ヴォーイ ケッ サペーテ ~ あなたには教えたくない ~
「イーザの馬鹿! 馬のような鹿になればいいのよ!」
筋肉隆々とした厳つい身体を、くねくねとくねらせている三十路のおっさんというのは視覚的凶器でしかない。
イーザと呼ばれは二十代半ばの青年は、愛用している黒縁眼鏡のレンズを拭きながら、坦々と答える。
「一ミリとて意味が分かりかねます」
きらりと光る眼鏡を装着し、ひたりと視覚的凶器であるところの三十路のおっさん……カンツ王国王立第二騎兵団第三部隊隊長であるヴェガへと蔑んだ目を向けた。
「そもそも、馬のような鹿。ではありません。馬と鹿の区別もつかない脳筋隊長殿」
「騎兵隊なんだから区別くらいつくわよ!」
「そうですか、それは良かった。ではこの書類を明日の正午までに仕上げていてください」
「うんもう! イーザってほうとう愛想がない子ね。そんなんじゃ男の子から余計興味持たれちゃうわよ!」
イーザは鳥肌が立った。そしてゴミを見るように己の上司を睨む。
「なぜ私が無愛想なら男が興味を持つのです?」
「あら~ん。そんなの決まっているじゃない」
と、ヴェガはころころと笑う。笑う姿は左手を口元に当て、もちろんきちんと小指を立ててである。彼はパーフェクトなのだ。当然。事務椅子に座った両足の膝頭もぴったりとくっ付けて揃えている。
「生意気顔に征服欲をそそられるからよ」
それが恋というものよ。と、訳知り顔に語る上司の顔面に、手元にあった鼻紙が入った箱を投げつけた。
「おしゃべりは終わりです。定時には帰りたいんです」
「はーい。がんばるわね」
軍人である二人はせっせと机に向かって、書類仕事を片づけ始めた。
***
イーザは自分の顔と体が、何故だが同性に受けるということは、年若い……十代前半の時にすでに自覚していた。
自分の精神は至って正常だと自認している。
まあ、もっとも、わざわざ自認が必要ではない種類の人間から判断されれば、自身での評価などあっさりと崩れ去るものなのだろうが。あくまでの自分は正常だと思っている。
イーザは緑色を基調とした軍服の上着を脱ぎ、白いシャツとズボンとブーツの楽な姿を取った。
軍靴であるため、しっかりした靴底だが歩いていても耳障りな音はしない。
それは自室に敷き詰められた、毛の長い高級な絨毯のおかげであろう。
軍の詰所の執務室。その机に突っ伏してぐうぐう寝ている人物の傍により、鼻を摘まんだ。
「…………」
鼻を摘まんでいる。
「………………」
まだ鼻を摘まんでいる。
「……………………」
「ぶっはああああああ」
「定時です。起きてください隊長」
冷淡な声音でイーザはヴェガを起こした。
定時である17時はとうに過ぎて、もうすぐ十八時だ。
「も、もう! こういう時はキッスで起こしなさい!」
「次は鼻と口を濡れた紙で塞ぎます」
「もう、ほんっとにいけずなんだから」
すねる上司にイーザは普段は誰にもみせない人好きのする笑顔をむけ。
「そそられるんでしょう?」
と、のたまった。
「の、の、ノックアウトおおおおおおおおおおおおっっ」
何よその笑顔は! と、叫び悶えるヴェガを見下ろしイーザは、己が本当に正常なのか考えるのをやめた。
二年ほど前に書いて放置されてたやつ…TL書きにBLは無理難題。もうチャレンジしない。