一緒に
ベットに入り、ほんの数分で眠りについたような気がした。
眠ったのか、まだ起きているのか分らないくらいに
すぐに私はハルに逢えた。
ニッコリと微笑むハルに嬉しくて、その顔をいつまでも見ていた。
この前のように泣いて抱きついたりはしない。
今日は約束の日だから・・・・
先に話をすると消えてしまいそうなハルを見ながら、
言葉を発してくれるのを待った。
「消えないよ。心配しないで・・・」優しく頬を触る手に安心した。
「もう連れて行ってくれるよね?」
「本当にいいの?後悔しない?」
「後悔なんかしない。ここで行かないって言ったほうが後悔するもの」
「俺も華がいないとやっぱり寂しいや・・・・
悪い奴だな・・俺って。生きてる彼女連れていくなんてな」
嬉しそうな、それでいて悲しそうな顔をするハルに抱きついた。
「ハルは約束守ってくれるだけだから・・・・
全然悪くなんかないよ?無理に言ったの私だから」
「最後にさ、もうちょっとだけ兄貴のこと言っていい?」
「いいよ。連れて行ってくれるなら」
「兄貴のバイクの後ろに一度だけ乗ってやってくれないか?
あと、手紙も。そうしないと兄貴きっと悔やむと思うんだ・・・」
その言葉に困りながら黙っていた。
「乗ってもいいの?ハル以外の人のバイクに・・・」
「うん。最後の大サービス!これが最初で最後」
ニコッと笑うハルに頷いた。
「じゃあ、私も一つだけお願いしていい?ハルばっかりじゃ
ズルいもん」
「なに?俺でできること」
「誠君と一度だけ寝ていいかな・・・・」
ハルはしばらくそのまま考えたような間が開いた後、
「一度だけだぞ」と少し怒った顔をした。
「うん。一度だけね。それもハルのこと考えないで、誠君のことだけ
考えてそうしたいの・・・」
「ん。いいよ」
ハルは声のトーンを少し下げて言った。
その怒り方がやっぱり本物のハルだと感じた。
「明日、どうすればいいの」その漠然とした約束をハルに聞いた。
「兄貴のバイクでアノ交差点に行ってくれないか。
俺、そこで待ってるから。華が来るの待ってる・・・」
「うん。わかった。きっと行く。絶対いてね・・・約束だよ・・」
「あぁ。わかってる。絶対だ。華を連れていく・・・」
そのままハルに抱かれて暖かさを感じていた。
それは本当にハルだった。抱き方も手の回し方もハルだった。
「ハル・・・いまのハルはキスできるの?」
その問いにハルは指でクッと私の顔を上に向け、顔を近づけた。
やっぱりハルの唇の感触がしっかりとあった。
(ハル・・・・)
何度も何度も、、あの初めてキスをした日の夜のように唇を重ねた。
「じゃ、そろそろ行くね。兄貴に手紙よろしくな。
あと、本当に一回だぞ?2回したら行かねぇからな」
笑いながらハルはそう言って目の前から消えた・・・
唇にハルの感触を残したまま、私は目を開けた。
時計を見ると夜中の2時を少し回ったくらいの時間だった・・・
ハルの勉強机に座り、私は誠君に手紙を書いた。
どう書けばいいのか少し悩んだが、ちょっと時間をかけながら
感謝の言葉などを紙いっぱいに書いた。
どこに置けばいいかを考えたが、あまり良い案が浮ばず、
机の上にあったハルのバイク雑誌の上にそれを置き、
壁に貼ったままのドレスの写真をその上に置いた。
二人で行った水族館で買ったイルカの形のガラス細工を重しにして
手紙が風で落ちないように置いた。
気持ちがどんどん軽くなっていった。
きっと自殺をしようと言う人はそんな気分なのかと思うくらい
心の中も頭の中にもなに一つ思い残すことは無いくらい気持ちが軽くなった。
静かな家の中で、ソッとドアを開け、誠君の部屋に行った。
誠君は気持ち良さそうな寝息をたてて眠っていた。
隣に立ち、黙って顔を見て感謝の気持ちでいっぱいになった。
きっと誠君がいなければ、もっと私は傷ついていた・・・
そう思うと何度「ありがとう」と言っても足りないと思った。
体を布団の中に滑り込ませ誠君の胸に顔を寄せた。
ちょっとピクッとしてから私に気がつき、
「どうした?眠れないのか」と少し驚いた声で言った。
「ううん。誠君とこうしたいな〜って・・・そう思って来たの」
そう言って顔を触りながら唇を塞いだ。
黙ってそのキスを受けながら、「こうしたいって?」と聞いた。
「ちゃんと誠君のことだけ考えるから、抱いてほしいなって・・・
そう思ったの。だめかな」
「イク時「ハル〜」とか言わない?」笑いながら言う誠君に、
「いわない・・・絶対・・・」そう言って自然と二人の唇が重なった。
その時の気持ちが感謝の気持ちなのか、それとも誠君を本当に
好きだったのかはわからない。
けど、ただ頭の中には(これは誠君だ・・・)そう思いながら
熱くなる体を感じていた。
下にいる山崎さん達に声が聞こえないように気をつけながら
それでいて、我慢することができない声を誠君は唇を塞ぎ
響かないようにしてくれた。
腰を掴む手に力が入り、大きく動く度にベットがギシギシと鳴った。
「どっちにしろ、この音でバレちゃうな」
「明日、バイクに乗せて欲しいの・・・いいかな」
一瞬動きが止まり「いいの?」と聞いた。
「うん。お願い。ハルの死んだ場所に連れて行って欲しいの・・」
「ハルの・・・?」
しばらく黙った後に、「うん。わかった。じゃあ明日、法事の前にな」
そう言ってまた動きを早めた。
しながら言う話では無いと思ったが、どことなくハルに見られている気が
して、ハルのことを忘れてないことを知らせないと拗ねてしまうと
ちょっとだけ感じた。
「華・・・・俺のこと好き?」息を荒げ苦しそうな声で聞く誠君に
「すき・・よ・・・・」と頭が真っ白になりながら言った。
もうベットがどれだけ軋もうが、声を聞かれようがどうでもよかった。
こんなにも感じる自分がどこか壊れてしまったように
体の芯から激しいものが流れ出す感じがした・・・
二人でほぼ同時にイッた時、私の口がからは「誠・・・」ときちんと
誠君の名前が零れた。
それを聞いて、「華・・・ありがとう」そう誠君は言ってくれた。
窓から入る風も温く、お互い汗でベタベタしていたが、
自然と気持ち悪いと感じる汗ではなかった。
何度も何度もキスをする誠君の腕枕で残り少ない朝までの
時間を過ごした。
そのまま二人とも疲れて眠りにつき、朝、ノックの音で目が覚めた。
慌てる私とは対照的に
「あぁ。今起きる。ドア開けないで〜」と余裕でいう誠君に
ドキドキしながら慌てて服を着た。
「大丈夫だって。もうバレてるよ」
「えっ・・そうなの!」
「だって俺の部屋、オヤジの寝てる真上だもの。
きっと「あ〜ん」て声も聞こえてると思うな〜」
「もう!」と布団の上から誠君を叩き、急いでTシャツをかぶった。
「もう俺、あの声が耳から離れないよ・・・」そう言って頬にキスをした。
「でも、急いで忘れてね」とニッコリと笑うと不思議そうな顔をした。
ちょっと気まずい感じで下に降り、顔を洗って支度をした。
山崎さんとバッタリ合い、どんな顔をしていいか困ったが、
どうやらわからなかったのか、寝ぼけた顔をして
「あ。おはよ〜 華ちゃん〜」と言い、歩いて行った。
それからハルの部屋に戻り、ハルが好きだった服に着替え、
急いで誠君の部屋に戻り、「じゃ、ちょっとバイク乗ってこよう」と言った。
やっぱりハルの部屋を出る時も、玄関を出る時も、
変な気分は変わらなかった。山崎さんとお母さんに
「じゃ、行ってきます」と言い、なにか言葉を残したかったが、
どう伝えればいいか分らずに黙って顔を見た。
「どうしたの?華ちゃん」
「え・・いや、なんでもないです。じゃぁ・・・」
けど、目がどうしてもなにか感謝の言葉を伝えないといけない
気持ちで訴えていた。
誠君のバイクに乗る時、メットをしたままで山崎さんと
お母さんを見つめた。
出発する寸前に「ありがとうございました」そう頭を下げた。
ほんの一瞬だから聞き取れなかったかもしれないが・・・
けど、それで自分は満足だった。
山崎さんにはハルと引き合わせてくれたことに感謝していた。
お母さんには優しくしてもらい、ハルを産んでくれたことに感謝した。
久しぶりのバイクだった。体を拭きぬける風が懐かしかった。
見慣れた道を見ながら、すべてに「さよなら」と心の中で
呟いた。やっぱり死に対しての恐怖は感じられなかった。
どんどんバイクが進み、次の角を曲がって少し走れば
ハルの事故現場だった。
私はそこをハルが死んでから一度も訪れていなかった。
怖くて見れなかったから・・・・
角を曲がり、もうすぐその場所だ・・・・
そう思った時、私の胸が苦しいくらいドキドキしていた・・・
誰かが置いたのかその場所に花束が見えた。
そして、そこにはハルが立っていた。
(やっとハルの側に行ける・・・・)嬉しい気持ちでいっぱいになった。
突然、グラリとバイクが不安定な動きになった。
(えっ・・・)そう思った時、すぐ横の信号が赤なのにこっちに向って
走ってくる一台の車が見えた。
まるでスローモーションのように、ゆっくりと時間が動いたように感じた。
バイクとぶつかる車の音を聞いたような・・・
聞こえなかったような・・・・
ただその時、思ったのは
(ハル・・・誠君だけは助けて・・・・)
そう心の中で強く思った・・・・
誠君に回した手がフワッと外れ体が浮き、手が自由になり
なにか掴もうと手を伸ばした・・・
痛みはなにも感じず、世界が大きくグルグルと回る感じがした・・・
ハルも最後はこんな感じだったのかなぁ・・・
誠君、、、大丈夫なのかなぁ・・・・
そんなことを思いながら何も掴めていない自分の手だけが見えていた。
突然誰かにグッと手を掴まれ、その先を見た時・・・
そこにはハルがいた。
(やっと側にいける・・・)
嬉しさしか無かった。
長かった心の痛みも、ハルが消えた悲しみも、なにもかも
すべて消えた・・・・
私が生きていた時の記憶はここまでだった・・・・・・