ストーリー5 「探索」
鳥の囀る音と近辺の川の優しい流れの音によって目が覚めた。どうやら寝ている最中は全く起きなかったようだ。本来ならば寝ている時も意識は残しておくべきだったが、見事に爆睡だったようだ。
その原因は最近溜まっていた疲労とクレアの毛の柔らかさだろう。最近はずっと神経をすり減らすような生活をしていた。クレアを王宮から連れてくる前は一人で過ごしていたのだ。寝る時もまともに寝ていた記憶が無かった。
それに加えクレアが居ることの安心感と、クレアの毛の柔らかさで完全に深い眠りに陥ったのだろう。 そのおかげで随分と体が軽くて目覚めも最高だった。
だが、私が一度も目覚めなかったという事はクレアが見張りとして神経を使っていた可能性がある・・・。賢いクレアの事だ。私が疲労していることを感じ取って、まとも寝ていないかもしれない。
銀狼の感覚器官の発達は普通の狼の比ではない。視界は広く、危険をいち早く目視することが出来、数キロ離れた場所でも匂いを感じ取ったり、小枝が折れる音すら聞き取り、敏感に察知できるのだ。昨晩した音は少なからずあっただろうが、どれも脅威ではなかったようだ。
クレアの方を見ると私をまるで自分の子供のように大切そうに包み込み、浅く息をしながら心地よさそうに寝ていた。
私はその様子を見て安心した。私に気を使って苦労するくらいなら王宮に居た方が随分とマシだからだ。
しかし、草原の木の下で野宿など数か月前では考えられなかったと思い苦笑する。たまには悪くない思うのだが、それでも精神的には休まるものではない。
これ以上考えても仕方がないので、クレアを起こさないようにそっと起き上がり、川の方へ向かった。まあ、どれだけゆっくり起き上がったところでクレアは気が付くのだろうが、気持ちの問題だ。
昨日の薄暗い視界とは違い、鮮明に景色が見える朝だった。それにより川の水がさらに透き通って見えた。ちらほらと魚が泳ぐ姿が見られるが、美しく優雅に泳いでいる。
私はしゃがみ込み水に手を入れる。水をすくい上げて、顔を洗う。冷たい水は意識を覚醒させ、眠気を弾き飛ばしていった。
一つため息をついてから、水を一杯ほど飲む。体の隅々に行き渡るような水は、今までのどの水より美味しく、喉越しが良いと感じだ。
気が付けば、隣にはクレアが居て水を飲んでいた。やはり人間の私とは違い、一度に飲む量が違う。水が飛び散る音が豪快であり私よりも美味そうに飲んでいた。
「クレア、昨日は寝れたのか?」
まるで人間に聞くかのように私は言った。銀狼であるクレアが口を利くハズもないが、伝わるものはある。その証拠にクレアは一回だけ吠えて尻尾を振っていた。その様子を見て私は安心した。
「さて、そろそろ行くか・・・」
私がそう言うとクレアは姿勢を低くした。クレアにまたがり通信機を確認する。地図を見る限り、昼までには余裕で着くことが出来そうだ。私が通信機をポーチに入れたのを確認してクレアが走り出した。
いくつもの草原のから生えている木を華麗に躱しながら物凄いスピードで草原を駆けていく。風が真正面から当たり髪の毛が靡いていく。しっかりと捕まっていなければ簡単に振り落とされそうだ。
・・・
・・・・
数時間もするとライブリィが見えてきた。距離にしてかなりあったと思うが、流石クレアだ。当の本人は呼吸が全く乱れていないから驚きだ。そのとてつもないスタミナは戦闘でもそのまま活かされるのだろうと思った。
クレアから降りると黒服のフードで顔を隠し、街の中へ向かって行った。速度さえ制限すれば、何かの乗り物に乗りながら街に入ることは一般的には禁止されてはいないのだが、目立つため止めた。
ライブリィはかつて、ダストと呼ばれていた街で、貧しい人間が少数と廃ビルしか建っていない名前の通りの街だった。
しかし、最近になって改革が行われて、物凄い早さで街の修復されていった。結果、名前も変更されて、今では活気のある街になっている。
今回は目的のあくまで「ついで」になってしまったのだが、この街を訪れる事自体楽しみでもあった。 一応警戒を怠らないようにし、いざとなった時にはクレアに乗って逃走できるようにしてから、街を回るつもりでいた。
・・・
・・・・
顔がバレないようにしっかりと黒いフードを被って、街の中を歩いた結果、少し前とはかなり違うものとなっていた。まず、乾いた土は全てコンクリートで綺麗に固められており歩きやすくなっていた。
枯れた木もすべて取り換えられており、緑の茂る大きな木が数メートルごとに植えられていたのだ。それに廃ビルも全て撤去されており、綺麗なガラスの張られたビルがズラッと横に並ぶ。
それだけでは無かった。以前は人の数が少なく、居たとしても貧しい子供や年寄りばかりで、活気のない街だったが、今は若者も多くみられ、旅行者と思われる人も所々で見られた。
かなり変わっていた街を見て私はホッとして嬉しくなった。やはりあの方は有言実行する方だった。生まれ変わった街は人々の生活を大きく支えているのが分かった。
「ウェスト王、街は無事に活性化しましたね」
思わずそんな事を呟いてしまった。隣ではクレアが不思議そうにこちらを見ていたので、優しく撫でてからポーチの中に手を入れた。
私はポーチに閉まっていた一枚の封筒を取り出した。これは昨日王宮に侵入して、王の机の引き出しから手に入れたもので、今回の事件に大きくかかわるもの、らしい・・・。
封筒のノリを剥がして一枚の紙を取り出す。筆跡は間違いなくウェスト王のものであり、内容は、私とアレックスに対する事が最初に書いてあり、いつも本当に安心して出歩けるとの事が書かれてあった。それを見て私の方こそ安心した。
その後に自分の命が何者かに狙われている事と、その人間が王宮の人間である可能性が極めて高いと書かれていた。やはり王宮の人間が関係していたと、改めて思った。
全文を読んだ後に封筒の中に手紙を戻し、ポーチの中に入れた。今回の目的は手紙にも書かれていた人物、「アレックス」に会う事だ。
この街に居ることは、昨日の王室にあった任務表で確認している。かなり広いこの街を探索するのは骨が折れるのだが、そんな事も言ってられないだろう。
先程少し、街中を探索したのだがそれだけで見つかるような広さではないようだ。クレアの力を借りることにしよう。
「クレア、アレックスの匂いを覚えているか?」
銀狼は人間の言葉を理解は出来るのだが、内容が分かるわけでは無い。簡単な内容ならば分かっているのかもしれないが、流石に人間の会話や複雑な命令を理解することは出来ない。
だが、クレアはアレックスというワードと、匂いというワードに、覚えているというワードを足し算のように足していった。文章が人間の話す言葉であり理解できなくとも、聞き慣れた言葉や経験から推測していった。
その結果、クレアは私の言った言葉を理解して動き出した。
「偉いぞ、クレア」
私はクシャクシャと頭を撫でてやった。私が逆の立場であったなら言葉を理解など出来てはいないだろうと思った。一体クレアの知能指数はどれほどのものかと興味すら湧くほどだ。
道中、私は以前では建ってすらいなかったビルに目を向けた。その何十階建てビルには立派にモニターが付いておりニュースが流れていた。それを見た時点で私は悪い予感がした。
画面には誰もが知っている国民的アナウンサーが深刻そうな顔で話し出す。
「ええ、続いては今日のメインニュースです。昨日ウェストバーグの王宮に前国王を殺害した容疑で現在指名手配されている人物「リオン」容疑者が侵入した模様です」
ほらな・・・。やはり悪い予感が的中したようだ。恐らくこの後は、銀狼と一緒に逃走した模様です、とか言い出して、私の顔が全国に晒されるのだろう。それはマズい。
いくら私の姿をフードでカモフラージュしていても、流石にクレアの姿は誰が見ても目立つ。クレアを街の外で待機させればアレックスを探すのが困難になるので、全く困ったものだ。
仕方ない。半ば無理矢理でもあるのだが、私の雷魔法を使わせてもらおう。ビル自体の機能を停止させてモニターを映らなくさせてしまえば、少なくともこの街の人々に私の顔とクレアの姿が割れることは無い。
私は魔力を放出して、雷魔法を発動させ、手に微量の電流を集めて前方にあるビルのモニターに飛ばした。静電気が弾けるような音がしたが、活気にあふれたこの街でこの音を聞き取ったものはいないだろう。
それにニュースに人々は釘付けになってため、誰一人としてこちらを見てきた者はいなかった。
「なお、「リオン」容疑者は・・・」
アナウンサーが次の言葉をしゃべる前に、微量の電流はモニターの内部に入り込み各機能を停止させた。停電にも似た現象が起こって、辺りがざわつく。
「おいおい、どうしたんだ!?」
「一体何事だ!?」
「何なのこれは!?」
「停電か?」
よし、上手くいった。アレックスを見つける前に私の正体がバレては探すのが困難になるどころか、警備軍や軍人が駆けつけてくる可能性がある。そうなればこのようなチャンスは今後滅多に起こらない。
今のうちにさっさとアレックスを・・・。
頭の中でそう考えている時だった。いつの間にか周りの一般人は私の方を向いており、道が真っ直ぐに開いている。
(何!? まさか、見つかったのか!?)
私は冷静な表情を浮かべながらも、内心で焦っていた。ピンチになるからではない。見つかっている理由が不明だからだ。人間原因が不明だと、こうも取り乱すのか。
(待て、前方が真っ直ぐ開いているという事はその先に何かあるという事か?)
私は一般人が道を開けた方を真っ直ぐ見た。それでようやく納得したのだ。
「なるほどな・・・」
その視線の先には、いくつかの護衛人がいた。その中によく知っている髭面の男が一人。これで一般人が道を開けた理由がハッキリとした。そして、その髭面の男から声がしてきた。
「いーやいや、雷属性の魔法の気配がしたと思ったらよ、まさかお前が居るとは思わなかったわ」
私は内心で苦笑いをしていた。確かにコイツの前では私の微量の魔力すら感知できる。それに加えモニターが停止して、周りが騒ぎを起こせば向こうから自ずとやって来る事は分かりきったものだったのに、モニターを何とかしようとする事だけを考えていて冷静さを欠いたか・・・。
いや、あれはモニターを停止させる以外の手段は無かったハズだ。だから仕方がないと言えば仕方が無いか・・・。
「リオ・・・」
護衛人の一人が私の名前を叫ぼうとした時、中心に居る髭面の男が手でそれを制した。そして、俺が出ると言わんばかりに、周りの護衛人を差し置いて私の目の前に立った。
これで、一般人の目はさらに私達に注目される。どこの誰だかはバレていないが、それも時間の問題だろう。それに野次馬がどんどん集まってくるのが分かる。
「よお、久しぶりだな」
緊張感が増すとともに、懐かしい声を聞いた。感情の変化が読みづらいあの口調だ。
「お前も相変わらずだな。アレックス」
私はいつもと変わらない口調でそう言うと
「おーいお前らぁ! 先に帰っていいぞ!!」
とアレックスは護衛人達に言った。護衛人達はこれから何が起こるかを察したようで、黙って指示に従った。いや、護衛人達だけではない。周りの一般人も何が起こるか想像できるようで興味津々だ。私が悪でアレックスが正義・・・。
「よーし、場所を移すか!」
私にとってもこの場所で戦闘するのは好ましくない。一般人が見ている中で戦闘をするという事は私の顔が公に晒されるという事だ。それでは困る。
いや、そこではない。真に困る、否、問題なのはコイツだ。展開こそ予想していたのだが、コイツとの戦闘は出来れば避けたかった。
ライブリィの外れに私達は向かい、クレアは近くに待機させる。心配そうにこちらを眺めてくるのは、アレックスの実力を良く知っているからに他ない。
「さーて、やるか!」
話し合う隙も与えず、アレックスはこちらに向かってくる。コイツが笑顔という事は完全に戦闘モードに入っているという事だ。くそっ、相変わらずの戦闘馬鹿め。
「ちっ、この大馬鹿野郎が」
私は小さく舌打ちしてクロムレアを取出して展開させた。