02:ファースト・コンタクト
ネイもアリエも、お互い前世持ちなことは知らなかったり。
「あら、キャストが来たのかしら?」
「えっ、なんで分かるんですか!?」
なにやら騒がしい翌日の朝、私がそう言うとメイドは驚いた顔をする。そうか、本来なら知っている筈のない情報だものな。
手が止まってしまったメイドに優しく微笑み、簡単なことよ、と続ける。
「外が随分騒々しいので。大方、キャストか毒殺かと思ったんです」
「ど、毒…!」
毒殺、という言葉に、入ったばかりらしいメイドは顔を青くする。いまさらながら、宮殿の恐ろしさを実感したのだろうか。
「キャストが来たんでしょう? 女性かしら、男性かしら」
「私も詳しくは知らないんですが…聞くからに、相当可愛らしい女性だそうですよ。今は、応接間にいるそうですが…」
「ふぅん…。ねえ、今その彼女に会えるかしら?」
「え、あ、それはたぶん大丈夫だと思いますけど…」
ありがとう、と言うと私は自室を後にする。この後、応接まで私とヒロイン、世話係に決まったネイがファースト・コンタクトを取り、その直後にキャラ紹介と言う名の攻略対象ラッシュが来る筈だ。
極力攻略対象共と会いたくないが、最悪奴らに彼女を紹介したら、さっさと逃げてしまえばいい。仮に逆ハー狙いじゃない普通の子でも、ゲームの性格を地で行くようなら全力でお断りだ。距離を置くことに代わりはない。
そうこう考えているうちに、気がついたら応接間の前に辿り着いていた。軽く扉をノックして、反応を見る。
「アリエ=ユリスラです。入ってもよろしいですか?」
「あ、はい、ど、どうぞ!」
室内に入ると同時に、ふわりと広がる紅茶の匂い。上質の茶葉を使っているだけあって、匂いも味も申し分ない。前世は生粋のコーヒー党だった私ですら、何度も飲みたいと思うほどだ。
そして、早くもこの味の虜にされたのか、ちびちびと、しかし急ぐように紅茶をすするヒロイン。ふわふわの髪に華奢な体躯は、庇護欲を誘う。ああ、やっぱりヒロインだー…。
「あ、初めまして!私、飛騨えなって言います!」
「そう、エナさん。私は、アリエ=ユリスラです。お初にお目にかかりますわ」
願うことなら、あわよくばぜんっぜん違うキャストが来てくれたらいいのにな、となまっちょろいことを考えていた私を、一気に引き摺り下ろす現実。紅茶色の柔らかそうな髪に無邪気っぽい言動、無駄に物怖じしないその性格まで、ゲームそっくり。
あああああ、うーわー、きたーきたー来ちゃったよー。
「…私、ちゃんと帰れるのかな…。……ううん、弱気はよくないよねっ。あの、アリエさん、よろしくお願いしますっ!」
「……ええ、勿論。困ったことがあったら、何でも頼ってくださいね」
にっこり笑顔を崩さずに対応した私、ちょーえらい。モノローグを口にしちゃってる(しかもかなりの声量)あたりとか、もう完璧原作ヒロインじゃないですかー。ヤダー。
こうなったら、ネイが来たらすぐに退散して、自室に戻って紅茶を飲もう、そうしよう。そう思って勧められた椅子に座ると、丁度ネイが扉を開けて現れた。ナイスタイミング!
「……あ、失礼しまし、うわっちょ」
「丁度よかったわ、ネイ! エナさん紹介するわ、貴方の世話係のネイ=ティーフよ」
ヒロインと私を視界に入れた瞬間素早く退室しようとするネイを捕まえて、無理やりヒロインの前に突き出す。大方用事を思い出したとでも言うつもりだったのだろうが、ネイの考え程度、お見通しだ。
自己紹介をお願い、と言うとヒロインは先ほどと同じ調子で、同じ内容を繰り返す。
「初めまして!私、飛騨えなっていいます!ネイさん、よろしくお願いしますっ!」
「…ネイ、ティーフです…。世話係です、よろしく…」
見るからに嫌々といった感じのネイは、時折私を振り返っては雨に濡れた子犬のような目で見てくる。そんな目をされたって、これは強制イベントだもの、しようがない。
自己紹介を終えると、即座に私とネイは席を立つ。一刻も早く離れたいのは同じなようで、扉の前でノブの取り合いになる。
「アリエ様、お手が汚れますので私が開けますよ。それに、キャスト用の部屋まで道は一緒なんですから、よろしければご一緒させていただきたいのですが」
「あら、そうなの。でもネイ、私実は最近貧血気味で。私は医務室に寄るから、ネイは案内差し上げて」
「でしたら、私も付き添いますよ。申し訳ございませんがエナ様、少々お待ちいただけますか?」
ぐぎぎぎぎ、と醜い攻防戦をヒロインには見えないように水面下で繰り広げていると、突然支ノブが廊下側から引かれ、バランスを崩す。
辛うじて姿勢を立て直して顔を上げると、そこには、攻略対象の胸元に収まるネイの姿が。なんか、デジャヴ。
「なっ……!?」
「おや……?なんだ、キャストじゃないのか」
ジロジロ見、そういって乱暴に引き剥がしたのは第一の攻略対象、キーラ=ナトリーだ。おかしいな、本来ならヒロインと遭遇するのは廊下のはずなのに。
視線をやると目が合い、ふん、と強気に鼻を鳴らされる。うわ、なんかむかつく。だがしかし大人の余裕で華麗にスルーし、にこやかに挨拶をする。
「初めまして、キーラ様。お会いできて光栄ですわ。わたくし、アリエ=ユリスラと申しますの」
「キーラ=ナトリーです。ユリスラ家とは今後とも友好な関係を気付いていきたいものだ。よろしく」
お互い棒読みな挨拶が終わると、キーラは早くもヒロインに向き直る。分かってはいたけどね。
こんな格好のチャンスを見逃すわけもないので、私はこっそりネイをつれて応接間を後にした。
数分後、他のヤンデレも引き連れて廊下を闊歩するヒロインの顔は、一日で宮殿中に知れ渡ったのは言うまでもないことだろう。
※補足説明①※
この世界では魔法は誰でも使えますが、教養がないと単純なものしか使えません。
ので、いわゆる攻撃魔法や守護魔法等の高等呪文は貴族とかじゃないと使えなかったりします。
反乱を起こさせないための、刀狩みたいなものです。
なので、仮に貴族でも、勝手に平民に高等呪文を教えちゃうと捕まります。