


誰も口を開かないその食卓にいるのが辛いと感じるほどだった。

そんな時、オヤジがポツリと口を開いた。


「華ちゃんはハルに逢えたと思うか?」


その言葉に母さんが少し怒ったように「お父さん!」と

俺のことを気遣うような感じで口を出した。


「どうかな・・・ わかんないや・・・」

そう呟き口にサラダを詰め込んだ。


「俺とハルってどこが違うんだろうな・・・」


「全部じゃないか?お前はお前だしハルはハルだもの・・・」

ビールを注ぎながら当たり前だろ?と言うような感じで親父が言った。


なにを口にしても虚しく、わからないことだらけだった。


「俺、華のことハル以上に好きだと思ってた・・・

 ハルには負けないと思うくらいだったのに・・・・」


飲み込もうと思った口の中のものが、喉が詰まったように

流れていかなかった・・・



「今となっては華ちゃんをハルが連れていったのか、あれは偶然すぎる

 事故だったのか、、、なにもかもがお蔵入りだな・・」

そう言って親父は悲しい顔をした。


暗い食卓が更に暗くなったような気がした。

いつになったら両親に笑顔が戻るのか、それが心配になった。

もうすぐ大学が始まる。

そうなったら、今よりも気持ちが楽になるのだろうか。。


仏壇の写真は二人が並んだお気に入りの写真になっていた。

もうそれを飾るなと怒ることはできない。

それを黙って見つめながら、嬉しそうな二人の顔を見ていた。

そしてあの日の写真を撮っていた楽しそうな二人の姿が目に浮んだ。


あの時、二人はこんな結末を予期していたのだろうか。

だから華は一緒の写真を撮りたいといったのだろうか。

なにもかもがそんな感じがした。


思い足取りで部屋に向かい、ドアを開ける時にふとハルの部屋で

最後に華が何をしていたのか気になり、ハルの部屋に入った。

きちんとベットが綺麗になっていて、几帳面な華の性格が

よくわかった。


ふと勉強机のスタンドに貼り付けてあるノートの切れ端に目がいった。

華の字で英文が書いてあった。


(ハルの宿題かな?)少し色が変わったテープを引きその紙を

剥がしその英文を読んだ。


Come rain come shine.I will always be in love with you.

<たとえ何が起ころうと私はいつも君を愛する・・・>


(華らしいな・・・)そしてそれを大事にいつまでも目の前に貼っていた

ハルも、ハルらしいと感じた。


机の上にあったガラス細工を見て、軽く持ち上げた。

華と付き合うようになってから、こんな小物がハルの部屋には

いっぱい増えた。


いままでバイク雑誌と好きなCDしか部屋には転がっていなかったのに、

華といるようになってからは、忘れて行ったピアスがあったり、

ゲームセンターで取ったぬいぐるみがあったり、

ハルにと華が買った香水や、日焼け止めのクリームや・・・


「今、この部屋に女連れ込んだら一発でバレるな?」と

よくからかった。


「そんなことするかよ!華がいるのに!」

そう言ってハルはいつも華のことを一番に考えていた。


「昨日、家の前でキスしてたろ?」と冷かしても

「え?しらねぇ〜」と下手な嘘をついた顔を思い出していた。

華が言った(私達の好きってレベルは一緒だった)と言う言葉を

思い出し、本当だなって思った。お互い他に男も女もいないというくらい

あの二人はお互いしか見ていなかった。


そしてその小物の下には、もう見飽きるくらい見た二人の写真があった。

「本当にいい顔してんなぁ・・・制服ってのがなんだけど・・・」

写真を持ち上げ黙って見ていた。


しばらくこの写真を部屋に貼っておこう・・・そう思いながら

勉強机のスタンドを消そうとした時、写真の下に華の筆跡を見た。


胸がドキンと大きく動いた。少し左上がりの字で

「誠くんへ」と書き始めていた、その手紙を持ち気持ちを落ち着けて

ベットに座り直し読んだ。


ノートに数枚書かれた、遺書にも見えるその手紙を何度も何度も

読み返していた。

内容からして、きっとこの手紙を書いた後にあの夜、俺の部屋に

来たのだろう。


そしてどうしてそうしたか。俺のことを最後にどう思っていたのか。

どうしてこんなことになったのか・・・

その手紙を見てすべてわかった。


華に聞きたかったことがそこにはすべて書かれていた。

嬉しいような、、、でもとっても行き場の無い悲しみが溢れ

何度も読み返しながら、涙が頬を伝った。




その後に仏壇のところに行き、二人の写真を見た。

一瞬だけ二人が笑ったような気がした。

指でハルの顔をピンッと叩き、苦笑いをした。


「やっぱりお前のほうが華にお似合いだよ。馬鹿みたいに

 一途なもの同士な・・・」


そう呟き離れようとした時、一瞬だけ二人の声が聞こえたような気がした。

普通じゃ空耳と思うだろうが、俺にはそれは本当の声だと確信した。



「悪いな・・・兄貴」というハルの声と、

「ごめんね。誠君」と言う少し悪戯っぽい華の声だった。


「一生やってろ、バ〜カ」


もう一度写真に言い、その場でいつまでも二人の写真を見ていた。












<FIN>


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