19歳と高校生
初めてハルに会った日。
薄暗い曇り空が今にも泣き出しそうな午後だった。
「なんだか降り出しそうですねぇ・・・」
知り合いのオジさんに紹介してもらったガソリンスタンドのバイト先で
同僚のオジサンと曇り空の下、給油機にもたれながら話をしていた。
高校を卒業はしたものの・・・勉強があまり好きでは無く、
それほど自分の将来はシッカリしたものにはならないとなんとなく諦めていた。
大学に進学した友人達の中途半端な自慢をたまに聞いても
特に羨ましいと感じることも無く、それでいて自分の毎日が
自慢できる訳でもないことはわかっていた。
そんな毎日の中、少しずつやりたいことを見つけようと
いろいろ考えていた。
アクセサリーのデザイナーになることが夢だったはずなのに、
いつの間にかそんなことを忘れていた。
だからと言って、何も専門的なことなど勉強をしようと思ったことは無く、
ただ毎日が過ぎていた。けど、いつまでもこんな生活をしている訳にはいかない。
自分でそう決めてから、ちょっと時間をかけて本当に何処までできるのか自分を試してみようと専門学校への進学を考えていた。
そんなちょっとだけ希望が出てきたある日、私はハルに出会った。
ガソリンスタンド(GS)の仕事は結構自分に合っていると思った。
人と話をするのが好きだし、訪れる人も自分より年上。
多少の無礼も若さでカバーできた。
ブルンブルブルブル・・・
一台のバイクが敷地内に入ってきた。
そのピカピカのバイクに見覚えが無かったので
(一見さんだな・・・・)そう思いながら笑顔で誘導をした。
止まったバイクの運転手はヘルメットを取らずに、
ボソボソと小さい声で
「あの・・山崎健二のカードがあるって言われたんですけど。
それでガソリン入れてくれますか?」
そう言ってすぐに眼をそらし、前を見た。
山崎健二さん・・・
暇なのか趣味なのか、ほとんど用事が無くても毎日
GSに顔を出し、1時間ほど時間を潰していく50代のオジさんのこと。
私は結構このオジさんが好きだった。
気さくな感じで、いつも冗談を言い私のことを娘のように可愛がってくれた。
「あ・・はい。山崎さんですね」
そう答えバイクにガソリンを入れた。
「息子さんですか?」
「はい・・・」
それだけ言って、面倒くさそうに前を見た。
ちょっと愛想が悪いな・・・最初の印象はあまり良くなかった。
けど、きっと始めて来たGSだし、緊張してるのかな?
そんなことを思い、それ以上話をしないで
「はい。終わりました。ありがとうございます」そう頭を下げた。
彼は何も言わずにペコッと頭を下げただけで
また大きなマフラーの音をさせ帰っていった。
別にもう来ないかもしれないと、その時はなんとも思わなかった。
その日の夕方。ほぼ時間とおりに山崎さんの車が入ってきた。
それを見つけてニコニコして近づいていった。
「こんばんは。今日も時間どおりですね」
「あぁ。一日一回は華ちゃんの顔見ないとね」
そう言って何をする訳でも無いのに車から降りた。
「じゃ、洗車でもしますか?」
「あぁ・・・まかせるよ」そう言って山崎さんはショップの中に入っていった。
自動ボタンを押して山崎さんの車を洗車スペースに入れ、洗い終わるのを黙って見ていた。
平日のそれもあまり天気が良く無い日だったので、
その日は忙しく無く、ただ山崎さんの車が洗い終わるのを待っていた。
そこに山崎さんが歩いてきた。
「華ちゃん。今日はなにか良いことあったかい?」ヘラヘラして話かけてきた。
「そうですねぇ・・・あ!さっき息子さん来ましたよ?
あまり話はしなかったけど、ピカピカのバイクで」
「お!どうだったうちの息子?結構イイ男だったでしょ」
イイ男もなにも・・・・ほんの一瞬だけ、それもメットの目しか見ていない。
「あ〜・・・メットしてたからなぁ・・・今度来たらジックリ見ます」
「あのバイクさ〜 自分で小遣い溜めて買ったんだよ。
少しくらい出してやるって言ったんだけどな〜
新聞配達とかお年玉とか溜めてね。自分の金で買ったんだ。
変なとこに意地張るヤツだからさぁ・・・
せめて燃料くらいは会社経費で落としてやろうかなって、
ここ紹介したんだ。そっか〜来たか」
なんとなく自慢の息子という感じがした。
山崎さんも若ければ、そこそこモテそうな雰囲気が残っているし、
その息子なら・・・今度はちょっと期待して見てみよう。
そんなことを考えながら山崎さんの話を聞いていた。
「息子さん、なんの仕事してるんですか?」
「仕事?仕事は勉強かな〜 だって高校生だもの」
うわ・・・残念!
さすがに高校生には手を出せないや・・・・
自分も19歳で未成年だけど、高校生って・・・・
「高校何年生ですか?」それでも一応聞く自分が結構面白かった。
「2年生だよ。どう?うちの息子」
「いやぁ・・・・ちょっとそれは・・・・」
二人でそんな話をして笑っていた。
それでも、可愛い高校生と友達になれるなら、それもいいかもな〜
そんなことを考えながら時計を見るともう5時を過ぎていた。
「あ。じゃあ私そろそろあがります。今度息子さん来たら
しっかり顔見ますから。それじゃーお先にー」
山崎さんはニコニコと笑顔で
「気に入ったらご自由に〜」と手を振った。
(それはないって・・・・)そんなことを思いながらその日は帰宅した。
翌日、2時くらいに暇だな〜と外を見ていたら、遠くからバイクの音がしてきた。
あまり気にしないでボンヤリと外を見ていると、一台のバイクがこっちに曲がってきた。
(あ・・・・昨日来た山崎さんの息子だ・・・)
そう思いながら、バイクを黙って見ていた。
給油をする訳でもなくバイクは洗車スペースに入り、コイン洗車の前で止まった。
それを見て「顔を見るチャンス!」そう思い、無料で使えるカードを
持ち、バイクの側に歩いていった。
山崎さんが洗車会員だったので、それくらい誤魔化すのは訳無いと
思い、ヘルメットを取った顔を覗きこみながら
「これ、よかったら使ってください。お父さんが洗車会員だから
無料で洗えますから」
ニッコリと愛想を振り撒き笑顔で言った。
チラッと目が合ったその顔は、高校生にはちょっと見えないくらい大人びた顔だった。
山崎さんが自慢するだけあるな・・そう思うくらい
その子は綺麗な顔立ちをしていた。
けれど、どこか寂しげで冷たい感じが印象的だった。
ヘルメットで潰れた髪を手でクシャと掻き分け、
愛想の無い顔で黙ってカードを受け取った。
別に頭を下げる訳でも無く、「ありがとう」と言う訳でもないその子に、
やはりあまり良い印象は無く
「じゃ、終わったらカウンターに戻してくださいね」
それだけ言ってまた店内に戻った。
(ちょっとくらい顔がいいからって感じ悪いの・・・・)
そう思ったけれど、所詮高校生だし・・・
その程度の印象でちょうど入ってきた車に走っていった。
その日は前日の夜が雨だったのこともあり、
夕方は洗車の数が多く、慌しく時間が過ぎた。
バイトのオジさんが汗をかきながら
「華ちゃん、あれ見た?バイク少年。まだ洗ってるよ」
そう言って笑いながら敷地の隅にいる、山崎さんの息子を指差した。
「うっそ!まだいたの?もう3時間くらい経ってるのに・・・
どんだけ汚れてんのよ。すごーい・・・・」
そう言いながら指を指したほうを見た。
そんな話をしながら笑っていると、山崎さんが時間通りにまた現われた。
「こんばんわー 息子さん来てますよー」そう声をかけると
バイクの側に歩いていき、一言、二言会話をしてこっちに歩いてきた。
「アイツ何時からいるの?」
「そうですねぇ・・・2時頃かな」
「女の子からしたら気持ち悪いでしょ?あんなにヲタクだと」
「いえ。そんな事ないですよ〜 でも、ちょっと長いかな・・
でも好きなんですね。バイク・・・」
そう言いながら二人でバイクを磨く息子を見ていた。
その顔はさっきの無愛想な顔では無く、どことなく
嬉しそうな顔で一生懸命に磨いていた。
「お!気に入った?」
「あ・・いや、、、嬉しそうな顔してるな〜って」
「ハル〜〜!父さんが彼女見つけてやったぞ〜〜
よかったな〜〜〜」と急に大声で言った。
慌てて「違いますって!そんなんじゃないですよ!」といったが
肝心の息子は興味なさげにチラッとこっちを見たが、またすぐにバイクに目線を戻した。
(やっぱり・・・なんだか無愛想だ・・・)
「息子さんハル君て言うんですか?可愛い名前ですね」
たいした可愛いとは思わなかったが、一応社交辞令でそう言った。
「だろ?4月生まれだから春彦って言うんだ。忘れないだろ。
で、縮めてハル。華ちゃんもそう呼んであげて。
女の人とあんまり話さないから喜ぶから。ほら、あのくらいの年って
毎日女のこと考える年でしょ?ふふふふ」
オヤジらしいこと言いやがる・・・そう思いながら
「あ・・・はい」と愛想笑いをした。
忙しさに気がついてみたら、もう時間は6時近くになっていた。
「あ・・・もうとっくに帰っていい時間だ。じゃ、もう帰りまーす」
山崎さんにそう言って帰り支度をして事務所を出た。
自分の車に歩いていく途中、彼の側を通った。
無視するのも大人気ないと思い、
「じゃ、お先に失礼します。ごゆっくり」見ていないのを知っていたが、
軽く頭を下げ挨拶をした。
すれ違うギリギリにそのしゃがんでいた影がスッと動いた。
「あの、、オヤジがすいませんでした。いつもあんなんで・・・
今日はカード、ありがとうございました」
そう言ってペコッと頭を下げた。
「あ・・・いえ。じゃ、、、」
ちょっと驚いた。どーせ無視をされると思っていたので
そんないきなりの言葉にビックリして思わず立ち止まってしまった。
高校生相手にちょっと緊張している自分がどうかと思ったが、
なんとなく・・・・彼とはもっと仲良くなるんじゃないかとその時思った。
黙って立ち止まっていると、フッと顔をあげ
(なにか?)という顔をされた。
慌ててもう一度頭を下げ、そのまま急いで車の所に走っていった。
高校生に変にドキドキしている自分に動揺しながら車を発進した。
バックミラーを見ると、こっちを見ている彼の視線を
感じた・・・それだけでちょっとドキッとした。
(いやいやいや・・・・違う!違う!)そう思いながら車を走らせた。
それからハル君は一日おきにGSに顔を出した。
だいたい4時くらいになると、遠くから聞こえるマフラーの音に
(あ!きた・・・)と少し嬉しくなる自分がいた。
2週間もすると、ハル君はバイクを洗車場に止めてから
「カードいいですか?」と自分からカウンターに
来るようになり、「はい」と手渡すと少しだけ柔らかい表情で
「ありがとう」と言うようになった。
その顔にだんだんとドキドキする自分がいた。
高校生相手に・・・・・
一日おきに来るので、少しずつ他のスタッフもハル君が
洗車をしていると、側に行き話し掛けたり冗談を言ったりと仲良くなっていった。
けれど私といえば、、別にバイクに詳しい訳でもなく
なんの共通点も無いままに、みんなと笑顔で話すハル君をカウンターで仕事をしながら見ているだけだった。
そんなある日、
昼休みをバイトのオジサンと一緒に食べていた時。
「ねぇ。華ちゃん知ってた?山崎さんの息子ってさ
ここの近くの結婚式場でバイトしてるんだってさ。
バイクに金かけたいみたいだねー」
「高校生が結婚式場でなにすんの?」
「ウェイターじゃないの?似合うかもね〜 結構ガッチリしているし
高校生には見えないよね。ハル君て・・・」
(へぇ・・・だから1日置きなんだ・・・あれほどバイクが好きなら
毎日来てもおかしく無いって思ってたけど、なるほどねぇ〜)
そんなことを思いながらご飯を食べた。
「あ!私、そこの結婚式場に来週行くよ?友達の結婚式で。
うまくいったら見れるかもね」
「華ちゃんあーゆーの好きなんだ?まぁ・・結構可愛いもんね」
「全然そんなんじゃないよ。だって高校生でしょ?
ストライクゾーンから外れてるから・・・」
「だよね〜 さすがに高校生はね〜〜〜」
「ね〜〜〜〜〜」
妙な感じで二人で笑った。
そう言ったが、本当はちょっとあの無愛想な顔でどんな風に
ウェイターをやっているのか見たいかも・・・
結婚式での楽しみがまた一つ増えたな・・・
これで新郎の友人にカッコいいのがいたら申し分無いや!
そう思いながらニヤニヤして食事を続けた。
ふとそんな顔で食事をしているとオジサンと目が合った。
慌てて真面目な顔に戻った。
「顔・・・ヤバかったよ・・・今」
「ですよね・・・」
微妙な空気で昼休みを過ごした。
昼休みの後はいつの間にか高校生が好きな年上女として
スタッフにからかわれた。
(別にそれだけじゃないんだけどなぁ・・・・)
そう思いながら、来週の結婚式をちょっとだけ楽しみにした。