嫌な予感の前兆
誠君が寮に入る前日の土曜日。
「今日さ、兄貴が明日いなくなるから、みんなで食事しようって
ことになったんだけどさ、来れるよね?」
バイクを洗いに来てハルがそう聞いた。
「明日なんだ・・・うん。行く」そう答えて、仕事を続けた。
「後さ、この前の写真できたよ。すっげぇ俺、変な顔」
自分でそう言いながらゲラゲラ笑っていた。
「そうなんだ?じゃあ後から見せてね」
すっかり忘れていたドレスの写真を楽しみにした。
6時頃にハルの家に行き、誠君にブランド物のシャツをプレゼントした。
「うっわ。これ高いんじゃないのー いいの?」
「そんなに高くないよ。大学行ってお洒落しないと彼女できないよ?」
そう言って喜ぶ誠君を見ていた。
「あ!ケーキ頼んだんだよな〜 取りに行くの忘れてた」
山崎さんの声に「じゃあ、私行ってきます」と席を立つと、
「あ。いいよ。俺行くから」とハルが席を立った。
「じゃあ、一緒に行こうか?」そう言って行こうとすると、
「寒いからいいって。俺がパッとバイクで行くから。華は家にいなよ。
あ、これ言ってた写真ね」と袋に入った写真を渡してくれた。
写真を見たい気持ちのほうが先に立ち、ケーキ屋はすぐ近くだし
バイクで二人乗りで持ってくるより、ハル一人のほうが早いと思い、
「じゃあ、寒いから気をつけてね」と見送った。
まだハルしか見ていない写真を袋から出すと
さすがプロが撮っただけある、写りのいい写真だった。
ちょっと化粧が濃いと感じたが、山崎さんもお母さんも大絶賛だった。
「ハルの顔見れよ。すっげぇ笑える」
隣で一緒に見ていた誠くんが笑いながら指差した。
下にもう一枚重なっている写真を見ると、サービスで撮ってくれた
キスをしている写真だった。
その写真のハルは片目を瞑って、ちょっと私のほうを見て
微笑んでいるとてもいい顔で写っていた。
「うわ〜 この写真いいわね〜 来年の年賀状にしようかしら?」
お母さんが嬉しそうに写真を手にとり見ていた。
「いや、それはちょっと・・・」と言うと山崎さんも
「いや、これはいいわ。ハルもこんな顔するんだなぁ・・・」
笑いながらその写真を見てお母さんと本格的に年賀状にする話をしていた。
(そんなの送っても送られた人に私が誰よ?って思われる・・・)
そんなことを思いながら、その写真を見ていた。
「これ焼きまわしできるよね?俺にも送ってよ」
笑いながら誠君まで言っていた。
「なんの為に?」
「いやぁ・・・うちの弟夫婦って言うよ」
自分で言うのもなんだけれど、本当にその写真は良い写真だった。
私はそれほどハッキリと顔は写っていないけれど、
十分微笑んで写っているのがわかった。
なにかの雑誌の切り抜きと言ってもいいくらいのデキだった。
みんなで「これ引き伸ばして玄関に!」とか「リビングに!」など
大げさに話をして、その写真を絶賛した。
しばらくみんなで話をしていたが、
「ハル・・・遅いですね?どうしたんだろ?」と、いくら待っても
戻ってこないハルのことが気になり携帯に電話をしてみた。
しばらく呼び出し音が鳴り、知らない声の人が電話に出た。
「あれ?山崎春彦さんの携帯じゃないですか?」
ちょっと年配の人の声が聞こえた。
「あ、あの今、救急車の中で・・・・」
「えっ・・・」
「あのですね。山崎春彦さんが事故にあわれて今、搬送の最中で」
その言葉に足の力が抜けてその場に崩れた。
「華さん!どうしたの!」慌てて誠君が電話を代わり話をした。
「はい。はい。弟は大丈夫なんですね?はい。わかりました。
じゃあ今から行きます。はい。はい。ありがとうございます」
<大丈夫>そう聞いて誠君の顔を急いで見た。
「生きてるってば!転倒して足やったみたい・・・
後ろで「いてぇ〜」って元気な声聞こえたから。
市立病院だってさ。ちょっと行ってくるわ」慌てて誠君が上着を着た。
「じゃ、たいしたこと無いみたいだから華さんと行くわ。
着いたら電話するから」そう山崎さんに言うと
お酒を飲んでいた顔を青くして「本当か?」と聞いていた。
お母さんも真っ青な顔をしていたが、足だけだと聞いて
「誠、じゃあすぐ電話ちょうだい」と言い、ヘナヘナと座った。
「大丈夫だってば。死にそうな奴はあんな声ださねーよ。
後ろでギャーギャー騒いで車の人に
「骨折はしてませんから!」って怒られてる声したから」
そう笑いながら「華さんいこ!」と言った。
座り込んでいた私にそう声をかけたが、もう涙がボロボロとこぼれていた。
「ハル・・・ほん・・とうに・・ぅ・・だいじょう・・ぶ・・なの?」
「大丈夫だってばー 早くいこ!あんなに騒いでいたら迷惑だし
早く行かないと追い出されるよ?」
そう言って座り込んだ私を立たせて肩を抱きながら歩いた。
立ち上がりはしたが、声をあげてワンワン泣く私に
山崎さんが「俺が行くわ」と言い、それを聞いて、
「私が・・行きます・・・うっ・・ぐっ・・」とまだ泣きながら答えた。
車に乗ってからも祈るような気持ちで手を堅く組み、
心臓が痛くなるほど鼓動が早く、まだ涙が出ていた。
「華さん・・・大丈夫だってば。俺が保障するからー」
少し笑いながら言う誠君に、「うん・・・」と頷き黙っていた。
病院につき走って中に入ると、救急診察室にハルの声が聞こえた。
「まじで折れてない?すっげぇ痛いんだけどー」
その声のするほうに行くと、包帯で足をグルグル巻きにしたハルがいた。
その瞬間、安心して涙がこぼれその場に座り込んだ。
「あ。華・・・って、、、なに?大丈夫だってば。
泣くなって。酔っ払いの兄ちゃんが友達と遊び半分で
道路に押しあって悪ふざけしててさー。
酔ってるから本当に飛び出してきて、それ避けたら転んじゃって。
でも草の所だったからバイクは大丈夫みたい。
もし傷ついてたら全額保障してくれるってさ」
自分の怪我よりもバイクが大丈夫ということを優先して説明していた。
あまりに泣くので、看護士さんが隣に来て
「かすり傷程度ですから。今日もう帰れますから。大丈夫ですよ?」
と、声をかけテッシュをくれた。
「ダメじゃない!彼女泣かせたら」とハルに言い
ハルは「は〜い」とニコニコ笑っていた。
ハルの側に行ってもまだ涙が止まらず、
「ごめんって。なんでも無いから。な?」と頭を触った。
そのままハルに肩を貸しながら待合室に行くと
ちょっと顔の赤い若い人がいた。
「いや〜、本当にすいませんでした。ちょっとふざけて・・・」
少しヘラヘラしたように、平謝りをしながらこっちを見てその人が歩いてきた。
その声を聞いてその人の前に立ち、その笑っている顔を思い切り叩いた。
「なにがちょっとふざけてなのよ!なにかあったらどうするの!
ハルが・・ハルが死んだらどうするの!」
泣きながら、その人に喰ってかかり、顔を叩いた後も何度も、その人の肩や胸を叩いた。
ボロボロと涙をこぼし最初ほどは力が入っていなかったが、
悪ふざけをして、ハルをこんな目にあわせ笑っていたその人が許せなかった。
「ちょ、、華さん!なにもそこまで・・」
慌てて誠君が間に入り、私を止めハルのほうに連れて行った。
「いや、、華!本当にたいしたこと無いんだってば!」
ハルも慌てて私の体を押さえた。
叩かれた人は真面目な顔をして
「本当に申し訳ありませんでした」と深々と頭を下げた。
また自分の言った<ハルが死ぬ>と言う言葉に涙が溢れ泣いていた。
その後、その人と誠君がなにやら話しをし、私とハルは車の中で誠君を待っていた。
ハルが気まずそうに「ごめんな?本当に大丈夫だから?」と声をかけてきた。
まだ鼻をグスグスさせながら、「うん・・・」と頷いたが、まだ体が
冷たくなっているような感じがした。
誠君が話し終わり、「明日、オヤジに行ってもらえばいいから」と
ハルに話ながら家に向った。
家に着き、誠君がハルに肩を貸しながらリビングに入り、事故の事情を説明していた。
山崎さんは「いやぁ・・・ビックリした・・・」と言って大きく息を吐き、
お母さんもハルに「痛い?」と聞いていた。
ハルと誠君は顔を見合わせながら、こっちを向き
「でも一番痛かったのあの人かもな?」と二人で笑い出した。
目を真っ赤にしてハルの隣に座って、また泣きそうになりながら
ハルの足を見ていた。
「オヤジ・・・華、相手の人を引っ叩いたんだぞ?」とニヤリとして
ハルが山崎さんに話、誠君が「そうそう。すげぇ怒ってた」と笑っていた。
「あの華ちゃん見たら、ハルが死んでてもおかしく無いと思ったくらい
ここでも大泣きしてたんだぞ?」
山崎さんも一緒になって3人でこっちを見ながら笑いを堪えた顔をした。
また<ハルが死ぬ>と言う言葉に涙が溢れてポロポロと涙がこぼれた。
「てゆうか、あの人は友達で、飛び出した人はまだ警察なのかなぁ・・」
ハルの言葉に驚いて顔を見た。
「だって言う前に殴りかかるから・・・・ まぁ、あの人も同罪だけどね」
誠君が苦笑いをしながら、
「こりゃハルがもし死んだら、華さんも死ぬな・・・」
そう言って笑いだした。
「じゃ、ケーキ無いけどまぁいいか」
そう言いながら山崎さんが一安心してビールを注いだ。
ハルがさっきの写真をテーブルの上から取り、キスをした写真を見て
「これ、すっげぇ良くない?」と私に見せた。
「ん・・・」と小さく頷いて写真を受け取った。
「ごめんな。心配かけて」そう言われてまた目に涙が溢れた。
「こんなにかすり傷で泣いてくれる人いないぞ?」
山崎さんが笑いながらこっちを見た。
「さ、華ちゃんもこっち来て座りな」と言われテーブルについたが、
あまりにもテンションが下がりすぎて、もう何を見ても泣きそうだった。
「華さんて・・・やっぱり怒らせると怖いね。当たってた・・・」
「ん。こんなに泣く人だと思わなかった・・・」
ハルと誠君の言葉に山崎さんとお母さんが「プッ」と吹き出しながらこっちを見た。
「はぁ・・・・」と息を吐き、「もう疲れた・・・」と一言呟きちょっとだけ
安心してみんなの顔を見て照れ笑いをした。
目がいつまでも熱く、鼻がグズグズして
いままで生きてきてこんなに泣いたことは無かった。
せっかく誠君が最後だと言うのに、散々な一日だった。
ハルを部屋まで誠君と連れていき、
「ごめんね。明日行くって日に・・・」と言うと、
「いーや?仕方無いよ。まぁ、ゆっくり寝ろよ。ハル」
そう言って誠君は部屋に戻って行った。
「足・・・痛い?」
「いや。もう大丈夫。それより華に泣かれるほうが痛い」
少しだけ困った顔をして笑い私の頭を触った。
「ありがと・・・これくらいの傷であんなに泣いてくれて」
申し訳ない顔をして言った。
ハルのせいじゃないと分かっていても、もしもと思うとまた泣きそうになった。
「もうダメなのかと思った・・・ハルがいなくなるって思ったら・・・
耐えられない・・・・」
ベットに座ったハルに抱きついて泣き出した。
「もう心配かけないから。そんなに泣かないで。
絶対、華を一人にしたりしないから。な?ありがと・・・」
どこか涙を出すスイッチが壊れたように、その日は泣きっぱなしだった。
本当はもうバイクに乗ってほしくなかった。
けど、バイクが大好きなのも知っている。
それをダメと言うにはハルが可哀相だとも知っている。
それ以来、ハルがGSに来るまでの短い距離でも心配で仕方無かった。
今回のようにハルのせいじゃなく、他人のせいで事故に繋がる。
それを痛いほど知り、ハルがバイクで家に帰る間も気が気じゃ無かった。
前みたいにハルに迎えに来てもらうことすら、心配で仕方無かった。
けれど、どうせ事故に合うなら一緒がよかった。
二人で乗っている時はそれほど気にならず、
ハルが一人の時は「着いたよ」と連絡が来るまでずーと手を堅く組み祈っていた。
もしもあの流れ星の時に戻れるならば、
(バイクに乗っている時、ハルが事故にあいませんように)と
祈るのに・・・ そんなことを何回も考えた。
それほど今回の軽い事故は私の中に大きな傷跡になった。
そしてハルの中には、
(自分が死んだらこれほど泣いてくれる人がいた・・・)と
大きくインプットされたとちょっと嬉しそうに笑った。
それでも心の底でハルが自分の前から消えてしまう不安は
どんどん大きくなった。
それを思うだけで心配で胸が痛くなった・・・・
それほど深刻に考えることでも無いのかもしれないが、
あれ以来、ハルが一人でバイクに乗る時には
見るからに心配そうな顔になり、そんな私の顔を見てハルはいつも同じ台詞を言った。
「大丈夫だって。そんなこと言ったら世界中にどれだけの人が
バイクに乗ってると思う?車の事故のほうが多いだろ?
もう泣かせることしないから」
二人を繋げてくれたバイクなのに、それを見るとどうしても
不安でいっぱいになった・・・・