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色付く世界

 暗闇に、無数の篝火の光が浮かび上がる。赤く小さな火の粉が風に舞い踊っていた。

 しかし、たとえどれ程の灯りをともそうとも、夜の闇を消しきる事は出来ない。

 石畳に映し出された無数の人影は、既に事切れていた。


 ――私が殺したのだが。


 死人となった人類にはあまり共通点は無い。様々な人種で、同じ種族の人類でも瞳の色や肌の色すらてんでバラバラだ。

 北方唯一の不凍港である交易都市には、ありとあらゆるものが集まる。武具もそうだし、食べ物も。そして情報も。

 そして当然のことながら、北方圏の各国の諜者は軒並み、この都市に顔を揃えている。

 遠い国々を渡り歩く隊商達も、この都市における情報戦には積極的に参加し、さまざまな知らせを届け、暗躍する。

 交易都市は人の姿をした、魑魅魍魎が跋扈する戦場の顔も持っているのだ。


 遠い眼をしながらそんな事を考えて居たが、実際問題やり過ぎた。幾らなんでも斬り過ぎである。

 ちょっとうぉーみんぐあっぷのつもりで、宿を取る際にフードを取り、霜の帝国が潜らせている密偵に見つけさせる辺りまでは計算通り。

 その後、ちょっと時間をおいて部屋を監視してる輩を、一匹づつ闇に引きずり込んで事情聴取をしたところ……まぁ、こうなった。


 幸い目撃者は全員死んでいる。このような雑多な街で宿だ。アリバイも何もない。

 騒ぎになろうが放置して後はシラナイ、コムギコカナニカダ。とか適当に言っておけば良いだろう。

 密偵が死んだ原因を探って私に辿り着く程優秀な輩がいるなら、どっちにしろ斬るのがべすとだろうと結論付ける。

 味方以外の優秀な者は斬っておくに限る。ん?なら、目撃者は残しておいた方が良かっただろうか?


「死せるお前達は幸せだ」


 手向けの言葉を送り、お茶を濁しつつ退散しようとすると、知覚範囲内に二人組の男女が入ってきた。

 一瞬倍プッシュの文字が浮かぶが、流石に自重しようと踵を返す。

 数歩進んだ所で魔力の放出を確認。横にステップを踏み、背後から投げつけられた氷の投槍を回避する。

 どうやら死にたいらし……いや自重だ、自重。


 私は振り返りつつ、淑女的な挨拶に勤めた。


「そんなに早く死にたいか?」


 見なかったことにしたら、お互いwin-winで素敵。

 完璧な状況説明と解決手段を提示した挨拶である。これぞぱーふぇくと。


 氷の投槍が通り過ぎた射線に舞い散る氷の破片は、少し遠くに存在する篝火の光を反射して輝いていた。

 その向こう側に映る二人組の表情は、闘争の場にこそ相応しい剣呑な気配を漂わせている。


 ん?何か間違ったかな……?


「《羅刹天》だと……こいつは大物だぜ」


 そう言い放って、獰猛な笑顔を見せた相手は人間の青年だ。

 軽装の金属鎧をまとっているが、その肉厚さは純粋な前衛である事が見て取れる。

 手に持った長剣も無骨ではあるが、魔力を帯びた魔剣であり、それを手にできるだけの歴戦の戦士であると見なせる武器だ。


「高速魔法の不意打ちを、視認せずに躱すなんて。本物……?」


 その隣で小さな声で何事かを呟いたのは少女。人形のような整った顔でちんまりとしている。

 恐らくは成人して間もない程度、十五歳前後なのだろうが、そして身にまとったローブと杖で分かり易い魔法使いの外見だ。

 先程の氷の投槍を放ったのは此方だろう。


 見るからに冒険者といった感じだ。というか冒険者なのだろうか?

 私の名前を知っていて、いきなり攻撃を仕掛ける位なのだから、賞金稼ぎという線もありうる。

 何にせよ野蛮人なのは間違いない。このばーばりあん共め。

 仕方あるまい。


「かかって来るが良い」


 私は両脚を肩幅に開き、左掌に右拳をあわせる構えを取る。

 余り殺すつもりはないが、死んでも責任は取らん。

 私の闘気に合わせて放出される魔力が、周囲の大気を引きずって螺旋の渦を巻く。

 交易都市の路地裏に、超常の旋風が吹いていた。


 一連の動きは相手の動きを誘因するために、ある程度まったりと行ったのだが二人組は凍り付いたように動か無いまま。

 何故仕掛けてこないのかわからない。


「……お、い。マジかよ《残骸世界》の魔術も使えるのか?」


「早まった、かも」


 では、さっさと逃げればどうだろうか。私は割と暇ではないのだが。

 とはいえ、一度は挑んできた相手。王女を移送する道中に妙な気を起こされても困る。

 ……やっぱり殺したほうがいいんじゃないかな。


「来ないのならば、此方からゆくぞ」


 私が踏み出すと同時に、周囲に展開した魔術の一部を使用。

 風が私の足を運び、まるで地面が縮んだかのように、たった一足のみでするりと男の懐に潜り込む。

 周囲に空間制御系の魔術を展開した後に、足の踏み込みで印を切り、一瞬姿が消失するほどのスピードで移動する軽功術の一種であるが

 自分の主観で瞬間移動系統にありがちな眩暈などが無いという、寄って斬るのに実に便利な移動方法である。


 男が反応できてないので、隙だらけの胴に肝臓打ち。金属鎧の上から打撃を《通す》。男の口から苦悶の声が漏れる。

 瞬時に手を引き戻し、両手で円を描きつつ両掌を叩きつける。両手で描いた印によって発動した衝撃魔術により鮮血を噴きながら、矢の様に勢い良く吹っ飛んでいく。

 魔法を使おうとしていた女に直撃し、小さな体から骨の砕ける音と押し殺した悲鳴が聞こえてきた。

 これ位なら、多分死なないだろう。


「殺すほどの価値もないとは、お前たちの事だな」


 二人組が戦闘不能となったのを確認し、殺さないあぴーるも忘れない。

 こまめな活動が実を結ぶのだと誰かも言っていた。

 完璧な対応に満足し、私は死体溢れる路地裏を後にした。






 交易都市を出てから、間ずっと西から吹き付けてい風もその日は止んでいた。。

 陽差しは弱々しく空気はまだ冷えている。しかし、周囲の気配あきらかにそれまでとは違っていた。

 雪の下、其処此処そこここの地面から、緑の植物が顔を見せようとしているのだ。


 春の色だ……。


 それは王女の故郷が、近づいている事を指し示す。

 そんな春の予感に、幾分か気持も和らいだものになっていたのだろうか。

 私の腕の中で時折退屈そうにする王女のために、私自身が聞いたことのある伝承や、出来事を寝物語の様に聴かせてやるという事もあった。

 何故かよくせがまれるのが私の故郷の話、即ち《悪鬼都市》の話であった。


 《残骸世界》の遺跡都市として、高度な文明を発掘し継承した大国の首都であった。

 北方だけでなく、世界を見渡しても現在ですらあの都市の水準に達した国は無い。

 魔神の一柱《疫病神》カパラが現れるまでは。


 《疫病神》カパラの力は強大だった。神官達のお告げとやらを信じるのであれば、北の大地だけで三分の一の生命の命を奪った、魔神の疫病が齎した猛威はただの余波であったのだという。

 一夜にして滅びた都市と言われているが、実際は違う。人と魔神と、三日三晩の戦いの末に大変なことになってしまったのが真実だ。

 あの戦いで、カパラが退かなければどうなっていたのかは想像もできない。ひょっとすると世界に生物という概念は、存在しなくなっていた可能性もあるのではないか。


 現在の《悪鬼都市》は周辺国家からは勿論、開拓を進めてきた国からも見捨てられた都市のままだが、どこにも行き場のない難民や犯罪者が集まって街っぽいものを作っているようないないような。

 彼らは異形の隣人を抱えながらも、たくましく暮らしている。無法の都市であり、ここでは人類もただの生息生物の一種である。

 死体が起き上がり、血を求めて徘徊するのが当然。そんな場所だ。


 正直碌でもない場所代表格で、気分が悪くなる物語に事欠かない場所の話である。

 何とか記憶の底をさらって、良い話っぽいものでお茶を濁すのが精一杯といった所なのだが。 


「……《悪鬼都市》が生まれた直後の事だが」


 荷馬車を引く仕事を始めた男がいた。

 善人さで信用を得ていた男は、それなりに見入りもあり、嫁と子供と三人で穏やかで幸福な暮らしがつづいていた。

 魔神が現れるまでは。


 《疫病神》カパラとの死闘が終息したばかりの《悪鬼都市》には、とても住むだけの力はなく都市を出ることになった。

 カパラは物質界から無限奈落へと去ったが、その神威の残り香は北方を包み込んだ。魔神の疫病の凶悪さに怯えた人々は、死者を運びたがらず、どの街にも遺体があふれていた。

 男は金のためでなく、死者とその家族のために、遺体を運び弔い続けた。


 昼も夜も、大切な家族を失ったもののために、あるいはこの先を生きる者のために荷馬車を引き続け

 そしてついには、男は病に倒れた。


 だが、一家を助けるものは誰もいなかった。


 子供は働ける年齢であったが、魔神の疫病で出た死者を運んだ男の息子だと噂され、まともに働ける場所など何処にもなかった。

 故に母子は戻ってきた。かつての栄華の面影すら残さぬ《悪鬼都市》へ。

 そこでは、力が無いという事は罪だった。何とか着けた職も、力無くば寄生虫の様な屑共に上前を跳ねられ、悪事への間接的な協力も強要される。


 ……おや、碌でもない方向に転がってきたぞ?

 私はちょっといい人情話を持ってきた心算なのだが。

 確かこの後は、《悪鬼都市》で歪んだ力を手に入れた子供が悪鬼になるという、成り上がりモノだった気がした。


 ――頭のおかしい奴しか居ないから仕方がないな。


 何せ《悪鬼都市》だ。そんな場所に住み着くやつも魔物みたいな人類しかいない。 

 不意に口をつぐみ、黙り込んだ私の袖に、王女の青の目からこぼれた涙が落ちた。


「……何故泣いている?」


「悔しいのです、《羅刹天》さま」


「何が悔しいのだ?」


 私の腕の中で、王女は何かに耐える様に唇を噛みしめた。


「その人は、素晴らしい事をしたのにどうして誰も助けないのでしょうか?その後だって、弱い人々を寄ってたかって追い詰めることが悔しい。それに、悪いことを無理強いするなんて、酷すぎる」


 今にも涙がこぼれ落ちそうな、潤んだ眼で私を見上げて言う。


「そんなのは……理不尽過ぎます。だから悔しいのです」


 成程、確かにその通りだろう。しかし


「夕方見た住む家もない子供が、翌日雪に埋もれた死体になってる事など、特に珍しい事ではない」


 むしろ通常運転である。冬の負の風物詩と言っても良い。

 北の街なら何処にでもある光景である。

 生きていられるなら、まぁそれなりと言って良いだろう。


「……《羅刹天》さま。氷の大地では、そんなにもつらい生活を送る人が沢山いるのですか?」


 王女故に民の暮らしを知らない、という訳ではない様だ。

 つまるところそれは、単純に彼女の国が本当に豊かなのだろう。


 私には真っ直ぐな、王女の心のありようが、ひどく眩しかった。

 所詮は世を知らぬ姫君の戯言だと、一笑に付すこともできるだろう。

 それなのに、歩く死者である私の胸の奥底で、何かが痛む。


『誰もが十字を背負いながらも、明日を望むなら……』


『その背負った重さの分、深く足跡をつけて歩くだけだ』


 何故だろう。まるで全て正反対だというのに、この王女と接しているとあの人の事を思い出す。

 その度に軋むような痛みを感じるというのに、私にはそれが得難いものの様に思えるのだ。

 この手を放す気は、もう無くなっているのは確かな事だった。


 南の地が近づいている。旅が終わろうとしているのだ。

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