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パスト1 「王の護衛」

 全国民支持率九十パーセントという驚異の数値をたたき出したのは現国王のウェストである。ウェストバーグのウェストは現国王の名前から取り、バーグは代々の名字から来ているものだ。


 ウェスト王の発言と行動力は多くの国民を釘付にしており、やる事はほぼ間違いが無いという誰もが注目している王であり、時々失敗こそするが、それに対して言い訳をせずに誠実に国王を務めている彼は支持率九十パーセントも頷けるほどの人物である。


 それ故にフットワークは軽く、各地に様々なアピールをしに自分の足で出歩く程だ。普通ならば代理の人間が行くべきなのだが、ウェスト王はそれを嫌った。自分の目で見て感じ取って国民の不満に応えることが国を良くする近道なのだという。とにかくあまり人間に興味の無い私でも一目置く存在である。


 今回の任務はダストと呼ばれる廃れた街の活性化を図るために直接街に向かうウェスト王の護衛だ。街はここから四つ程離れており、エアカーで向かえば数時間ほどで到着する。


 油断をしなければほぼ危険性はゼロと言っていいほど、正直私にとっては退屈な任務になるが、王の護衛だけあって気は引き締めなければならない。自分が呆けていて王が殺されました、では死んでも償いきれないのだから。


 そんな事をウェスト王の隣の私の部屋で準備をしながら思っていた。王直属の護衛に選ばれてから、王に何か危険やトラブルがあった時にすぐに駆けつける事が出来るように隣に部屋が配置してあるのだ。


 中はそこまで広くなく、人一人が生活する分の大きさしかない。だからと言って別に不自由をしているわけでも無く、逆に広すぎても落ち着かないだけなので文句などは特に無い。


 部屋に入ると相棒がいつものように寄ってきて顔を寄せた。柔らかい毛並みは落ち着きとぬくもりを与えてくれる。頭の方を軽く撫でてから、私は壁にかけてある剣をフックから外した。


 いつも通りに剣が展開するように確認し、きちんと銃が可動するようにオイルを塗っておく。準備はやらなくて困ると言う事はあっても、やりすぎて困ると言う事はない。


 剣を腰に納めてブーツを履き、ウエストポーチを取り付け予備の弾薬を確認した。しっかりと準備をしてから部屋を後にする。今回は相棒は部屋で待機させる。流石にエアカーには乗れないだろうからな。


 部屋を出ると丁度ウェスト王も王室を出た後だった。その眼にはなにやら不安があるようで、元気があまりないように見えた。その時には原因に私は気が付くことが出来なかった。


「ウェスト王、何かありましたか?」


 素直に疑問に思ったので、そう問いかけてみる。ウェスト王はまさか質問されるとは思ってなかったらしく、少し驚いた様子でこちらを見てきた。と言うより私に気が付いていなかったようだ。


「ん、いや何でもない」


 この時、私は珍しいと思った。普段の王なら私の問いかけに笑顔で答えてくれるハズだ。それがあんなにも深刻そうな顔で「何でもない」と言った。それは何でもなくは無いと言っているようなものだ。


「そうですか・・・」


 けれど私はそれ以上は聞くような野暮なマネはしなかった。王にも少なからず悩み事はあるだろうし、それをいちいちプライベートに関するレベルで詮索していいとは思わなかったからだ。


 今となってはそれが後悔にしかならないのだが・・・。


「いやー君は本当に信頼しているよ。直属の護衛でここまで頼もしいと思った人はいないからね」


 深刻そうな顔が一転、笑顔で王が私にそう言ったものだから、私は王の様子の変化に気が付くことが出来なかった。もう普段の王と何ら変わりなかった。


「ありがとうございます。王は私が命を変えてもお守りします」


「ハハハ、そんなに改まらなくても君の方が若いのだから命は大切にしないとな!」


 そう、王が支持率が高いのはここら辺にあると思う。自分の立場が王だと言うのに決して偉ぶっていない。自分の命よりも私の命をいざとなれば優先するような人だ。だからこそ命に代えても守る価値のある人だと思う。


 考え事が多いな、と思っているとエアカーが迎えに来ている正面玄関まで着いていた。どうやら考え事をしていると時間が経つのが早く感じるタイプらしい。


「よお、お勤めご苦労だな」


 エアカーに王が乗る寸前に声がした。王が近くにいるというのに無礼な奴だ。勿論そんな無礼な事ができる人物は一人しかいない。私はその無礼者の方向へ体を向けた。


「フン、相変わらず王が居るというのに無礼な奴だな。」


 そう言われた男は髭面で短髪の三十代の男性で、体格は良く、筋肉質な体は見るものを圧巻する。その筋肉は日々の訓練によるものであり、軍隊や警備軍の者なら知らない者はいない。


「俺が代わりに王の護衛を務めてもいいのだがな」


 決して嘘や冗談で言っているわけではない。実際に彼は王直属の護衛人であり、私と同じ立場の人間なのだ。今回は私が護衛任務に就き、この男が他の任務に出かける予定なのである。


「ハハハ、二人とも頼りになるからな」


 王がそんなことを言うと、髭面は調子に乗ったのか、王の目の前まで行き、かしずいた。今するような事ではない。それに、王はあまり自分が偉い人として扱われるのを好んでいないのを知っていてワザとしている。性格の悪い髭男だ。


「まあまあそんな事しなくても良い」


 王がそう言った後、私はその男の頭を拳骨で殴った。いつものノリと言ってしまえばそれまでだが今回は殴っておかないといけない気がしたのでそこそこの強さで拳を落とす。鈍い音がしたのが分かった。


「痛ってぇ!!! 何するんだよ」


「早く持ち場に戻れ」


 別に怒っているわけでは無いが、この男がいつもくだらないことをする度に拳骨をぶつけるのは最早癖になっていた。当分は抜けそうにない癖だ。


「痛ててて・・・。ったく手の早い女だな」


 頭をさすりながら男は立ち上がり、王に軽く会釈をしてから王宮の玄関のほうへ戻って行った。王に対して軽く会釈とは流石この男だなと思ったが、これ以上は無駄なのでまあいい・・・。


「二人は仲が良いなぁ」


 その光景を楽しげに見ていた王はそう感想を述べた。そうですか。王は私が拳骨する姿が楽しそうに見えるわけですか。なら今度はあの髭面を蹴り飛ばしてやるかな。


「奴が失礼なことをしてすいません」


 なんで年上の男の失言や無礼に対して私が謝っているのだろうと、疑問に感じていたのと同時にいつものことだったな、と内心で笑った。最初はあの男のふざけや冗談を真に受けていた部分もあったのだが、今では軽く流せる。私に対しての事なら流すのだが、王に対してなら別だ。拳骨を喰らわせてやらなければならない。


「楽しいからいいんだよ。さあ、ダストに行こうか」


 楽しいならいいんですか。本当にアナタは立派な人だ。普通の王なら激怒して殺してもおかしくは無い気がするのだが、普通の王を残念ながら私は知らないからな。考えるだけ無駄な気がする。


 また一人で考えていたなと苦笑した後に、エアカーの後ろの席に王と一緒に乗り込んだ。助手席には別の護衛の人間が乗っている。


 運転席の男がエンジンをかけてギアを引くと、エアカーが浮いた。そのまま体が軽くなるような気がして、地面との距離が開いていった。何とも便利な時代だな、とエアカーやエアバイクに乗るたびに思う。私が小さな頃にはこんな便利な乗り物は無かったのだから。


 窓ガラスから覗くと、ウェストバーグの街並みが一望できる高さまで上昇したのが分かった。横を見るとまだ何百階建てのビルが見えるから驚きだ。下には様々な建物が見え、人が性別を識別出来ない程度に見える。視力は良い方なのだが、流石に何百メートルも離れていると見えない。


 運転手がそのままアクセルを踏むと、勢いよくエアカーは発進して、一気に景色が遠くなっていく。物凄いスピードで進んでいるのが分かった。


 そういえばダストと言う街はどんなところだったのかと私は思い返してみた。任務で何回か訪れたことがあるが、一言でいえばその名の通り廃れた街だった。廃ビルは勿論の事、人の気配が少なく、魔物も街の中を巡回しているときがあった。今はそこまで酷くは無いらしいが、それでも活性化した街とは言い難いだろう。


 というより昔からダストという街の名前では無かったらしく、人々が皮肉でそう呼ぶようになったらしい。元々の名前は何だっただろうか、とは別に気にはならないが・・・。


 それに、なんでこんな街を活性化しに行くのか素直に疑問だった。造るより壊すほうが早いという言葉があるが、この街も人が住んでいないのなら同じようにした方が手っ取り早い気がした。この時きっと私は王には向いてないだろうなと思った。面倒事を嫌う性格がリーダーになるような事があってはならないからだ。


 しかし、そんな事を考えながら窓ガラスからの景色を眺めていると、あっという間に一つの街を越えていた。徒歩では数日かかるというのに便利なものだ。


・・・

・・・・





 何時間か考え事か窓ガラスからの景色を眺めていると、廃れた街が見えてきた。どうやらダストに着いたらしい。先程までは違う街だったのに、私は考え事をしていると時間が経つのを忘れる傾向があるらしい。


 エアカーが下降して地面に着地する。かすかに座席が揺れて、体が浮いたが気になるレベルではない。 というより運転手の操作が上手くて揺れもほとんど起こす事は無く、車酔いも全くしなかった。これは素直にすごいと思った。


 まずは私達護衛人がエアカーの外へ出て安全を確認する。いきなり魔物に襲われる可能性もゼロではない以上、王から先に外へ出すわけにはいかない。だがそれも心配無用だったようだ。魔物の気配は入り口付近では全くないみたいだ。


「さあウェスト王、外へ」


 そう言って手を出して王を引っ張った。エアカーのドアは王が出たのを確認して閉じられ、運転手だけが見張り役としてエアカーの中に残った。この廃れた街で盗人が居ないとは限らないし、魔物が現れて破壊される可能性も無くは無いので正しい判断であろう。


 街は乾燥した土地がほとんどであり、乾いた土に枯れた木が並ぶ。時々吹く風にボロ切れのような布が飛んでいくのが視界に入った。そして、店などはほとんどなく、あったとしても古ぼけた建物が何も無しに孤独に商売しているだけだ。


 街の中の人間はというと、貧しい人や年寄りばかりが目に入った。どうやら王はこの様子を自分の目で確かめたかったらしく、何としてでもこの街を良くしたかったみたいだ。一人一人に優しい言葉を投げかけ、笑顔で握手をしていった。ああ、この人は凄いなと思う瞬間である。


 紙にメモを取っているのが見えたのだが、このダストをどういった具合に活性化させていくのかをメモしているのだろう。どのビルをどう建て直すなどや、食料の支給、枯れ木の入れ替えなど私が思いつくのはこれくらいだが、王はもっとメモしていたみたいだ。


「今回は退屈な任務になりそうですね」


 助手席に乗っていたもう一人の護衛人が隣で歩いていて、しばらく無言だったためか私にそう言う。呑気なものだな、その油断が王に危険を及ぼすと言う事が分からないのだろうか。それに王を護衛している時点で「退屈」と言う言葉が出ること自体失礼だというのに。


「気を抜かないことだな・・・」


 私はそれだけ言って小さな子供と握手をしていた王のもとへ向かった。その時に護衛人は大げさだなといった顔をしていたのだが、まあいい。所詮、人の言葉など実際に体験する出来事に比べれば大した影響力は無いのだからな。


・・・

・・・・






「さあて、これは忙しくなりそうだな」


 王は帰り道に私達に向かってそう言った。活性化させるために様々な事をしないといけないのだろう。 だが王は有言実行タイプなので決して途中で投げ出したりはしない。この街はきっと良くなる。


「そうですね」


 私は王に対して頷いた。本当にこの人は凄いと思いながら。


 結局、今回の任務では魔物に出くわすことは無かった。いや、出会わないこと自体安全であり良い事なのだが、護衛側の人間としては少し拍子抜けしたともいえる。しかし、こんな考えをしているとお決まりのように魔物が姿を現した。


 遠くから翼の羽ばたく音が聞こえてきた。徐々に大きくなる音は羽ばたいている主の距離が近くなったことを現す。そして、辺りに砂埃を起こす際、風圧で私の髪の毛は大きく揺れていた。音の方向へ目をやると、鳥獣型の魔物である「ガルーダ」がそこにいた。


 性格は凶暴で食欲は旺盛。大きさは人間の比ではなくエアカーなどでも及ばないほどだ。私は剣を抜き展開して戦闘態勢に入った。


「王、私の後ろに!」


「ああ、分かった」


 王はそう言うと私の背後に回った。言う通りにしないと命の危険より私の足手まといになると思ったからだ。その様子を見ていたガルーダは私と王の命は容易に取れないと判断したのか、もう一人の護衛人である男の方へと急降下していった。どうやら判断力と知能もある程度あるようだ。


 ガルーダは躊躇なく男の方へ急降下し鋭い爪が発達した前足を向けてきた。あっという間に近寄られ剣を振る隙も与えられずに大きな前足で捕まえられる男。


 中々に素早い動きではあったのだが、油断しなければ捕まることは無い。私はその様子を見て、だから気を抜くなと言ったのだと思いながら大きなため息を吐く。


「うわあああああ!!!」


 男が叫んだのとほぼ同時に私は駆け出し、ガルーダの元へ向かった。一度に複数を攻撃対象にできないこの魔物は今、王を狙うことは出来ないとそう判断し私は男を助けに向かった。きっと王も救助するように命じるだろう。まあ、言われなくてもマヌケ男を助けに行くのだが。


 剣のつかの部分の引き金を二回引く。大きな狙いを定めずに高速で放たれた弾はガルーダの右翼と左翼を見事に捉えるクイックショットとなり、標的の翼を貫き出血させる。


 空中に血を巻きながらガルーダは男と共に落下していく。ぐらりと地面が揺れ大きな砂埃を立てた後、やかましい声で苦しそうにもがく。その姿を見ても一切容赦せずに次の弾を放った。


「悪く思うなよ・・・」


 大きく響いた銃声は魔物の頭蓋を捉え粉砕する。的確な急所を狙われたそれは、しばらくもがいた後再び動き出すことは無く、乾いた土を真っ赤に染めていった。


 前足から解放された護衛人の男は半分叫びながらこちらに向かってくる。受け身も取れ無かった奴が情けないものだ。私はため息を漏らしていた。


「怪我はないか?」


 その言葉を言ったのは私ではない。本来私たち護衛人が投げかけなければいけないはずの王であった。 こんな状態でも自分の身の心配より私たちの心配をしているというのか。


「はい、すいませんでした・・・」


 王に向かって涙目で男は言う。それを聞いた王は肩に手をやり、「命があって何よりだ」と言っていた。私はそんな言葉を投げかけるつもりは一切ない。


「だから気を抜くなと言ったハズだ。お前のせいで王が危険な目にあったらどうするつもりだ?」


 私は冷たく淡々と言う。怒鳴ったりするつもりは無いが、言う事は言っておかなければ。


 励まされた後の叱りの言葉は相当こたえるらしく、何度も私と王にすいません、と謝っていた。すいませんで済めば何もいらないだろうと思ったがこれ以上は時間の無駄なので止めにした。後はこの男自身の問題だ。このまま学習せずにこれからも油断するのか、気を引き締めるようになるのかは彼次第なのだから。


 こうして、魔物一匹に遭遇してまさかの護衛人が油断して死にそうにはなったが、それ以外では特に何も起きずに任務を達成することが出来た。エアカーの中では護衛人の男は落ち込んでいたが、ウェストバーグに着いてからはきちんと切り替えていた。


 私は改めて思った。ウェスト王は偉大な人だ。偉ぶっておらず、きちんと国民目線で物事を考えすぐに行動する。私も見習いたいものだな。そんな事を思いながら私は自室へと戻って行った。


 自室では相棒が待ちくたびれたように寄り添ってきた。私は軽く頭をなでてから剣をフックに納めた。 今日はこれ以上仕事が無いのでゆっくりする事にする・・・。



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