表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/24

最後のハルの気持ち

毎日がボンヤリと過ぎている。

これが本当の現実の時間なのか、それとも夢なのか、、、



「お姉ちゃん!今日は天気がいいね」


窓を開け空気の入れ替えをしながら妹に声をかけられても、

私はどこを見る訳でも無いままボゥ・・とした顔をして焦点が合っていない。



相変わらず誠君は毎日、毎日、少しの時間を見つけては顔を出してくれていた。

私はどうしても仕事に行くことができず、仕事場に電話をして

できれは辞めさせてほしいとお願いした。


けれど息子から事情を聞いていた先生は、

「時間が解決するから、それまではゆっくりしていい」と言ってくれた。

でも、そんな優しさが自分には重く負担になった。



私はどうすることも無く、ただ窓辺にいるかベットにいるか・・・

そんな毎日だった。



髪を切った誠君を見て、妹の蘭が心配そうな顔をした。




「お姉ちゃん・・・ちょっといい?」




いまだまともに家族とすら話をしない私に妹は毎日元気づけてくれているのに、

それに答えられない自分がいる。


「誠さん見ると、、返って辛いんじゃない?あそこまで似てたら」

そう言って黙ってハルの写真を見ながら立っていた。


「そんなことないよ・・・あれは誠君だもの。私には全然違う人に

 見えているから。ハルには見えない・・・」


「そう・・・ でも、毎日、毎日良い人だね」


「うん・・・」


そう言葉を交わし蘭は部屋を出ていった。

空に大きな満月が輝き、

久しぶりに見たような気持ちになり黙って見ていた。


部屋の電気を消し、天体望遠鏡を窓辺に持ってきて覗いてみた。

最後にハルが倍率をあわせてくれたままだったので星が綺麗に見え、

そのまま何時間も角度を変えいつまでも望遠鏡を覗いていた。


けれど・・・やっぱり一人で見ていても楽しくは無かった。

隣で馬鹿みたいに「すげー」と言ってくれる人がいないと

なんだかつまらない・・・そう思い、望遠鏡を片し

力が抜けたようにベットに倒れこんだ。


(いったいいつになったら楽になるんだろう・・・・

 もしも、このままハルが来てくれなかったら

 私は一人いつまで待てばいいのだろう)



起きている時は窓辺でハルを待ち、夜は夢に出てきてほしかった。

けれど、ハルは一度も夢にすら出てきてはくれなかった。



そんなある日。

里実と亜矢が家に来てくれた。

まるで生気の無い顔の私を見て、二人とも言葉を失い

ただ黙って目の前に座っていた。


もっと心配をかけないように振る舞いたい所だったが、

それもできず、なんとか弱く笑い、

「大丈夫だから・・・」そう口から言葉を発することが精一杯だった。


「ごめん・・・」


私のそんな顔を見て、亜矢が堪えきれずに泣きだし部屋を飛び出していった。


「華・・・。また来るから」

亜矢を追い里実も複雑な顔をして部屋から出て行った。



こんな時にかける言葉なんかたかが知れている。

誰が側にいてくれても、今の寂しさを埋めることはできなかった。



そんな二人の顔を見たり、妹の顔を見たり、お父さん、お母さん、

誠君の顔を見ているうちに、一日、また一日と

ハルが死んだことを受け入れてしまいそうな自分がいた。


本当はもうとっくの昔に自分で納得しているのに・・・

こんな風にいつまでも家に閉じこもっていても

なに一つ変わらないことも知っているのに、力が出ず

同じ行動を繰り返していた。



気がつかない間に季節が少し秋になり

開け放した窓に入る風がほんの少し冷たくなってきていた。


ふと・・・・

(誠君ってもう夏休み終わってるんじゃないのかな?)

そんなことを思った。


その日の夕方、雨が降り窓を開けることができなくて、TVをつけた。

全然、内容なんか見ていないのに黙って画面を見ていた。

いつもの場所に座っていたが、やはり後ろにハルの足が無く

ちょっと背中が涼しいと感じた。


TVの下の台にあるゲームが目に入り、引っ張り出してスイッチを入れた。

<前のデーターを使う>のボタンを押すとセーブされたデーターが

パーと画面に広がった。


<haru&hana>と書いたセーブデータを押し、久しぶりにゲームをしてみた。

馬鹿みたいに主人公にハルの名前をつけ、その彼女にハナとつけていた。

画面の中のハルとハナは喧嘩をしながらも、仲良く冒険を続けていた。


ハルはこの主人公の彼女の服装が派手だと言い、

「俺ならこんな格好させて歩かせない!」と文句を言っていたのを思い出した。


(きっと最後はハッピーエンドなんだろうなぁ・・・)


そう思いながらボタンを押し、ゲームを続けた。

本当はもっと進んでいたこのゲームは付き合った時に私が先に

初めていて、もう少しで終わる所まで行っていたのに、

主人公に好きなアーティストの名前をつけていて、

その彼女の名前をやはりハナにしていた。


主人公が「ハナ」と呼び、その彼女が自分と違う名前を呼んでの

キスシーンを見ていて、

「これはダメだな。俺の名前にしてやる!」ハルが強引にデーターを消し、

二人でワーワーと喧嘩をした。


「責任持って俺が最後まで手伝うからいいじゃん!」


ハルに押されてデーターを全部消したのに・・・

まだ全然進んでない・・・


途中でどこに行けばいいか忘れてしまい、ウロウロとフィールドを歩いたが

なんだか目が疲れて、そこまででセーブをした。


また椅子に座り、黙って雨があたる窓を見ていた。

空が鉛色になっていてとても重く見えた。


5時少し前になり、階段をあがる音に誠君が来たと感じた。

ハルとは違う、ちょっと軽い感じの昇り方にもう

頭の中には誠君の階段の音がインプットされていた。


「誠君。夏休み終わってるんじゃないの?どうして毎日

 ここに来ているの」


いつも黙って外を見ているだけの私がふいに話しかけたことに、

誠君がちょっと驚きながら顔を見た。


「あ・・・俺、寮出たんだ。こっちから通ってる。

 オヤジはいいけど、お袋はちょっとまいっているから・・・」


「そうなんだ・・・」


そう言ってまた外を見ていた。

窓の横から見える緑色だった葉っぱが少しだけ黄色くなっていた。


もうどれくらいの時間、こうして外を見ているんだろう。

いつになったらハルは来るんだろう。


「華さん。ちょっとうち行ってみない?オヤジもお袋も華さんの

 顔見たら喜ぶだろうし。もうしばらく会ってないだろ」


もうしばらく会っていない・・・・

あんなに毎日会っていたの・・・、自分のお父さんに会わない日が

あっても山崎さんの顔は見ていたのに・・・


そう思うとちょっとだけ会いたくなった。

そしてハルの部屋にも行きたくなった。


「うん・・・・ちょっと行ってみようかな」


そう言って椅子から立ちあがり、薄いカーディガンを羽織った。

いつの間にか暗くなると、半そでだけでは寒いと感じる季節になっていた。


「うん。そうしよ。俺、電話しておくよ」


嬉しそうに山崎さんに電話をして「今から行くから!」と

誠君が元気に電話を切った。


家に着き、玄関に入るとハルの靴が一足も無いことに気がついた。

心の底で(こうやってどんどん現実を知っていくんだな・・・)

そう思いながらリビングに入った。


あの病院で会った日以来二人の顔を久しぶりに見た。

お母さんは私の顔を見た途端、涙を隠して奥の部屋に入っていってしまった。

山崎さんは精一杯、笑顔で来てくれたことを喜んでくれた。


本当は泣きたいんだろうな・・・そう思いながらも

ほんの少しだけ私も頑張って笑顔を出そうと思っていた。

けど、あまり上手く笑えていなかった。


部屋から出てこないお母さんを誠君が迎えに行きやっとお母さんが出てきた。


「華ちゃん、、、こんばんは」


真っ赤な目をして言うお母さんに少しだけ頭を下げ目線を外した。

自分も同じようになってしまいそうだったから・・・



部屋が妙にしんみりしていた。


食事の用意を久しぶりに手伝うと言ってお母さんの横に並んだ。

お互い頑張ってできるだけ笑顔でその場を切り抜けた。

昔と同じことをしているのに、もう何年もそこに居なかったと

思うくらい懐かしい気持ちになっていた。



ダイニングに座る時、自然とハルのいた場所の隣に椅子を

自然に運び座った。


私の隣の席だけが空いていた。


「華さん。ここに座りなよ」誠君がハルの場所を目で指した。

「ううん。いいの。ここがいい・・・」そう言って黙って座った。

またみんながシンミリとした感じがしたが、どうしてもそれはできなかった。


「いいから。ここに座りなよ」さっきより強い口調で誠君が言った。


それでも動かず「そこは・・・ハルの場所だから・・」そう言って黙った。




いきなり誠君が山崎さんとお母さんに向って

「俺ね。華さんと付き合うことにしたから。だからこれからは

 いつも華さんが来るから。前となにも変わらないからさ。

 また楽しくみんなで食事できるね」そう言って無理に笑った。


「そんなこと・・できないよ・・」


「大丈夫だよ。すぐに俺のこと好きになるって!

 俺のほうが何倍もモテるんだから。すぐに俺の良さがわかるよ。

 な、オヤジ!」そう言ってみんなの視線を無視して食事を始めた。


話を振られた山崎さんも何も言えず、ただ誠君を黙って見ていた。

お母さんも・・・・



TVの音だけが部屋に響き、番組の笑い声が妙に大きく聞こえた。



誠君を好きになることはできない・・・

たぶん人間が全員同じ顔かたちでも私はハルのことを探し出せる。

それくらいハルが好きだった。自分も不器用だから他に誰かを

好きになることはできない・・・


「あ。お父さんのビールもう無いわね。ちょっと買ってくるわね」


あまりの変な空気にお母さんが言い出し、

「あ。じゃあ私、車出しますね」と席を立った。


「いいよ!俺が行くから。華さんはまだ出て歩かないほうがいいよ。

 じゃ、母さん、たまに俺と行く?」そう言ってお母さんと誠君は出て行った。


山崎さんと二人で黙ってテーブルについたまま目の前の

残り少ないビールの泡を見ていた。


山崎さんがグラスを持って立ち上がり、仏壇の前に歩いて行った。

それを黙ってみながら、その先にあるハルの写真を見ていた。


山崎さんは仏壇のハルの写真に向って、


「どうするよ?ハル・・・誠が華ちゃん好きだってさ。

 ボケ〜とそんなとこにいたら取られちゃうぞ?いいのか」


少しシンミリした口調で写真のハルに話しかけていた。


「あの、、山崎さん・・それは無いです。私、きっと無理だから。

 誠君のこと、ハルみたいには好きになれません」



山崎さんは席に戻り、

「華ちゃん・・・誠ね。昔から華ちゃんのこと好きなんだろうなって

 ずっと思ってたんだ。たぶん心配で寮も出たんだと思うし。

 すぐには無理でも、誠と一緒に居てあげることできないかな?

 アイツも本当はすごくまいってるんだよ・・・

 あーやって一人で空元気な顔してるけど。

 誰よりも葬式の時、泣いていたんだ・・・」


そんな事言われても・・・

そう思いながらただ黙っていた。



「あ〜ぁ。ハルはちゃんと男になって死ねたのかなぁ〜」




突然、独り言のように山崎さんがTVを見て呟いた。


チラッと目が合い、あまりの空気を読みきれていない山崎さんが

可笑しくてちょっとお互い笑った。


「それはもう・・・・完璧に」そう言って少しだけ笑った。


「そっか・・・それはよかった。男として悔いが残るからね。

 一番好きな女に男にしてもらってハルは幸せ者だな」


そう言って残りのビールを一気に飲んだ。


「本当に一番好きな女になれていたんですかね・・・私」



目に涙が滲んできた。


「あぁ。そうだと思うよ」いつもの軽い感じで山崎さんが答えた。


「私のこと・・・死ぬ時、一瞬でも考えてくれたかな・・・ハル・・」





知らないうちに涙がボロボロ出ていた。




「華ちゃんのことしか浮ばなかったんじゃないかな・・・」




その言葉を聞いて、初めて声を出して泣いた。。


やっとハルが死んだということを深く胸に刻み、いつまでも泣いた。

このまま泣きすぎて死んでもいいと思うくらいに・・・・





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ