過保護な同行者
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「……」
「爪が伸びておられますね」
車の中で、少し小さめの手を取りながら、爪切りを始めた長身の青年。
感情を押し殺したような、いや。元々存在していないのか―丁寧にその手の爪を切る。
一方自分の手を委ねたままの少年に近い青年。中学生を卒業したばかりの典型的な姿をしているが、学生服も異なり雰囲気も高貴であった。
「爪なんてかじってしまえば済むのに」
「汚くなります」
「潔癖症なんだよ、ボクに対して」
「綺麗好きのどこが良くないのでしょうか?」
一言いえば反論され、懐柔され。
その繰り返し。
爪を切られている眼鏡をかけた青年―は、車に乗ってある場所へ向かっていた。
「他の者に迎えを任せれば良いと思うのですが」
「ボクが見たいんだよ。どんな子か」
「興味本位ですか。始業式をすっぽかして」
「堅苦しいのは嫌いなんでね。あ、もういいってば」
今度は爪研ぎを取り出した長身の青年。
何処まで尽くすのか、その執拗さに身の毛がよだつ。
研いだ後は磨きでも施すのか。しかしそうまでして眼鏡の青年に依存する理由は何処となく簡単だ。
「……抜刀隊に入っても、その調子。やめてね」
「桐生様にお仕えするのが使命ですから」
「特別扱いするなと言いたいんだ。と、言っても同じクラスになるとは……」
「もう手筈は済んでおります」
つまりは眼鏡をかけた「桐生」と言う青年に、彼は仕えているという事だ。
だが桐生が相手を同性だから、嫌気が指すと言っている訳でもない。
ましてや爪の手入れを続ける彼、に。性の区別を感じない。
「はーぁ……女の子、居ると良いな」
「くだらないご希望ですね。実ると良いのですが」
「仕えると言ってこの粗暴な口調……イラッとするー」
そして桐生は窓から外を眺め、目的地への道のりを流れるように見つめる。
行き交う人々の多種多様。人の数だけそれぞれの生き方がある。
今すぐ死んでも良いと思う人。そう思っても生き続ける人。生きたいと思う人。笑う人泣く人怒る人。
同じ人は一人としていない。例え双子であってもどこか違う。
鏡ですらそれを再現できないのだから。
「外地から呼ばれた子かぁ……どんな子だろうね」
「理事長のお考えに私ごときが口を挟むべき所存はありません」
「そりゃボクでも分かんないよ。隠し事の多い人だから」
隠し事。その言葉に桐生は何処か悪態をついた気がした。
微細な言葉の揺らぎさえ、お仕えの青年は何も言わない。
そうこうしている間に、車はゆっくりとスピードを落とし……東京駅へと到着した。
「さて、どんな子か楽しみだね」
「理事長の隠し事の一つだからですか?」
「そーだよ。まあ出迎えを許可されただけでも文句は言わないさ」
―恐らく、と桐生は思った。
会っただけでは理事長が考えている隠し事に辿り着けないという事を。
思っていても、それは口にしなかった。
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